5月公演は明治座創業百五十周年記念『市川猿之助奮闘歌舞伎公演』、座頭の市川猿之助を筆頭に、平成生まれの中村壱太郎、中村米吉、中村隼人ら次代を担う花形俳優陣と、作品をより格調高いものに引き上げる中村鴈治郎が出演。
昼の部の歌舞伎スペクタクル『不死鳥よ 波濤を越えて―平家物語異聞―』は昭和54(1979)年の初演から、歌舞伎公演として実に44年振りとなる上演で、壇ノ浦の戦いで戦死したとされる平知盛が海を渡り、幻の都ローランに落ち延びたという大胆な設定と、宝塚歌劇団の植田紳爾が作・演出を手掛け歌舞伎に歌劇の演出が盛り込まれた〝歌舞伎レビュー〞、壮大なスペクタクルロマン。伝説の〝不死鳥〞が今、色鮮やかによみがえる。
夜の部の三代猿之助四十八撰の内『御贔屓繫馬』は、昭和59(1984)年4月の明治座初演時には大評判を呼んだ作品。今回は更に工夫を加え、物語を洗い直し凝縮した形で。大喜利所作事『蜘蛛の絲宿直噺』では猿之助が女童、 小姓、番頭新造、太鼓持、傾城、土蜘蛛の精の六役を早替りで踊り分け、華やかな雰囲気に溢れ、〝奮闘公演〞に相応しい変化舞踊を披露。
厚みのあるコーラスで始まる。タイトルロールのあと、パッと照明が付いて勢揃い、華やかな瞬間。それから中央のセリから平知盛(市川猿之助)と白拍子の若狭(中村壱太郎)登場、拍手。平知盛は男気がある人物として知られ、平家が隆盛を極めた時期においても奢ることがなかった。出だしは、その華やかなりし頃、桜が咲き誇り、平知盛の四天王が舞う、美しい白拍子たちの華麗なる舞、そこにいた誰もがこの隆盛が続くことを願っていたが、そうはならず。
歴史の授業でも当然でてくるが、壇ノ浦の合戦へと舞台は続いていく。平知盛や四天王たちは勇敢に戦うが…死を覚悟した平知盛は碇を持ち上げ、海中に(浄瑠璃「義経千本桜」の二段目「渡海屋の段」でも有名なシーン※)。そして、ここからが「IF」、しかも壮大な「IF」。知盛は宋の水軍の将、楊乾竜(中村隼人)に助けられる。
とにかく見せ場が多い。宝塚歌劇団の植田紳爾の作品、植田紳爾と言えば「ベルサイユのばら」が大ヒット、21世紀に入っても何度か上演。歌劇と歌舞伎の”いいとこどり”。影コーラスはオペラ歌手、女性の透き通る声、どっしりとした男性陣の歌声、そこにスペクタクルな演出、殺陣は”日本”を舞台にしている1幕は歌舞伎の殺陣を多用、そして2幕は幻の都・楼蘭(ローラン)から始まるが、ここではいわゆるアクション。こういったところは見どころ。1幕ではようやく再会できた平知盛と若狭、だが、宋の船には女人禁制。若狭の切ない想いと美しい舞は心揺さぶるシーン。
2幕は金国の楼蘭(ローラン)、ここは王宮。ちょうど、王の即位したばかり、絢爛豪華な場面、王族、重鎮達らが勢揃い。そこへ平知盛の一行が。宋の国を目指していたが、船が難破、手前の金国に。王の衛紹王(中村米吉)と楊乾竜とは旧知の仲、金国を通って宋の国へいく許しを得るために宴に列席した。そこで運命の出会い、平知盛は王の前で舞を披露、彼の舞に心動かされた人物、それは王の姉・紫蘭(中村壱太郎)、先代の王から紫蘭と結婚するように言われていた宰相の武完(下村青)は面白くない。実は、紫蘭と婚姻関係になって国を牛耳ろうという野望を持っていた。様々な思惑、そして日本は源氏の時代、宋の国は鎌倉政権と交易を開くことに…。
