誰もが知っているライマン・フランク・ボーム作の童話「オズの魔法使い」。1900年に児童文学として出版、主人公の少女ドロシーが不思議な“オズの王国”で旅をしながら、それぞれに弱さや悩みを抱えたかかし・ブリキ・ライオンといった仲間たちと共に歩み成長していく物語。凝った構成によるカラー図版の児童書は当時としては革新的、空前の人気作品となった。派生作品として最も有名なのが1939年のジュディ・ガーランド主演の映画『オズの魔法使』。それ以前にも1902年のミュージカル『オズの魔法使い』やサイレント映画など多くの舞台作品や映画が製作されたが、1939年のこの映画は特殊効果、音楽、テクニカラーの使用により当時革新的と言われた。また、様々な国の言語に翻訳され、何度かコミック化もされている。現在はパブリックドメインとなっている。
今回の作品は『オズの魔法使い』の物語をベースにして、田尾下哲さんが作・演出を、宮川彬良さんが作曲・音楽監督を手がけて新たに生み出される物語、“魔法の国”であるオズの王国は音楽でコミュニケーションが交わされる“音楽の国”に、少女ドロシーはヴァイオリニストでオーケストラ部の大学生へと翻案される。この作品の作・演出を担う田尾下哲さんのインタビューが実現した。
――『オズの魔法使い』をモチーフにしたミュージカルですね。
田尾下:この『オズの魔法使い』といえば映画をはじめ、『ウィキッド』『ザ・ウィズ』が有名ですが、日本でもいろいろモチーフにしたオリジナル作品がありますよね。ドロシーが「オーバー・ザ・レインボウ」を歌った後に白黒のカンザスの世界から、カラーのオズの世界に行く映画の場面は映画の歴史としては知っていたんです。でも映画全体は観たことがなくて。「オーバー・ザ・レインボウ」もハードロックバンド、レインボーのライブ冒頭の演奏曲としてしか知りませんでした。ですから、私自身にとっては『オズの魔法使い』ってそこまで馴染みがあるものというわけでもなかった状態で、漠然とミヒャエル・エンデの『モモ』みたいなものなのかなとも思っていました。
まず、原作を読ませていただいたのですが、読んだときにこれを舞台化することを前提にしているので、自分の無知を承知で、いろいろな疑問を書き出していくんですけど。やはりいちばんわかりづらかった点は、ドロシーがしきりに「カンザスに帰りたい」と言っているにも関わらず「1900年のカンザス」の描写がどうも幸せそうじゃないんですよね。なんでそんなに帰りたいのかって思うくらい。あとは、かかしとブリキってそもそも生き物じゃないし。とはいえファンタジーの世界と思えばおかしくもないのですが。それにしてもかかしが「脳みそが欲しい」って気持ちは、ではいったいどこから来ているのだろうか、心臓が欲しいブリキはどういう仕組みで動いているのだろうかといったような疑問点が山のように出てくる。逆に言えば、みなさんが当たり前のように知っている『オズの魔法使い』をまっさらな状態で読めるというところを大切にして作っていければと…つじつまが合うという部分だけではないにしろ、きちんとした理由を作れるプロットにしたいですし。プロデューサーがおっしゃっていた、『オズ』の世界においてドロシーたちが旅をする中で自分の元々持っているもの、心臓だったり脳だったり、彼ら自身ははじめはわかっていなかったけれど本当は自分の中にあるんだよ、という気づきの物語であるのが素敵だと思いましたし、そこを大切に描きたいなと一番に思いました。
――たしかに、かかしやブリキの描写をみる限り、シュールではありますね。楽しい話ではありますが。
田尾下:ファンタジーですからね。ツッコミどころ満載なのは当然なんです。それにしても、カンザスの描写は、ドロシーにとってそんなに思い入れがあるようには見えないんですね。現世でも叔父や叔母からの愛情は受けていたのかもしれないけれど、仲間は愛犬のトトしかいなくて…。それが僕にとってはシュールかな。
――そこは短いですよね。
田尾下:映画だと、いじわるする近所のおばさんが西の魔女だったとか、近所のおじさんたちがかかしやブリキであったり、そういう描き方をしていた映画は原作から一歩先に進んで作っているなと感じられますよね。なので、原作があって自由に翻案する場合であっても、私たちも現代のドラマにするために工夫をしないといけないなと思います。
――今回、主人公が音楽を勉強しているというところからミュージカル仕立てにしたのかなと思いますが、そのあたりの設定というのはどういう意図でしょうか。
