原作『嫌われる勇気』は、心理学者で知られるアルフレッド・アドラーの思想を物語にした一冊を、和田憲明が戯曲化し、2015年に初演。作品にブラッシュアップし再構築して9月24日、開幕。
原作は「青年」と「哲人」の会話で成り立っているが、舞台化にあたってそのまま舞台にのせるのではなく、”戯曲”として成立させている。
舞台中央に言葉が浮かぶ。「アドラー曰く」「嫌われて生きよう」「人間は根本的に人嫌いなのだから」『嫌われる勇気』を読んでいれば、すぐにわかる言葉だ。
始まり、女性の叫び声が響き渡る、間違いなく事件。場面は一転し、蝉の声、男が汗を拭いている。現場、季節は夏、男の名前は木戸、刑事、そしてもう一人やってくる、こちらは若手、恩田。殺人現場というのに会話がちょっとしょうもなかったりする。そこへ犯人の女が自首してきたとの連絡が入る。これはプロローグ、そしてタイトルロールの文字が浮かび上がる。
物語の場面は基本的に2箇所。教授の研究室、教授が客席に向かって”講義”。アドラーの心理学、トラウマの否定、常識だと思っていたことは、実は、幸せな人生を送る上で障害になっている、だからその考えをやめたほういい、とアドラー心理学では指摘しているところが多数ある。そこへ若い女性がやってくる、アポイントをとっていた様子。教授と若い女性のやり取りはちょっと原作っぽい雰囲気も。
取調室では犯人の女性、肝心なことは「わからない」「覚えていない」という。会話で木戸には娘がいて亡くなっていることがわかる。節目でスライドの文字「課題の分離」、教授は言う「自由になるためには嫌われる勇気が必要」と。女性は父親との間に何かわだかまりのようなものを抱えていることがわかる。そして父と娘のシーンも出てくる。
教授と女性の父・恩田との会話、取調のその後、戯曲のスタイルをとりながら、節目で浮かぶ言葉「共同体感覚」、「自己受容」、「他者貢献」、教授が説明し、それに対するリアクション、教授と対峙するのは娘とその父だが、この二人、一緒に教授と対峙はしない。父は娘の事故死ののち、教授に会う。時間軸は行ったり来たり、登場人物は、どこかに迷いがあり、一歩踏み出せない何かを抱えている。刑事は己の仕事に誇りを持っているが、娘との関係はどこか一歩踏み出せない、娘もまた、然り。
教授とて、何か悟りを開いているわけでもなく、アドラーの心理学と出会い、考え続けている人物。人は幸せになりたい、そう願う。犯人の女性、内面の何かが変化、ラストは明快な何かを提示しているわけではなく、かと言ってバッドエンドでもない。そこにある現実とどう対峙していくのか、それは個々に委ねられている。変えることができない現実から何かを学び取るほど、人は賢くない。だから迷う。経験だけで未来は決まらない。これから、娘を失った刑事はどう生きていくのか、教授と語り合うも、それは本人にもわからない。
休憩なしの2時間20分、芝居を観た後にもう一度原作を読み返してみたくなる、原作を知らないなら、読んでみようと思いたくなる。登場人物の造型がリアリティを持って観客に迫り、観客にさらに原作への思いを強くさせてくれる。書店の中の劇場、原作と芝居が同じビルの中にある、その形。公演は29日まで。
アフタートーク
9月25日(水)14:00 終演後
登壇者 岸見一郎(原作者)、利重剛(初演の教授役)、大鷹明良(今回の教授役)、石井久美子(企画)
9月26日(木)調整中
9月27日(金)19:00 終演後 植本純米(俳優)、飯田サヤカ(テレビ朝日ドラマプロデューサー)ほか
稽古風景
原作について
『嫌われる勇気』は 2013年12月に刊行。それまで日本では無名に近い存在だった「アドラー心理学」を対話篇形式で解説し発売直後から大反響、「人生を一変させる劇薬」と言われるほど話題に。
その後も“自己啓発書”の象徴として売れ続け、年間ベストセラーランキング(ビジネス書、トーハン調べ)では、2014年から2023年まで史上初の10年連続でトップ 10 入りを果たしました。
「自由とは、他者から嫌われることである」「世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである」「人はいま、この瞬間から幸せになることができる」など本書が伝える言葉の数々は、SNS などで紹介・拡散されることが多く、世代を問わず、対人関係やコミュニケーションに悩む人々に勇気を与え続けています。そして、刊行から 10 年以上が経った現在も新しい読者が増え続け、現在では国内 300 万部を突破しています。
また、本書は世界40以上の国・地域・言語で翻訳され、世界累計部数は 1000 万部を突破。日本そして世界に『嫌われる勇気』の読者が広がり続けています。
あらすじ
その刑事は信念の人だった。彼は仕事の合間をぬい、とある大学の教授に会いに来た。2年前に交通事故で死んだ彼の娘が、その教授の熱心な生徒だったという。彼は娘が自分の意思で車の前に飛び出したのではと疑っていた。大学に早めに着いた彼は、教室の片隅で、教授の講義を聞いてみた。
『世界はどこまでもシンプルである』 『人は変わることができる』 『人は誰でも幸福になれる』彼は苛立った。長年、犯罪の捜査を通じて犯人と関わってきた彼には、その一つ一つの言葉が受け入れがたいものだった。
彼は一人の女のことを思う。彼女は彼がまさに今担当している事件の容疑者だ。実の母親とその再婚相手である義理の父親を惨殺し、自殺を図ったが死に損ない逮捕された。彼女は犯行を認めたが、それっきり何も話さなくなった。
彼女の人生に何があったのか?そして娘は何故死なねばならなかったのか?
娘の死をキッカケに頑なに守ってきた彼のルールがしだいに狂い始め、彼はもう一度教授を訪ね、教授の説くアドラーの教えについて語り合うことになる。かつて、彼の娘がそうしたように。2人の会話はいったいどこに行き着くのだろうか・・
概要
ウォーキング・スタッフ プロデュース
舞台版 嫌われる勇気
日程・会場:2024年9月23日(月)~9月29日(日). 紀伊國屋ホール
原作:岸見一郎・古賀史健 (「嫌われる勇気」ダイヤモンド社)
脚本・演出:和田憲明
出演:大鷹明良・石田佳央・辻千恵・加藤良輔・小島藤子
※山田純大が体調不良で降板し、代わりに石田佳央が出演。
問合:03-5797-5502(平日12:00~18:00)
公式サイト:https://walking-staff.net
© 舞台「嫌われる勇気」 2024
舞台撮影:武藤奈緒美