1幕は平家滅亡に伴う戦いや別れを中心に、2幕は陰謀、策略が渦巻く金国でのパワーバランスに巻き込まれつつも、己の正義、人としての情を忘れない平知盛の心意気を中心に。純愛に生きる知盛と若狭、猿之助が凛々しく、壱太郎が清らかに。そして壱太郎は2幕では一見、若狭とは真逆の紫蘭も演じている。紫蘭の置かれた状況は複雑で好きでもない男との結婚が目前に、そんな折、知盛に出会う。心惹かれるも、恋がうまく行かない。「トンデモ」行動に出るも、その心の奥底を考えるとちょっと切ない。腹黒い宰相・武完は下村青が演じるが、歌唱力は折り紙付き、難しい楽曲を2曲も!朗々と響く歌声、そして腹黒いと言えば、ミュージカル『ライオンキング』の初演ではシンバの腹黒い叔父・スカーを演じていたが、ダークな役を徹底的にダークに演じていたのが印象的。そしてラストはもちろん!猿之助飛ぶ!!不死鳥!!最後の最後の見せ場でフライング、これを観ないと帰れない(笑)。44年前の作品だそうだが、古びた感じはしない。演出も、現代ならプロジェクション・マッピングなどいくらでもハイテクは使えるのだが、それをあえて使用せず、マンパワーでスペクタクルを演出。ここにこだわりを感じる。見応えのある2幕ものであった。
夜の部は、「三代猿之助四十八撰の内 御贔屓繫馬 」、見せ場は早桶の中から全身火の粉を吹き、髪を振り乱した姿の良門(市川猿之助)が蘇生、スモークが桶から、そして”火の粉”が吹き出している良門がかなり怖い!小道具の赤く光る髑髏もかなり怖いのだが、その上をいく怖さ。
そして宙を舞う。昼の部のフライングは美しいが、夜の部のフライングは真逆。この真逆のフライングを昼夜続けて観劇すると同じフライングでも「こんなに違う」と新たな発見。大喜利所作事『蜘蛛の絲宿直噺』は難しいことは考えずに猿之助の早変わりを楽しみたい。女童の時は客席から笑い声が。ヘアスタイル、所作、無垢な少女、ついさっきまで怖かったのに(笑)。
そしてサクッと小姓に。次々と変わる、変わる!大忙し&大奮闘!最後に女蜘蛛の精として登場するのだが、その前に蜘蛛の巣の幕の前で三味線の演奏がかっこいい。そしてドーンと女蜘蛛の精、これがかなりの怖さ!その女蜘蛛に果敢に挑む源頼光(中村隼人)たち。ちなみに土蜘蛛/土雲(つちぐも)は、上古の日本においてヤマト王権・大王(天皇)に恭順しなかった土豪たちを示す名称であったが、近世以後は、日本を「魔界」にしようとする存在あるいは源頼光に対抗する蜘蛛の妖怪とされ、「妖怪」として定着。ここでも女蜘蛛は日本を魔界にしようと企む。よって源頼光が登場するのは”お約束”であり、源氏の重刀である名刀・膝丸で斬りつけるシーンがあるが、これも”お約束”。もちろん、勧善懲悪なので、結末も”お約束”。
昼も夜も市川猿之助、本当に!大奮闘!出番が多いのはもちろん、殺陣もあり、1幕の『不死鳥よ 波濤を越えて―平家物語異聞―』では歌も!そして明治座では美味しいものがたくさんあるので!気温が高くなってきたが、ロビーではジェラートが販売、この時期限定の抹茶ジェラートは濃厚な抹茶味であるにもかかわらず、食後感はさっぱり!幕間にちょっと食べたいアイテム。公演は28日まで。なお、千秋楽の花形公演では中村隼人が大奮闘!猿之助が演じた役を!
