宮本亞門 演出 髙田賢三 衣装デザイン オペラ『蝶々夫人』愛に生き、愛に殉じた気高さ、崇高さ

プッチーニの名作、東京二期会オペラ『蝶々夫人』(1904年初演)が東京文化会館にて7月18日〜21日に開幕。没落した武士の娘とアメリカ海軍士官の悲恋を描き、プッチーニの傑作のひとつとして知られるオペラ。
今回の『蝶々夫人』は宮本亞門が演出。ミュージカル、ストレートプレイだけでなく、オペラ、歌舞伎などあらゆるパフォーミング・アーツの世界で活躍。衣裳デザインは、KENZOブランドの創始者である故 髙田賢三によるもの。2019年東京でのワールドプレミエを皮切りに、ゼンパーオーパー・ドレスデン、サンフランシスコ歌劇場など世界一流の歌劇場でも上演され大成功をおさめた公演。主人公の蝶々さんが歌う「ある晴れた日に」や「花の二重唱」はフィギュアスケートでも度々採用されるなど、耳にする機会も多い楽曲。

衣装デザインを手がけた髙田賢三は姫路・野里出身。姫路西高を卒業して東京でファッションを学び、後に渡仏して鮮やかな色使いで知られるブランド「KENZO(ケンゾー)」を創業。「色彩の魔術師」と呼ばれた。80歳を過ぎてもパリで元気に暮らしていたが、2020年に新型コロナウイルスに感染し、81歳で惜しくも亡くなった。蝶々さんの和服やピンカートンの軍服をはじめ、登場人物全員の衣装を担当している。

病室のシーンから始まる。男がベッドに横たわっており、家族らしき人たちが彼の周りを取り囲んで祈っている。医者が家族に何か告げ、落胆する。そこへ若い男が駆けつける。ベッドに横たわる男は弱々しく起き上がり、苦悶している様子、そして映像に映し出される手紙の文面。「息子へ」で始まる。その手紙の文字が宙を舞い、それから時が遡る。
物語は説明が不要なくらいよく知られており、「ある晴れた日に」は、1988年ソウルオリンピックでのアーティスティックスイミングで小谷実可子がソロの演技で、2006年トリノオリンピックのフィギュアスケートで安藤美姫がフリーの演技で、2015-16シーズンにフィギュアスケートの浅田真央がフリーの曲で使用している。もはや、知らない人はいないくらいの有名なアリアだ。

舞台上には、ピンカートンの息子と思われる若い男がその様子をずっと見守っている。ピンカートンと蝶々夫人との出会い。蝶々夫人は15歳、今なら中学三年生。アメリカの海軍士官ピンカートンと結婚することになった彼女は、胸をときめかせる乙女、恋に恋するお年頃。対するピンカートンはまだ青年、だが、この結婚、外国人男性が周旋業者に金銭を支払って一定期間だけ日本女性を妻代わりとするもの、つまり”契約結婚”なのだが、純真で無垢な蝶々夫人はこれが本当の結婚と思ってしまった。彼女はピンカートンと結婚するために改宗までする。そして任務が終わるとピンカートンは帰国、だが、蝶々夫人は彼が必ず帰ってくると信じて疑わなかった…。

1幕で登場する女性合唱団の着物の色鮮やかさ、高田賢三らしい色彩感で舞台がパッと華やぐ。また、蝶々夫人の衣装は白、彼女の無垢で汚れのない内面がビジュアル的に提示、3幕でも衣装は白、髪に赤い花一輪。映像演出も奥行きがあり、満点の星空のシーンや花が次々と咲く映像、大きな月、幻想的でシンボリックな映像は物語を雄弁に表現する。シンプルな舞台装置は想像力をかき立てる。映像はオペラ『金閣寺』も手がけたバルテック・マシス、装置は22年の『ボリス・ゴドゥノフ』を手がけたボリス・クドルチカ。

蝶々夫人のバックボーン、没落した武士の出身、父は自決、生活のために芸者をやっている、「暮らしのために芸者になりました」と歌う。また、それそれの関係性、蝶々夫人とスズキ、ピンカートンと長崎領事シャープレス、蝶々夫人とシャープレス、ここも興味深い。そして節目、節目で病室のシーンになる。スズキは単なる女中の枠を超え、蝶々夫人の将来を案じ、シャープレスは後半は蝶々夫人に同情、優しい内面を覗かせる。ピンカートンは最後の最後に蝶々夫人の真の心を知り、病室で苦悩する。

日本的な曲調の楽曲、当時のジャポニスムの流行も反映、そして有名なアリア、1幕の愛の二重唱「可愛がってくださいね」、2幕のアリア「ある晴れた日に」、シャープレスと蝶々夫人が歌う「友よ、見つけて」、エイブラハム・リンカーン到来の礼砲、それを望遠鏡で見つけた蝶々夫人とスズキが喜び、家を花で飾るシーン、二重唱「桜の枝を揺さぶって」、3幕、ピンカートンが歌うアリア「さらば愛の巣」、蝶々夫人が子供を抱きしめながら歌うアリア「さよなら坊や」、有名すぎるくらい。悲劇的なラスト、誰もが知ってるが、この『蝶々夫人』は、他のカンパニーと同じく悲劇的な結末ではあるが、病室でこの世を去ったピンカートンに…なんと純白の蝶々夫人が…。真実の愛、愛に生き、愛に殉じた蝶々夫人の気高さ、崇高さがラストに輝く。

物語
舞台は長崎。港を見下ろす丘の上に十五才の少女、蝶々さんの家があった。
没落した武家の娘である蝶々さんは、今は芸者として暮らしていた。
そこに、若いアメリカ海軍士官ピンカートンが現れ、蝶々さんに優しく愛を語った。
辛い境遇にいた蝶々さんは、救われる気持ちで彼に惹かれて、結婚式を挙げるのだった。
やがてピンカートンは日本での配属を終えて帰国する。
蝶々さんはピンカートンの帰りを信じて待っていた。
そして、三年の月日が流れた・・・

概要
東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」
会期会場:2024年7月18日(木)、19日(金)、20日(土)、21日(日) 東京文化会館 大ホール ※公演終了。
WEB:https://nikikai.jp/lineup/butterfly2024/

写真提供:公益財団法人東京二期会

撮影:寺司正彦