日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズ No.84『源氏物語』光源氏役 村松恒矢 インタビュー

日本人がこよなく愛す、⻑編小説『源氏物語』のオペラ化作品。 待望の日本語版初演が、満を持してこのたび実現!
光源氏の栄光と挫折 そして雅な愛の世界。オペラ全3幕〈字幕付き日本語上演〉ニュープロダクション!いよいよ2月18日開幕。

紫式部が描いた日本文学の最高傑作『源氏物語』を題材にしたオペラ「源氏物語」。2000年アメリカのセントルイス・オペラ劇場で世界初演され、翌2001年に同劇場が日本招聘され日生劇場にて日本初演(英語版上演)。
今回はこの作品を、作曲者である三木稔自らが手がけた日本語版オペラ全幕世界初演。
物語の主人公・光源氏には圧倒的な存在感を放つバリトン岡昭宏(2/18)と村松恒矢(2/19)、源氏の最初の愛人・六条御息所には確かな実力で観客を魅了し続けるソプラノ佐藤美枝子(2/18)と砂川涼子(2/19)と、この演目に最も適したキャストを配し、その他のキャストにも役柄にも相応しい、日本オペラ協会を代表する豪華な布陣を固めている。
指揮は田中祐子、演出に岩田達宗による新制作。光源氏役のバリトン・村松恒矢さんのインタビューが実現した。また、総監督・郡愛子さんのコメントも到着。

――オファーをいただいた時の感想をお願いいたします。

村松:光源氏役をいただき、喜びとやりがいをすごく感じるとともに、やはり『源氏物語』は日本を代表する名作の主役、さらに誰もが知っているイケメン、プレッシャーを感じています。実は高校は合唱部に所属しておりましたが、その時に三木先生の合唱曲を歌ったことがありました。その時に音がメロディックではなく、少し現代曲のような、そういうイメージがありましたので、今回『源氏物語』の楽譜を見る前は「難しいかもしれない…」という、恐怖心や不安もありました。

――よく知られているタイトルですし、光源氏という類い稀なるイケメンがさまざまな女性遍歴をする、というイメージが一般的だと思います。オファーをいただく前の「源氏物語」の最初のイメージは?

村松:まさに、そういうイメージですね。僕は私自身、少年時代は理系で、どちらかというと数学や理科が好きなタイプだったので、あまり話の内容を覚えているわけではなかったのですが、光源氏や『源氏物語』については男性が女性を口説くイメージでした。大学院時代にモーツアルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を歌ったことがありますが、光源氏はまさにその『ドン・ジョヴァンニ』の和製版、そういうキャラクターだと思っていました。もっとも『源氏物語』のほうが時代はずいぶん前ですが。

――台本読んでお稽古して、『源氏物語』、光源氏のイメージはどう変わりましたか。

村松:台本を読んで稽古を続けてきましたが、この時代の貴族の男性には何人もの女性がいて、子孫を残すためにたくさん子供を産ませるという…すなわち男性社会、それが当たり前だった中で、『源氏物語』の光源氏は珍しくフェミニスト。『ドン・ジョヴァンニ』は女性を自分のものにするために結構、適当なことを言うのですが、光源氏は全てに対して本気。女性の気持ちに寄り添っていくというところが『ドン・ジョヴァンニ』とは全く違うところ。途中で出会う紫も、お母さんに似ているというのもありますが、それに加えて、幼い時に両親を失いおばあさんに育てられた自分の状況と重ねて「可哀想だね」「僕が育ててあげる」と連れて行くんです。光源氏は「可哀想だね、可哀想だね」と女性を愛する、そういう愛を求めている。お母さんを失い、その満たされない部分を埋めるために、与えたり、もらったり…愛情に飢えているような、そんなイメージに変わりました。

――朗読劇でも『源氏物語』が選ばれることも多いですが、光源氏はそこでも悩める人のように描かれたりしています。

村松:『ドン・ジョヴァンニ』と違って、『源氏物語』では女性も傷ついていますが、光源氏自身も傷ついている。そこが『ドン・ジョヴァンニ』とは違うところ。この人物を紐解くには、どの愛に対しても本気なので厄介ですが、すごく愛すべきキャラクターだなと思いました。真面目で屈折していますね。

――真面目さ故にあっち行ったりこっち行ったり。

村松:藤壺が自分を受け入れてくれないから、その気持ちを六条御息所に注いだり。そういうところが弱い部分でもあり、彼の持っている愛の強さなのかなと思います。

――お稽古して、楽曲について、曲など難しいところは?また、歌いがいがあるな、というところがございましたら。

村松:やはり三木先生の曲は全体的に無茶苦茶難しいです(笑)。今はピアノでお稽古をしていますが、オーケストラになって、和楽器が入ったりしますと…普段我々オペラ歌手は和楽器の音に慣れていないので、これがどうなっていくんだろうと…。
まず、特殊なところでいえば、α小節というのがあります。普通は、大体、1、2、3、4、と拍があるんですが、これはモーツァルトのレチタティーヴォのような感じです。一応、八分音符とか、四分音符とか音価は書かれているものの、それを自由にやっていいですよ、って言う部分なんです。ここが決められていないということは、その人のセンスや、音との関係など、そういうところを問われます。そこを、まず、全部同じようにやらないで、心情の変化によってテンポが変わる、そこが、きっと今、一番求められているところでしょう。
それに加えて、IDセリーという手法を今回、三木先生は使われています。これは簡単にいうとライトモチーフ、そのキャラクターのテーマソングというのでしょうか。音楽が流れてきて「さっき聴いた」「この人の音楽なんだな」と感じられるところがあります。そういうところも皆さんに楽しんでいただけるんじゃないかなと思います。