田尾下:曲が演奏されるという意味合いを『オズ』の世界でどう描くかと考えたときに、やはりカギは音楽だと。音楽で満ち溢れた世界にしたい、歌うということが必然性を持って描きたいなとも思いました。そこで重要なのは、何故ここまでドロシーは現世に帰りたいと思うのか、というところです。恋しくて仕方がない、というのは一つですよね。ですが今回は居心地が良い場所に戻りたい、というのから一歩離れて「現世では嫌なこともあったけれど、それでも失敗をなんとか取り戻したい、もう一度やり直したい」というのはどうか、と考えたんです。となると、ドロシーは現世ではハッピーに次ぐハッピー、という女の子というよりも、「能力はあるけれども周りとうまくいかなくて孤立している子」がぴったりなんじゃないかとも。プロデューサーからも従来のイメージである10代の少女ではなく、大人として描きたいというリクエストがありましたから、じゃあそれなら何がふさわしいのだろうか、と思ったところ、大学の最終学年あたりが一番不安定な時期なのではないかなと思ったんです。就職するかしないか、自分の将来をどう考えていくか、夢を叶えるためにがんばるのか、というせめぎあいの中にある学生たちを、教える立場としていつも見ていたので。これは桜井玲香さんの実際の年齢やキャラクターももちろん加味したところではありますが…そこで「大学のオーケストラ部でコンサートマスターをやっている」ドロシーの図が思い浮かんできました。でも彼女はいわゆる我々が考える派手なヴァイオリニスト、すなわちソリストを志向しているのではなくて、みんなをまとめる役柄、コンサートマスターをやりたい人、なぜなら父の姿を見ているから。でも、周りはそのドロシーの気持ちをわかっていなくて、ソリストのほうが合っているとか、どことなく意見が食い違ってしまう……というのが最も大きな設定ですね。あとは、最大の敵役である西の魔女の現世の役柄については、同じオーケストラ部でありますがライバルとは少し違う演奏指導員というプロの立場のヴァイオリニストにしました。原作では一瞬でやられちゃう東の魔女の現世の役柄は、オーボエ奏者。オーボエってチューニングで一番初めに音を出す役割です。オーケストラってミュージカルのアンサンブルとかオペラの合唱とかと同じで「ソロでやらなければ偉くない」という問題ではなく、一人一人がとても大切なんです。ソリストの素質があるから偉い、みたいな単純な描き方はしたくなかったんです。
――今回、宮川彬良さんが音楽で参加されています。
田尾下:今、27曲あるんです。それにバリエーションも含めると30以上、アンダースコアと呼ばれるBGMも合わせると40曲近くなると思うんですが。この新作を私がやらせていただくのであれば、絶対に音楽は宮川彬良さんにお願いしたかったんです。宮川彬良さんでないとできない題材だとも思っていました。実際に彼自身もインタビューに答えていらっしゃいましたが「『オズの魔法使い』をミュージカルにするなら相当な覚悟が必要」ということ。すでに我々が思い浮かぶミュージカル作品がすでにあるからですよね。
――そうですね。以前早見優さんが主演されていた、新宿コマ劇場でやっていたミュージカルもありましたし……。
田尾下:懐かしいですね。実際には観ていないですが、早見優さんが好きだったのでニュースで見て覚えています(笑)。とはいえやはり、新しく作るのであれば現代に置き換えたり、音楽の国を舞台にしたいという台本の構想はありました。自分が描こうとしている音楽の魔法の世界を表現するにはどうしても宮川彬良さんの力が必要なので、口説かせていただいた次第です。宮川彬良さんの音楽はすべてもうできていますが、やはりこれ以上の人はいないなと思っています。曲って物語とともにどんどん進んでいくんですが、2つとして同じ世界がない。もちろん、バリエーションとして同じ曲が登場することもありますが、新たに曲が湧き上がるたびに、彼のイメージはどんどん変化していくんですよね。変化していくのも突然コミカルになったり、ドラマティックになったり。それは物語から作っていただいているのですが、構成自体が飽きさせないもの。こういう曲がほしいというイメージは台本に僕が書き記したものを、作詞の安田佑子さんが言葉を紡ぎ、作曲の彬良さんと作っていただいて。やはりその展開というものが曲を並べただけで、つながりがあるし、歌で物語が進みますよね。これがミュージカルの一番大切なとこと。何と言っても魔法の音楽の世界、どんなビジュアルよりも耳から、聴覚から入ってくる強さというものがあるな、ミュージカルに、看板に偽りはないなと思っています。
――稽古はすで始まっているようですね。
田尾下:そうですね。今日(7月初旬)ちょうど本読みですが、今回初めて全員揃うのかな。役者さんの中にはまったく初めて出会う人もいるんですよ。なので、すごく楽しみですね。
――現時点での作品の見どころとしてはいかがでしょうか。
