2024年紀伊國屋ホールは60周年を迎え、昨年「熱海殺人事件」は初演から50周年を迎えた。
日本の劇曲で50年以上愛され、上演され続ける作品は数少ない。紀伊國屋ホール60年の歴史の中で、最も上演回数の多い作品であるつかこうへいの「熱海殺人事件」は、1973年の発表以降、翌年に岸田戯曲賞を授賞、後に映画化される等、日本の演劇史上プロアマ問わず最も愛され上演され続けている作品(推定累計 8,500ステージ)。
2024年紀伊國屋ホール60周年にあたり、『熱海連続殺人事件』として『Standard』、『モンテカルロ・イリュージョン』を上演。この『モンテカルロ・イリュージョン』の演出を担う中屋敷法仁さんのインタビューが実現、つかこうへい作品との最初の出会いや「熱海殺人事件」への熱い思いなどを語っていただいた。
ーー演劇自体に出会ったのはいつぐらいで、「熱海殺人事件」に出会ったのはいつでしょうか。
中屋敷:僕が演劇と出会ったのが90年代。最初は野田秀樹さんや、横内謙介さん(扉座)、あと劇団☆新感線などが好きでした。そんな中、そういった小劇場演劇ブームに生まれた劇団が皆、つかこうへい作品、そして「熱海殺人事件」の影響を受けているというのを後で知りました。
ーーちなみにつかさんの作品で一番最初に見た作品は?
中屋敷:生で観たのは「飛龍伝」になります。(つかこうへいダブルス2003)。「熱海殺人事件」は金字塔のようなイメージがあります。すごく読みやすくて、戯曲は何度も読んでいましたが、なかなか観る機会がありませんでした。
ーー最初につかこうへいさんの作品を観た作品が「飛龍伝」、その次が「熱海殺人事件」でしょうか。
中屋敷:そうなります。ただ「熱海殺人事件」は、俳優として高校演劇や大学の演劇サークルの稽古で演じる機会がありました。出演者4人のみで、非常にお稽古しやすいんですよね。俳優訓練というのでしょうか、演劇に情熱を燃やしている若者にとって、いろんな刺激をもらえる作品だと思います。魅力的なセリフが多いので、つい口に出して読んでみてしまうような気がします。
ーー確かに「熱海殺人事件」は高校演劇も含めて当時たくさんやってた記憶があります。実際につかさんが演出した作品を最初に観たのが「飛龍伝」ということですね。
中屋敷:はい。でも、つかさんが演出された「熱海殺人事件」は観られなかったです。
ーー「飛龍伝」、つかさんの演出で見たときは結構衝撃があったのでは?
中屋敷:「飛龍伝」は先に戯曲を読んでいました。その印象は、なんだかわけが分からなくて(笑)なんでこんな展開になるんだろうと思っていたんですけど、でも、劇場空間の中で俳優さん同士がエネルギーをぶつけ合うと、初めて見えてくる風景のようなものがあって。劇場空間と俳優さんとお客様のぶつかり合いの中で、やっと完成するんだと知りました。劇場で見たら全てがわかる…やっぱりちゃんと劇場型の劇作といいますか、俳優とともに伴走するような作品なんだなと思って観ていました。
ーー「熱海殺人事件」の初演出は?