――そうなりますと、演じている人によって変わってきますよね。

村松:もちろん、マエストラの田中祐子さんと一緒に相談しながら、「ここはちょっと早めに行こうか」とか、そういう決まり事はありますが、歌手に任せられている部分もありますし、また「こうやりたい」という意見をマエストラは聞いてくださっていますので、1日目とか2日目はそこが変わってくると思います。

――お稽古はだいぶ進んでいらっしゃると思うのですが、共演の方々について。

村松:もう、みなさま素晴らしい方ばかりです。前から共演したことのある方、はじめましての方など。今回のオペラでは初めてですが、砂川涼子さんはオペラ界では誰もが知る存在。そんな方と共演できるのはすごくうれしいですし、あとは川久保博史さん、芝野遥香さんは以前もご一緒しています。チームワークもぴったりで、厳しいながらも(笑)、すごく楽しくお稽古できています。

――それでは、最後にメッセージを。

村松:やはりオペラというと、みなさんすごく敷居が高いイメージもありますし、ミュージカルやオペラはストレートプレイと違って不自然なところが苦手だ、という人もいるでしょう。逆に音楽がつくことで、私は「サブテキスト」と呼んでいますが言葉とは違う、キャラクターの心情が表されています。そこに感動する部分があるんじゃないかと思いますし、そこが特別だなと思いながらオペラ歌手をやっています。また、生の声がホールに響くところをぜひ、劇場で体感していただければ嬉しいです。家で聴く以上に、身体の中が暖かくなるようなものがありますので、ぜひ劇場に一度来ていただきたいなと思っております。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。

総監督 郡愛子より

私は、1978年に初演された三木稔作曲「春琴抄」のはし役で日本オペラデビューし、再演、再々演にも出演しております。以降、45歳でオペラ作曲家となった三木稔さんとはそれからずっとご縁が続いておりました。1993年の鎌倉芸術館開館記念事業公演「静と義経」では、台本のなかにし礼さんよりお声掛けいただき、磯の弾師役で出演が決まった私の為に、三木先生は弾師のアリアを作曲くださいました。宝物となったこの曲は、記念リサイタルの度にピアノやオーケストラにアレンジしながら今でも大切に歌い続けております。
その後、私は日本オペラ協会の総監督として、2019年に「静と義経」を26年ぶりに取り上げました。東京初演となったこの公演でしたが、チケットは完売、多くの感動の声をお寄せいただきました。
そして今回、三木作品の継承者の方にいただいた〈オペラ源氏物語ができるまで〉という本の中で、作品に対する三木先生の熱い想いに触れ、日本語によるグランドオペラを上演させていただきたいという気持になりました。
2024年には大河ドラマでも取り上げられるなど、正にタイムリーな作品です。日本語での上演は日本人に強く伝わるはずですし、若い方にもぜひいらしてほしいと思います。最高のキャスティング、煌びやかな舞台、衣裳、まさにこれこそグランドオペラです。この絢爛豪華な日本のオペラを皆さまにお届けしたいという熱い想いで上演します。このオペラ、観なきゃ損ですよ!

あらすじ
世に名高い『源氏物語』より、逸話を自由に繋いだオペラ。桐壺帝の子、光源氏と女性たちの恋愛譚を中 心に、六条御息所の生霊と死霊が全編で登場。日本社会に古代から続くシャーマニズムが根強いことを象徴 する。まずは幼き日の源氏の姿が描写され、続いて、彼が父帝の女御藤壺と情を交わした後拒絶される顛末、 親友の頭中将との「雨夜の品定め」「共に⻘海波を舞う」といった有名なやりとり、幼い紫(紫の上)を妻と するも、弘徽殿女御の怒りで須磨に追放され、明石入道の娘と出会うといった数々の名場面が出現。原作を 離れたエピソード「六条の亡霊が紫の命を奪う」も盛り込んだ後、最後には幼い冷泉帝の即位と源氏の摂政就任の絢爛たる儀式で幕。

概要
日程・会場:2023年2月18日(土)・19日(日)14:00開演 Bunkamuraオーチャードホール
*13:15 から会場内にて作品解説をいたします。※上演時間:約3時間30分(休憩1回含む)
原作:紫式部
台本:コリン・グレアム
日本語訳台本・作曲:三木 稔
指揮:田中祐子
演出:岩田達宗
総監督:郡愛子
出演
光源氏:岡 昭宏/村松恒矢
六条御息所:佐藤美枝子/砂川涼子
藤壺:向野由美子/古澤真紀子
紫上:相樂和子/芝野遥香
頭中将:海道弘昭/川久保博史
弘徽殿:森山京子/松原広美
朱雀帝:市川宥一郎/高橋宏典
明石の姫:⻑島由佳/中井奈穂
桐壺帝:山田大智/下瀬太郎
葵上:丹呉由利子/髙橋未来子
明石入道:江原啓之/豊嶋祐壹
少納言:河野めぐみ/城守 香
惟光:和下田大典/平尾 啓
合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
主催:公益財団法人日本オペラ振興会/Bunkamura/公益社団法人日本演奏連盟/ 都⺠芸術フェスティバル
東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団
助成:公益財団法人 三菱 UFJ 信託芸術文化財団
公式サイト:https://www.jof.or.jp/performance/nrml/2302_genjimonogatari.html
取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし