“明治座花形歌舞伎”は平成23(2011)年より開催され、次世代を担う花形俳優たちが大役に挑戦したり、歌舞伎初心者にもわかりやすい演目で好評を博してきた。2020年の3月は中村勘九郎、中村七之助を中心とした座組で予定していたが、コロナ禍で全公演中止に。それから4年後の今年、“明治座花形歌舞伎”が復活。中村勘九郎、中村七之助の出演は2016年以来、8年ぶり。
昼の部は歌舞伎の様式美溢れる『車引』、長谷川伸の傑作『一本刀土俵入』、華やかな女方舞踊『藤娘』、夜の部は義太夫狂言の名作『鎌倉三代記』、息もつかせぬ早替りが圧巻の『お染の七役』。
なお、文化庁による(劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業)に、『明治座十一月花形歌舞伎』が採択されたので、小学1年生~18歳以下のお子様を無料招待。演目もわかりすいものばかりなので親子鑑賞にはもってこいの内容。観劇したのは昼の部。
『車引』は『菅原伝授手習鑑』のごく一部。三つ子の兄弟、兄弟梅王丸と松王丸と桜丸はそれぞれ、違う人に仕えているため、争うこととなってしまっている。梅王丸は、菅丞相(菅原道真)の家来。桜丸は、斎世親王(天皇の弟)の家来。菅丞相は天皇に仕えているので、この2人は同士。しかし、松王丸の主君は左大臣藤原時平(坂東楽善)。藤原時平は右大臣菅丞相を陥れて流罪にしてした張本人。三つ子は、松王丸(坂東彦三郎)VS桜丸(中村鶴松)・梅王丸(中村橋之助)と敵対関係に。上演時間は30分強だが、歌舞伎の様式美、見得がたっぷり。深編笠を取り去り、見得、顔をばーーーん!と見せるところは大きな見どころの一つ。「待ってました」とばかりの大きな拍手が起こる。
時平がここへ来ると知った梅王丸が勇んで花道を引っ込む、有名な「六方」。後から桜丸がさささっと追いかけていく。そのほか、多くの見どころがあり、眼が離せない。歌舞伎で欠かせない”メイク”、藍隈の藤原時平。3兄弟の紅隈が対照的。
そして衣裳、梅王丸と桜丸が赤。松王丸が白と敵味方がわかりやすいのも特長。最後の方で藤原時平が御所車のてっぺんを打ち破ってどどーんと登場するのだが、かなり怖い!難しいことは考えずに観劇できる演目。
休憩を挟んで『一本刀土俵入』。1931年(昭和6年)『中央公論』6月号にて発表された作品。破門されて困窮していた駒形茂兵衛(中村勘九郎)は、酌婦のお蔦(中村七之助)に金品を恵んでもらう。10年後、博徒となった茂兵衛はお蔦の窮地を救うという物語。
最初の場所は取手の安孫子屋の前。道の向こうで喧嘩、船戸の弥八が大暴れ、それを見ている野次馬の目線に注目。弥八がふと野次馬を見ると野次馬たちはふわっと視線を逸らしたり。細かいところが面白い。そして名場面、お蔦がお腹を空かせた茂兵衛に2階から金品、簪などを帯を使って渡す。
気前の良い優しさに溢れるシーン、茂兵衛は「必ず、横綱になる」と言って立ち去る。すっかりお腹が満たされた茂兵衛、渡し場で船に乗り遅れる。そこへ弥八たちがやってくるが、お腹が満たされた茂兵衛、めっぽう強い(腹が減っては戦はできぬ)。
あっという間にやられる弥八たち。このあっけなさはちょっと笑えるポイント。そしてお蔦が気になる茂兵衛、手荒な真似はしなかったかと問いかけるとお蔦のことを「父なし子を産んだ」と罵るのでまたもやボコボコに。そこから一気に10年後。茂兵衛は関取にはならず、渡世人に。
安孫子屋のお蔦のことを尋ねてもわからず。ひょんなことで数人の男に襲われるも、もちろんボコボコに。