中屋敷:2020年になります。実は僕、「熱海殺人事件」を演出するのをずっと怖がっていて。僕自身が初めてつかこうへい作品を演出したのが2013年「飛龍伝」で、そのあと2015年に「ロマンス」を紀伊國屋ホールで初めてやらせていただいきました。その際に、いろいろな方から「熱海殺人事件」をやってみたらどうだと言われたんですけど、やっぱり僕にとってあまりにも大きすぎるので、やるのをビビっていたんです。ただ、2019年につかこうへい復活祭があり、その中で「熱海殺人事件」の様々なバージョンをリーディングする機会をいただきまして。その時に、「熱海殺人事件」が時代とともに変化した過程を少し知ることができて、そういうものを何か再発見する作業…つまり「90年代ぐらいの熱海」なら、僕でも体感を持って演出できることがあるんじゃないかなと思って。重い腰といいますか(笑)震える足を何とか止めて挑みました。
ーー2020年のは拝見しています。その初演出の感想をお願いいたします。
中屋敷:「ザ・ロンゲストスプリング」(91年初演)と「モンテカルロ・イリュージョン」(93年初演)の2作品を同時にやらせてさせていただきました。そのときはあまりにも自分寄りにしてしまいそうなので『改竄・熱海殺人事件』というサブタイトルをつけて。僕なりの解釈をふんだんに加えながらやらせていただきました。いわゆるオーソドックスな「熱海殺人事件」からレベルアップしているといいますか、いろいろな方向にお客さんへの物語の突きつけ方が変わっていることを感じました。「ザ・ロンゲストスプリング」では、木村伝兵衛と水野朋子の関係も、かなり熟成されている印象です。「モンテカルロ・イリージョン」は木村伝兵衛含む全キャラクターたちがほぼオリンピックスポーツ選手になっている(笑)。劇作家の思惑はさておき、「熱海殺人事件」というベースから、さまざまな方向に演劇的興味が尽きずに進んでいるというイメージを受け取りました。「ザ・ロンゲストスプリング」は1組の男女の恋愛の軸が色っぽいなという印象を受けて、「モンテカルロ・イリュージョン」の方は「熱海殺人事件」の固定観念をどこまで超えられるか?みたいなことでしょうか。名作を残していこうという意図というよりも、これをどんどん使ってどうやったら現代のお客様に成長を与えるか、そういう意欲を感じました。
ーー形として残していくっていうよりも「熱海殺人事件」に関しては時代によって変化しても全然構わないみたいなスタンスかな?って思いますね。
中屋敷:中でも「モンテカルロ・イリュージョン」は劇中で使われているモチーフが現代でも味わい尽くせないというか、まだまだ語り尽くせない部分がありそうだなと思っていて。主人公の木村伝兵衛がバイセクシュアルで棒高跳びのオリンピック候補選手。さらに物語の舞台も熱海から色々な場所に飛んでいく(笑)
ーーいろんなところに飛びますよね。
中屋敷:そもそも「熱海殺人事件」なのにモンテカルロっていう全然違う地名が入ってたりして。矛盾しているようで、なんというか超論理的、一気に覆していくような、この「イリュージョン」みたいなものが、もっとも愉快な部分かと思います。
ーー今回、中江功さんがおやりになる「スタンダード」、そして中屋敷さんが演出する「モンテカルロ・イリュージョン」”連続”という形で、両方を観るお客様も結構いらっしゃると思います。その今回の企画については、面白いと思っています。
中屋敷:すごく良い企画だと思います。2000年代から現代口語などのリアリズムの演劇が流行していく中で、つか芝居みたいなものはやや疎遠になっていた印象があったんですけど、最近はいろんなカンパニー、若い演劇人からベテランまで上演しています。その中で、紀伊國屋ホールさんが60周年、今一度、「熱海殺人事件」を「スタンダード」というタイトルをつけて…「スタンダード」って怖いタイトルだなと思いながらも(笑)、もう一度ここから何かが生まれるような気がしています。「熱海殺人事件」をたくさん観ている方も、見慣れてない方も、その基準値を定めてくれるような上演になると期待しています。また、それがあることで「モンテカルロ・イリュージョン」のように変貌を遂げた歴史を”遊んで”いけるような気がしています。
ーー公演スケジュールを拝見すると、「スタンダード」が先の上演で、「モンテカルロイリュージョン」はその後ですね。最初にスタンダードを観劇したお客様が少し日にちを空けて、次の「モンテカルロ・イリュージョン」を観る公演日程。
中屋敷:「モンテカルロ・イリュージョン」を初めて演出したときは、「モンテカルロ・イリュージョン」そのものをすごく勉強してたんです。でも「スタンダード」が目の前にあるので、今回は「スタンダード」をすごく研究しなきゃいけないなと思っています。「スタンダード」がなければ、「熱海殺人事件」がなければ「モンテカルロ・イリュージョン」は生まれなかったと考えると、もっともっと改めて「熱海殺人事件」に思いを馳せていかなければいけないなと思っています。
ーーお稽古真っ只中だと思いますが、今どんな感じでしょうか?
