永井愛が主宰する二兎社公演46 『歌わせたい男たち』が好評上演中だ。
ある都立高校の保健室を舞台に、卒業式での「国歌斉唱」をめぐる教師たちの攻防を描き、大きな反響を呼んだ二兎社の代表作が14年の時を経て現代に甦る。
2005年にベニサン・ピットで初演した際には、連日立ち見の出る大盛況となり、極限状況に追い込まれた教師たちの織り成すドラマに、観客の目が釘付けに。第5回朝日舞台芸術賞グランプリ(二兎社)・秋元松代賞(戸田恵子)・第13回読売演劇大賞最優秀作品賞(二兎社)・最優秀女優賞(戸田恵子)・優秀演出家賞(永井愛)を受賞。
『歌わせたい男たち』が描く公立学校の卒業式をめぐる状況は、学校だけでなく、職場やサークルなど、大小の差はあれどんな組織でも起こりうるもの。重要な問題が発生しても正面から向きあわず、論点をずらしたりその場を取り繕うのに躍起になったり。その結果、何も解決しないどころか、当事者の心が少しずつ壊れていくことも……。この作品に登場する保健室の扉の向こう側は、まさに私たちの生きる社会そのもの。
はからずも自分自身の生き方を試される状況に陥ってしまった人たちの攻防がリアルタイムで展開する、驚愕の「笑える」悲劇。
物語の場所は保健室。時計の針は朝の8時5分ぐらい。時は2008年、燕尾服を着た校長の与田(相島一之)が入ってくる。この日は卒業式、窓に向かって祝辞の練習。保健室のベッドのカーテンから仲ミチル(キムラ緑子)が顔を出す。歌手だったが、音楽教師に”転向”、安定した職業、なんとしてもこの職をキープしたい。だが、緊張のあまり目眩がしてしまった。コンタクトレンズも落とす、という重なる不幸。
卒業式につきものの「君が代」。この「君が代」に関しては、様々な議論がなされてきたが、ニュースなどで耳にした観客も多いことだろう。2003年に東京都教育委員会から公立学校に対して国家斉唱の職務命令としての義務化が始まった。この斉唱の時に起立しなかった、あるいは伴奏拒否をした教職員が処分を受けている。
物語の背景はこの「君が代」問題だが、それを問いかけているのではない。ミチルは、教職を手放したくない。校長が「君が代」について熱く語るのを少々困惑気味に聞いている。校長はミチルに伴奏して欲しい、実は過去にクリスチャンという理由で伴奏拒否した教諭がいたからだ。ミチルはもちろん、伴奏すると答えるものの、コンタクトレンズを無くしたので、自分と同じぐらいに目が悪い拝島(山中崇)からメガネを借りようとするが、校長と按部(うらじぬの)は怪訝そうな表情。その拝島は実は左翼、校長にとっては悩ましい存在だ。
校長は自分の学校から不起立者や伴奏拒否が出ては困る、立場、というものがあるから。実際、過去に教師と生徒が不起立をしたので教育委員会から指導も受けている。時は無情にも過ぎていき、卒業式の開始時間が近づいてくる。そんな折に国歌斉唱に反対し、定年退職後の再雇用が取り消された元教師が、不起立を訴えるビラを校門でまこうとしていると英語科教師の片桐(大窪人衛)が駆け込んできた。困った校長、困惑するミチル、やる気の拝島、無関心で巻き込まれたくない按部、そして若い教師・片桐。
この5人が織りなす思惑、行動。拝島と校長の関係、校長はかつては拝島と同じ考えだったが、今は立場というものがある。ラスト近く、彼は屋上で演説をする。元教師がばら撒こうとしたビラは10年以上前、校長になる前の与田が書いたものだった。与田はかつての自分を否定し、たとえ起立してもそれは「外心」だから「内心」の自由はあると主張する。また拝島はミチルにシャンソンを歌うように言う。タイトルの『歌わせたい男たち』の男たちは、ここに登場する男たちのこと。ミチルに国歌を伴奏し、歌って欲しいいと言う与田、そして斉唱を肯定する片桐、一方の拝島はミチルにシャンソンを歌って欲しい。その歌の意味するところは真逆だ。その可笑しみと哀しさ、人間の性。クスリと笑える細かいやりとりで、客席からは終始笑いが絶えない。また、ちょっとした仕草も「ある。ある」。按部の行動、関わり合いたくないオーラ(笑)、要領よく、避ける態度、また、ノンポリなミチルの右往左往ぶりや、校長の「何事も起きないでくれ」的な雰囲気、ボサボサ頭の拝島のメガネの奥底に光る目、ビシッと羽織袴を着た片桐の国歌斉唱に対する態度、笑えると同時に親しみも感じるところ。11日まで上演。
あらすじ
仲ミチルは、ある都立高校の音楽講師。“売れないシャンソン歌手”からカタギへの転身を果たしたばかりで、この仕事を何としてでもキープしたいという強い決意でいる。
今日はミチルが初めて迎える卒業式。ピアノが大の苦手なのに国歌や校歌などの伴奏を命じられたため、早朝から音楽室でピアノの稽古だ。だが緊張のせいか眩暈に襲われ、コンタクトレンズを片方落としてしまった。これでは伴奏するどころか歩くことさえままならない。
校長の与田はミチルを気遣いながらも、「君が代」をちゃんと弾かせることに異様なこだわりを見せる。しかも、ミチルに何か思惑があって伴奏したくないのではないかと疑っているようだ。ミチルは仲の良い社会科教師の拝島からメガネを借りて事態の打開をはかろうとする。しかし、養護教諭の按部から、拝島が「ゴチゴチの左翼」であると聞かされ、驚くのだった。今までみじんも考えたことのない問題の当事者にされてしまい、困惑するしかないミチルだが……。
立場の異なる様々な教師らの思惑が交錯する中、卒業式の時間は刻一刻と迫ってくる。
概要
日程・会場:2022年11月18日(金)~12月11日(日) 東京芸術劇場シアターイースト
全国公演あり。
作・演出:永井 愛
出演:キムラ緑子 山中 崇 大窪人衛 うらじぬの 相島一之
美術:大田 創/照明:中川隆一/音響:市来邦比古/衣裳:竹原典子/ヘアメイク:清水美穂 舞台監督:三上司
共催:公益財団法人 東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
主催:二兎社
公式サイト:http://www.nitosha.net/
撮影:本間伸彦