田尾下:飛び出す絵本みたいな世界観にしようとしていまして。とある国にある総合大学のオーケストラ部という世界観から、オズの世界に飛ぶところがいちばん。台風ではないんですけれど、団員とドロシーの間に不協和音が生じる。そこで孤立してしまったドロシーが練習室の扉から飛び出し楽屋というか小さな部屋に入るときですね。それでこの魔法の世界に飛ばされるというイメージ。そこで音楽とともに部屋がどのように、オズの世界に変わっていくかはまずひとつの見どころなんじゃないかなと思います。今回の場合は、アレクサンドラ・ラターさん、彼女はイギリス人でフィジカルシアターの人で、パペットを用いた演劇とかの演出をされている方なんですが。パペットによる『もののけ姫』の逆輸入のとき初めて日本に来まして、その表現が面白かったので。今回身体での表現、パペットで表現の部分で参加していただいているんです。彼女のアイディア、ヨーロッパ的な世界観と『オズ』が持つアメリカの世界観が合わせられている部分。ドラゴンが出てきたりとか、トランプ……これは『アリス』のオマージュですが。あとはオズの顔とかも。そういうのを音楽とともに身体を用いてどう描いているか、そこも見どころなのではないかと思います。
――それでは、最後にメッセージを。
田尾下:『オズの魔法使い』といえば子供向けの秀逸なファンタジーではありますが、今回のミュージカル『DOROTHY~オズの魔法使い~』は大人に向けた、特に現代の我々に向けたメッセージをいっぱい詰めた作品にしようと思っています。自分の内に秘めた才能に気づく、成長物語も確かにあるんですけれど「一度失敗したら取り返しがつかない」現代、炎上とかがあるようにいろいろありますけれども、そんな世界に住んでいる我々が、「チャンスがある」「失敗によって失ったものは取り戻せる」という希望をもてるような、そんな物語にしたいと思っています。原作のドロシーは本当にいたいけな少女として描かれているのですが、今回は優れたヴァイオリニストであるドロシーが、自分の目線でしか物事を考えていない、周囲の人たちを傷つけてしまったという失敗から始まるんですね。人を傷つけてしまった彼女がいかに気づき、自分の正義、他の人に対してもどう心遣いすればいいのかということを学んでいく。大人の人たち…成功した、しないに関わらずいろんな人がいますけれども、現代の社会によって息苦しさを感じている人にこそ観ていただきたいですね。表現としての音楽も宮川彬良さんが魔法の世界を具現化していただいていますし。我々が作る舞台というものは全てを描き切るというわけではなく、みなさんの想像力におまかせする、それを借りて完成するものなので、ぜひ観に来ていただければと思います。
――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。
ストーリー
ドロシーは、とある都会の大学生。 学校のオーケストラ部ではコンサートマスターを務め、 外ではプロのヴァイオリニストとして活躍する一面も持つ。
学生最後の定期演奏会を前に追加リハーサルを決定したドロシーに対し、 それぞれに生活のある楽団員たちからは不満が噴出。 それまで頼られることしかなかったドロシーはショックから練習室を飛び出し 自らヴァイオリンを封印しようとする。
すると不協和音が鳴り響き、楽譜や楽器が飛び交って…。
気がつくとそこは、現実とはかけ離れた異世界・音楽の都「OZの王国」だった。 ヴァイオリンを封印したドロシーを待っていたものは――。
概要
日程・会場:
東京
2022年8月20日~28日 日本青年館ホール
兵庫
2022年9月16日〜19日 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
ほか全国各地あり。作・演出:田尾下哲
作曲・音楽監督:宮川彬良
出演:
ドロシー 桜井玲香
かかし 蒼井翔太・鈴木勝吾(Wキャスト)
ブリキ 渡辺大輔
ライオン 小野塚勇人【劇団EXILE】・栗山航(Wキャスト)
東の魔女 伊波杏樹
オズの精 横溝菜帆
・
西の魔女 凰稀かなめ
オズ 鈴木壮麻
アンサンブル
荒木啓佑 / 井坂泉月 / 石井大希 / 大山五十和 / 古清水愛奈
後藤紗亜弥 / 咲花莉帆 / 瀬戸口希哉 / 森山晶之 / 渡部光夏
スウィング
飯嶋あやめ
企画・製作:関西テレビ放送
制作協力:ycoment
公式HP:https://www.ktv.jp/dorothy-musical/
公式ツイッター:https://mobile.twitter.com/dorothy_musical
取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし