世界的に評価される村上春樹の傑作長編『ねじまき鳥クロニクル』の舞台化、イスラエルの奇才インバル・ピントと気鋭のアミール・クリガーによる演出、アミールと演劇界の俊英・藤田貴大の脚本、大友良英による音楽と、国内外のトップクリエイターが手掛けた創造性豊かな意欲作。
主人公の岡田トオル役は成河と渡辺大知が二人で一人の人間の多面性を演じ分け、村上ワールドにいざなう不思議な 女子高生・笠原メイ役を門脇 麦が、初演から引き続き演じる。また、圧倒的な悪として存在する綿谷ノボル役は、初演で衝撃的なダンスシーンを見せた大貫勇輔と、新たに、バレエダンサーとして世界的に活躍し現在は俳優としても多くの舞台に出演する首藤康之がダブルキャストで務める。トオルを不思議な世界へ導く加納マルタ・クレタ姉妹役は、昨年退団した宝塚歌劇団で娘役として歌・ダンス・芝居の技量が高く評価された音くり寿が新たにキャスティングされ、さらに初演でこの壮大な物語をクリエイターと共に創り上げた松岡広大、成田亜佑美、さとうこうじ、吹越満、銀粉蝶が再演でも演じ・歌い・踊り、表現する。
岡田トオルを2名で演じる、Wキャストという意味ではなく、成河と渡辺大知が場面に応じてそれぞれ登場したり、あるいは2人一緒に登場したりする。見た目の違いだけではなく、身体の動かし方、雰囲気、声のトーン、背丈もかなり差がある。アニメや漫画と違って原作は小説、よって似た雰囲気の俳優2名にする必要もない。返って観客の想像力も膨らんでいく。成河と渡辺大知が絡み合っていくところはビジュアル的に釘付けになる。そして笠原メイ役を門脇 麦、可愛らしさ全開、だが、キャラクターとしては思春期のただなかで死への好奇心を強く抱く不登校の少女であり、岡田トオルの味方。現実の世界と無意識の世界、深層心理、主人公のトオルはまるで迷路に迷い込んだかのように冒険をすることになる。
そのセットが後半は迷路のように縦横無尽に動く。舞台空間が時空を超え、現実と非現実が交錯する。『主人公・トオルが妻のクミコを助ける』が物語の軸になっているが、そこに横糸のように絡まる『事柄』、ノモンハン事件のこと、象徴的な『井戸』、水、そして『悪』として登場するクミコの兄・綿谷(わたや)ノボル、ゲネプロでは首藤康之であったが、その存在感とクールな雰囲気で舞台上をダークに染め、また、世界的ダンサーだけあって動きの一つ一つが洗練されており、適役。
加納マルタ・クレタ姉妹を演じる音くり寿、この姉妹は表裏一体、同一俳優が演じるわけだが、音くり寿が登場すると空気が一変、また、このキャラクターもストーリーの中では重要な鍵を握る。作品を読んだことがあれば、説明不要だが、音くり寿のパフォーマンスは要注目。
原作は単行本では3冊にも及ぶ長編小説、これを舞台化、2幕ものだが、作品をグッと凝縮して濃密に見せる。ダンサー陣の身体能力の高さ、相当難しいことをしているので!パフォーマンス、フォーメーション、ダンスにはジャズダンス、バレエ、ヒップホップなどジャンルが分かれるが、その垣根を飛び越えての動き、時には妖しく、時にはパワフルに、ここも必見。この舞台を見終わった後は、もう一度、原作を読んでみたくなるはず。難解と言われているが、その難解さが、またエンターテイメント。公演は11月26日まで。
ゲネプロ前の取材会に登壇したのは成河、渡辺大知、門脇 麦。
成河「本当に家族のようなメンバーが育ちつつあり、毎日手応えを感じている」と率直に語り、「毎日楽しくやらせていただいてます」と笑顔で。渡辺大知も「再演が決まって本当にうれしい。稽古では、初演よりもさらにいろんなアイディアをみんなで出し合いながらどんどん積み重ねていきました。劇場には入って、さらに構築、皆さんに見てもらえること、ワクワクしております」とコロナで前回は中止公演もあっただけに嬉しそう。門脇 麦は「本当に舞台が美しい…私が出ているシーンが見られないのが残念」と語る。またストーリーにちなんだ質問で”歪みを直したい”のお題に成河が「演劇の入場料金」。コロナ禍で値上げしているので、若年層にはなかなか手が届きにくい価格に。「みんなで下げられたらいいなと。高校生1000円とか」と成河。渡辺大知は「この舞台をやっていると、自分の身体をもっと思うように動かせたらなあ、と感じます。公演が終わっても身体を面白がりたい」と語るが、この身体表現が面白く、ただとても難しいことをやってるので公演前のストレッチは必須かもしれない。門脇 麦は「睡眠時間。今日も12時間くらい寝たので腰が痛い。睡眠時間6時間、とか決めた方が健康に良いのかもしれません」と笑わせた。
最後に公演PR。「複雑なものを簡単にして届けるのではなく、複雑なものを複雑なままにして見せています。(それを)楽しんでいただけたら」と語り、渡辺大知は「面白いもの、ワクワクするもの…果てしない冒険が観られる舞台に。『舞台とはこういうもの』という概念を壊して、“安心安全”なものから離れています」と語り、門脇 麦も「考えずに楽しんでいただけたら」と締めて会見は終了した。
あらすじ
岡田トオルは妻のクミコとともに平穏な日々を過ごしていたが、猫の失踪や謎の女からの電話をきっかけに、奇妙な出来事に巻き込まれ、思いもよらない戦いの当事者となっていく――。
物語は、静かな世田谷の住宅街から始まる。主人公のトオルは、姿を消した猫を探しにいった近所の空き家で、女子高生の笠原メイと出会い、トオルを“ねじまき鳥さん”と呼ぶ少女と主人公の間には不思議な絆が生まれる。赤いビニール帽子をかぶった“水の霊媒師”加納マルタが現れ、本田老人と間宮元中尉によって満州外蒙古で起きたノモンハン事件の壮絶な戦争の体験談が語られる。
そしてある日、妻のクミコが忽然と姿を消した。クミコの兄・綿谷(わたや)ノボルから連絡があり、クミコと離婚するよう一方的に告げられる。クミコに戻る意思はないと。だが、クミコ失踪の影には綿谷ノボルが関わっているのではないかという疑念はしだいに確信に変わってゆく。トオルは、得体の知れない大きな流れに巻き込まれていることに気づきはじめる。
何かに導かれるように隣家の枯れた井戸にもぐり、クミコの意識に手をのばそうとする主人公トオル。世田谷の路地から満州モンゴル国境まで、クミコを取り戻す戦いは、いつしか時代や空間を超越して、“悪”と対峙する“ねじまき鳥”たちの戦いとシンクロする。暴力とエロスの予感が世界をつつみこむ……。
はたして、“ねじまき鳥”はねじを巻き、世界のゆがみを正すことができるのか? トオルはクミコを探し出すことができるのか――。笠原メイとふたたび会えるのか。
概要
日程・会場:
東京:2023年11月7日(火)~11月26日(日) 東京芸術劇場プレイハウス
愛知:12月16日(土)・17日(日) 刈谷市総合文化センター大 ホール
主催・企画制作:ホリプロ
共催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
協力: 新潮社/村上春樹事務所
後援:イスラエル大使館
出演:
□演じる・歌う・踊る
成河/渡辺大知 門脇 麦
大貫勇輔/首藤康之(Wキャスト) 音 くり寿 松岡広大 成田亜佑美 さとうこうじ
吹越 満 銀粉蝶
□特に踊る
加賀谷一肇、川合ロン、東海林靖志、鈴木美奈子、藤村港平、皆川まゆむ、陸、渡辺はるか(五十音順)
□演奏
大友良英、イトケン、江川良子
スタッフ
原作:村上春樹
演出・振付・美術:インバル・ピント
脚本・演出:アミール・クリガー
脚本・作詞:藤田貴大
音楽:大友良英
照明:ヨアン・ティボリ
音響:井上正弘
ヘアメイク:宮内宏明
通訳:鈴木なお、天沼蓉子
美術助手:大島広子
振付助手:皆川まゆむ
演出助手:陶山浩乃
舞台監督:足立充章