─昼の部─
植田紳爾作
藤間勘十郎演出・振付
市川猿之助演出
歌舞伎スペクタクル 不死鳥よ 波濤を越えて―平家物語異聞―
文治元年の春遅く、平家が壇ノ浦の戦いで滅び去ってから早ふた月。仮内裏として栄えた屋 島も見る影もなく廃虚と化しています。そこで見果てぬ悪夢にうなされながら目を覚ましたのは、新中納言平知盛。知盛は壇ノ浦の合戦の最中、落命寸前のところを宋の水軍の将、楊乾竜に助けられ、密かに一命をつないでいました。乾竜は名将として知られた知盛を宋に連れていくことを画策し、迫りくる源氏の追手から逃れようやく唐戸の浜まで辿り着きました。そこで、 深く心を通わせた若狭と再開できたのですが、漸く現れた宋の船には女人禁制の掟。知盛は大いに苦悩すると、若狭は美しい姿で舞い始め…。
昭和五十四年二月に梅田コマ劇場で、植田紳爾作・演出、三代目市川猿之助(現市川猿翁) 主演で初演されました。壇ノ浦の戦いで戦死したとされる平知盛が海を渡り、幻の都ローランに落ち延びたという大胆な設定と、歌舞伎に歌劇の演出が盛り込まれた“歌舞伎レビュー”と して「壮大なスペクタルロマン」が大きな話題を呼びました。今回、歌舞伎作品としては四十四年振りの上演で、伝説の「不死鳥」が色鮮やかに蘇ります。
※知盛は碇を担いだとも、鎧を二枚着てそれを錘にし、「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と言い残して入水したと言われている。遺体、あるいは生きたまま浮かび上がって晒しものになるなどの辱めを受けるのを避ける心得である。
これに想を得た文楽及び歌舞伎『義経千本桜』の「渡海屋」および「大物浦」は別名「碇知盛(いかりとももり)」とも呼ばれ、知盛が碇とともに仰向けに飛込み入水するシーンをクライマックスにしている。
─夜の部─
四世鶴屋南北作
奈河彰輔脚本
市川猿翁脚本・演出
石川耕士補綴・演出
市川猿之助演出
三代猿之助四十八撰の内 御贔屓繫馬 (ごひいきつなぎうま)
大喜利所作事 蜘蛛の絲宿直噺 (くものいとおよづめばなし) 市川猿之助六変化相勤め申し候
承平・天慶の乱に敗れた平将門の遺児、相馬太郎良門は父の遺志を継いで天下を望みましたが、敢えなく病死しました。平将門の娘滝夜叉姫は、兄良門の亡骸を火葬するため市原野にやってくると、千年生きる女郎蜘蛛の生き血を注ぐといかなる死者も生き返らせることのできる 源氏の重宝があることを知りました。また、この重宝は辰の年月日揃った生まれの者が持つと、妖術が自在に使えるといいます。兄を蘇生させたい一心の滝夜叉は重宝を巡って争ううちに殺されてしまいますが、早桶の中から全身火の粉を吹き、髪を振り乱した姿の良門が蘇生し…。
『御贔屓繫馬』は、四世鶴屋南北の原作を三代目市川猿之助(現市川猿翁)と奈河彰輔が筆を執り、昭和五十九年四月に明治座で初演し、大評判を呼びました。今回は更に工夫を加え、物語を洗い直し凝縮した形でお届け致します。大喜利所作事『蜘蛛の絲宿直噺』では猿之助が 女童、小姓、番頭新造、太鼓持、傾城、女蜘蛛の精の六役を早変わりで踊り分け、華やかな雰囲気に溢れ、“奮闘公演”に相応しい変化舞踊を披露します。三代猿之助四十八撰の中でも、 特に明治座にゆかりのある大作にご期待ください。
公演データ
日程・会場:5 月 3 日(水・祝)初日~28 日(日)千穐楽(予定) 明治座
※休演日 5 月 10 日(水)、17 日(水)
製作 松竹株式会社
主催 株式会社 明治座
公式サイト:https://www.meijiza.co.jp