スタジオライフの看板役者・山本芳樹のひとりミュージカル 『ロートレック』が好評上演中だ。
場所は中野のウエストエンドスタジオ。小ぶりの劇場で入口を入るとロートレックの有名な絵画が飾ってある。誰もが一度は目にしたことのある作品。そして階段を降りるとそこは19世紀のパリの退廃的なムード漂う空間が。ムーディな照明、生演奏が入るので楽器、中央にスクリーン、必要最小限の小道具。時間になり、始まる。
ロートレックの悲痛な叫び「気が狂ってなんかいない」と。そこから時間軸が遡る。
トゥールーズ=ロートレック家は伯爵家、祖先は9世紀のシャルルマーニュ時代までさかのぼることができる名家。両親はいとこ同士。両親、特に父親にとっては待望の男子だったが、体が弱く、幼少期に脚を2度骨折したことが原因で、身長152センチほどで成長が止まる。その経緯を歌、芝居を交えて進行する。
山本芳樹が文字通り、ひとりでロートレックの人生を紡いでいく。語り、ロートレック、ロートレックの父、ロートレックが出会った人々、いくつもの役をこなし、しかも歌唱。この歌の入り方が絶妙で、自然に、感情の赴くままに入っていく。ロートレックの生涯、体に障がいを持ち、父親とは分かり合えず、その風貌故に差別を受ける。そんな彼が居場所を見つけ、自分のやりたいことが見つかる。2幕はそんな彼が描かれている。
贅沢な生演奏、山本芳樹の芝居、歌と息もぴったり。ロートレックの人生、時代背景もあり、苦難の連続、それを緩急つけて、そして深みのある芝居で魅せる。ロートレックを演じる時は足の不自由さを表現し、彼の父親を演じる時はシルクハットを被ってビシッと、女性を演じる時はしなやかに、自由自在に演じる。山本芳樹だからこそできる、そして彼だからこそ出せる味わい。音楽も洒落た感じで、決して暗くはない。むしろ、雰囲気のあるおしゃれなどこかのアンティークなバーで観ているかのような気にもなる。才能に溢れたロートレック、娼婦、踊り子のような夜の世界の女たちに共感、そんな彼の絵画やデッサン画がスクリーンに浮かんでは消える。カラフルだったりモノトーンだったり、それが劇場全体をロートレックカラーに染め上げる。また、ロートレックは日本の浮世絵に影響され、そのくだりは「なるほど」と。そして最後の最後まで描くことに執着する姿は熱く、そして清々しく、潔い。世紀末を駆け抜けた短い生涯、その濃密な生き様、そこから見えるもの、心が熱くなる作品であった。
あらすじ
19 世紀末のパリ・モンマルトル 世紀末のパリは、激動の時代 先が見えない混沌とした時代を覆う退廃ムードの中で、新しいうねりが起こっていた
そしてモンマルトルを中心とする芸術活動にも新しい風が吹いていた
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック モンマルトルにオープンした巨大エンターテインメント 『ムーラン・ルージュ』のポスターで一躍注目を浴びた画家
彼の作風は、古典的な伝統芸術を否定しながらも、 同時代の印象派とも異なる独特のものゆえに、
19世末を代表する画家として評価されている
しかし、彼が生きている間は印象派の画家たち同様
権威的な美術界には正当な評価は得られなかった
ロートレックはフランスきっての名門伯爵家の嫡男に生まれたものの
生まれつきの虚弱体質で足に障がいを持ち発育不全の小人症というハンデを持ったため、
父親の臨んだ立派な跡継ぎにはなれず
大衆文化に染まった画家の道を選んだため、ついに父とは心通わせることがなかった
モンマルトルを活動の拠点としたロートレックは、 キャバレーの踊り子や歌手、 そして娼婦といった女達を描き続けた ロートレックが好んでモデルにした女達は、 不幸な生い立ち、社会的弱者、挫折、絶望を抱えた人生という ロートレックの心に寄り添う人々であった 芸術のために放蕩生活を謳歌した彼の人生であったが、 やがてアル中、神経障害、そして梅毒が彼の肉体と精神を蝕み、 36歳と10か月という短い一生を閉じた
激動の世紀末を生きた壮絶な生き様だが、最後まで、彼は絵筆を離さなかった 彼が最後まで絵を描くことにこだわり執着した理由は!?
概要
Yoshiki Yamamoto Solo Musical 『ロートレック』
日程会場:2022年10月26日(水)~30日(日) ウエストエンドスタジオ
企画・原案:沢木 順
脚本・作詞:さらだたまこ
作曲:玉麻尚一
音楽監督:後藤浩明
演出・出演:山本芳樹
演奏:Piano 後藤浩明 Bass 藤田 奏
Drums 前川維旺利 Violin 五十嵐歩美
舞台監督=倉本 徹
舞台美術=竹邊奈津子
音響・映像=川西秀一
照明=山﨑佳代
ビジュアルデザイン=及川 健
舞台写真=宮坂浩見
撮影・編集=彩高堂
観劇サポート=舞台ナビ LAMP
制作=松田絵麻
主催=プティビジュー
公式サイト: https://yylautrec.com