「LITTLE PRINCE ALPHA」VRとライブ、作品世界の「体験」と「鑑賞」の行き来、新しい演劇の形

1995年に世界唯一の独占ミュージカル化権を獲得し、そして2005年著作権が切れ、そこから本来描いてみたかった脚本・演出で創りかえられ、何度か上演された「リトルプリンス」。そして初の試み、リアルとバーチャルの融合を試みる公演が8月4、5日に日本科学未来館の未来館ホールで行われた。

実は全てをVR映像で観るのではなく、作品の主要登場人物である飛行士の体験を追体験、飛行士の回想はVR映像で、王子が自分のことを語るのはライブのミュージカルで、という趣向である。装着し、始まる。王子がしきりに話しかけてくる。それはあたかもすぐそこで、という感覚。つまり、「飛行士から見た王子」そして「作品世界」をVRで「体験」する。従来の舞台鑑賞ではあくまでも「観客」、観る客、「客」であることには変わりがない。ところがVRになると作品世界を、「体験」することになる。これが大きな違いである。だからVRでは王子は自分に向かって話しかけてくるのだ。

王子が羊の絵を書いてとせがむシーン
王子が羊の絵を書いてとせがむシーン(2)
王子が羊の絵を書いてとせがむシーン(3)

それが、なんとも不思議な感覚で、しかも装着している装置は視界がほぼ360度、さらに音響は新しいシステムを用いており、録音した音の空間配置をリアルタイムで計算、複数のスピーカーで再生されるのだが、これが迫力&臨場感満点で、より作品世界に没入できる。だからよりリアル。もはや鑑賞という言葉は不適切、まさに作品人物の体験ができるので、ある意味、もはや「客」ではないのかもしれない。

飛行士のシーン
飛行士のシーン(2)

よって、ついつい頭を声のする方を向けてしまったり。また、この装置は数に限りがあり、会場を訪れた全ての人がVRを体験するのは物理的にはまだ、であるが、普通の席には白いボール状のものが置かれている。IoT技術を用いた専用ネットワークLEDライトが物語に連動した光を放つ。しかも振動によって色の強弱もつけられるので、普通席に座っている観客は自分が思うミュージカルの世界観を表現できる。飛行士が水を見つけて飲むシーンでは、このボールが水色に発光する。飛行士役の俳優は、それを水に見立てて演技をする。観客は、その水色に光ったボール(振って色を濃くすることも可能)を俳優に差し出す、そこから水をすくって飲む演技をする。普通席に座っている観客は、そういった形で作品に参加することができる。最近、「応援上演」という試みが多くなっている。拍手をする、サイリウムを振るといったことはもはや他の作品でも行っているが、こういった『応援』の仕方はかなり新しい。また会場の仕様にもよるが、普通席に座っていても映像にほぼ取り囲まれる形になるので、映画を見る感覚とは少々異なる。また、ライブミュージカルの時は俳優陣は客席を通ったり、通路で演技をしたり歌ったりするので、ライブならではの迫力も満喫できる。

<上演中の様子>

いわゆる『観客』、そして『作品世界の登場人物』の両方を“体験”をすることによって作品に対する捉え方も変化してくる。もちろん、今後、VRのシステムは進歩していくことになるが、進歩すればするほど、作品世界に入り込みやすくなることは想像に難くない。
演劇、ミュージカル、いわゆるステージパフォーマンスというのは究極のマンパワーであることには違いないが、最新技術を取り入れることにより、観客の“立ち位置”が変わる。どんなに舞台技術が発達しても観客は観客であることには変わりがなかった。しかし、VRを取り入れることによって観客は客席という“安定”の場所にとどまるのではなく、自ら作品世界に飛び込んでいくことになり、「客」という安住の場所にいられなくなる。そういった意味においては革新的な試み、技術の進歩は大きな可能性の扉を開くことになるであろう。

音楽座HP:http://www.ongakuza-musical.com

文:Hiromi Koh