中屋敷:やっぱり「スタンダード」のことを考えながら演出してますね(笑)。本来、「『熱海殺人事件』はこうだった」ということが前提条件であるから、シーンの味わいが生まれているんだと…「熱海殺人事件」を知っているお客様はタイトルと内容を熟知しているが故に、あえてここは崩しているんだ!みたいなことや、これは「熱海殺人事件」に対する挑戦なのか、観客への挑戦なのか、「モンテカルロ・イリュージョン」がどこに向かって、シーンやキャラクターが立ち向かってるんだろうか…そんなことを改めて試行錯誤しています。再演なので、時間的な余裕というよりも、僕の中で発見がすごく多い…「なるほど」と驚きながらやってます。自分の中で驚きや感動とかを抱きしめながら進んでいかなきゃなと思ってます。
ーー連続上演なので、観る側としては楽しみなところですが、ハードル上げまくりな感じですね(笑)。
中屋敷:(笑)。
ーー最後にお客様に向けてのメッセージを。連続上演は、かなり好きな人が観にいらっしゃるかと。あとはタイトルは知ってるけど観たことがない方もいらっしゃると思います。
中屋敷:僕自身がそうだったんですけど、おそらく演劇ファンにとってはつかさんの芝居はもうDNAに染み付いているところがあると思うんです。「熱海殺人事件」を初めて観る、つかこうへいの台詞を初めて聞くという方も、どこか懐かしいといいますか、自分たちの好きな演劇愛みたいなものに触れられると思うんです。初演から50年以上経ってますけども、この「熱海殺人事件」が与えた影響というものはいまだに日本の演劇界には隅々まで浸透している気がします。「あまり知らない」とか「つかこうへいは初めて」いう方も全く怖がらず、もう皆さんの中につかこうへいが残ってると思って(笑)、DNAに訴えかけてくる芝居だと思いますので、ぜひ楽しみに来てもらえればなと思ってます。「熱海」ファンの方にはやっぱり「熱海」は面白いと思ってほしいなと思います。僕自身は「飛龍伝」とか「蒲田行進曲」、「幕末純情伝」「新・幕末純情伝」など、大好きなんですけど、そもそも「熱海殺人事件」からつかこうへいの演劇が始まったつかブームの根幹のようなお芝居だと思うんです。「熱海殺人事件」以外にも面白い作品はたくさんありますが、やっぱり「熱海〜」が一番演劇の芯をとらえ、また、50年以上経っても未だに上演され続ける理由、つかこうへいさんが世の中に訴えた「熱海殺人事件」は、解決がなされていないような気がして…「熱海殺人事件」はどういう演劇で、何が面白かったのかっていうことが”未解決”だと思っています。金字塔であるこの作品に影響された人はたくさんいますが、つかこうへいの何が面白いのかということは、まだまだまだまだ吟味され尽くしていないと思います。「たくさん観たよ」っていう方も、まだまだまだまだ観足りない部分やわからないところがたくさんあると思うので、ぜひ楽しみに来てほしいなと思います。
ーーありがとうございます。公演を楽しみにしております。
公演概要
紀伊國屋ホール 60 周年記念企画『熱海連続殺人事件』
『熱海殺人事件 Standard』
作:つかこうへい
演出:中江功
出演
木村伝兵衛部長刑事 荒井敦史
婦人警官水野朋子 新内眞衣
熊田留吉刑事 富永勇也
犯人大山金太郎 高橋龍輝
『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』
作:つかこうへい
演出:中屋敷法仁
出演
木村伝兵衛部長刑事 多和田任益
速水健作刑事 嘉島陸
犯人大山金太郎 鳥越裕貴
婦人警官水野朋子 木﨑ゆりあ
日程・会場:2024年7月5日(金)~7月22日(月) 紀伊國屋ホール
スケジュールについては公式HPを。
監修:岡村俊一
協力:つかこうへい事務所
提携:紀伊國屋ホール
制作:アール・ユー・ピー ゴーチ・ブラザーズ
主催:熱海連続殺人事件製作委員会
公式サイト:http://www.rup.co.jp/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/rup_produce
取材:高浩美