堀下根吉(中村橋之助)が出てきてイカサマ賭博をやった辰三郎に間違えたとのことで、茂兵衛は根吉の非礼を諌めて立ち去る。そこへ波一里儀十(喜多村緑郎)がやってきてイカサマ師を探しているという。そして根吉たちを連れて立ち去る。そこへ人目を避けてやってきたのは船印彫師辰三郎(坂東彦三郎)、彼こそがイカサマ師であり、なんとお蔦の夫だった。それから大詰、感動のラスト、お蔦への恩義を果たす茂兵衛。最後に名セリフ、「しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす」。茂兵衛役は十七世勘三郎、十八世中村勘三郎、三世市川猿之助など錚々たる歌舞伎俳優が演じてきた役。中村勘九郎は平成21年の浅草公会堂で演じたのが最初(当時は二世中村勘太郎)。また、お蔦も坂東玉三郎、七世中村芝翫などが演じてきた役。中村七之助は平成23年に演じて以来、2度目。
昼の部最後は『藤娘』、初役の中村米吉。説明不要なくらい有名な演目。日本人形や羽子板の押絵によく用いられているので、歌舞伎の『藤娘』は見たことがなくても人形や羽子板などでは見たことがある人も多いと思う。
元は絵から出てきた、という設定だったが、それを昭和12(1937)年に藤の精が娘姿で踊る演出に。花の精が踊る、という設定は当時のロシア・バレエの影響と言われている。
また、お酒を呑んで酔う「藤音頭」はこの時に付け足されたそう。セットが華やかで藤の花が舞台いっぱいに咲き誇り、その中で藤娘が踊る。
<夜の部>
『鎌倉三代記』
『お染の七役』
コメント
中村勘九郎
今回の「明治座十一月花形歌舞伎」では、踊りあり、時代物あり、世話物あり、新歌舞伎ありと昼の部、夜の部共に歌舞伎初心者の方もまたご愛顧くださる皆様にも楽しんで頂けて、一日で歌舞伎を観たと言えるような演目が並んでおります。
花形一同力を合わせて、少しでもお客様に楽しんで頂けるように舞台を作っていきますので是非劇場にお足をお運び頂けたら幸いです。
劇場でお待ちしております。
中村七之助
昼夜ともに歌舞伎の魅力を存分に楽しめる演目立てになっておりますし、明治座の周りは芝居街の雰囲気が残っており劇場に通うのも楽しいんですよね。
公園があったと思ったら、老舗があって、新しいカフェがあって、そして舞台を見て、とお客様には1日を通して芝居街を、そして明治座を楽しんでいただければなと思っております。
坂東彦三郎
「車引」では父・楽善からの継承、「お染〜」では子・亀三郎への継承と親子三代で歌舞伎を繋いでいける貴重な公演となっております。
役としての芸は勿論、息や粋や意気に性根と形として見えない部分もしっかりと繋ぎ伝えていけるように教えられてきましたので精進して参ります。
坂東巳之助
念願だった明治座への出演が叶い、たいへん嬉しく思っております。
私が出演致します夜の部は、時代物の大作「鎌倉三代記」と早替りなど見どころ満載の「お染の七役」という歌舞伎の魅力を存分に楽しんでいただける内容となっており、私は鎌倉三代記で三浦之助、お染の七役では油屋多三郎という二役を勤めさせていただきます。
皆様ぜひ明治座へ足をお運びくださいますようお願い申し上げます!
中村米吉
明治座には昨年の5月以来の出演となります。
『藤娘』は多くの先輩方の勤められた名作。まだまだとても手に負えるものではありません。
とにかく感謝の気持ちを込め、私自身が楽しむことで、お客様に気持ちよくお帰りいただく……。
そんな風に踊れればいいのですが……。
『鎌倉三代記』では三姫の一つである時姫を勤めさせていただきます。
ありがたいことに、これで三姫全てを勤めさせていただくこととなります。スタンプラリーなら景品が貰えますね…(笑)
そんな冗談など言っていられません!今の自分の持てる力を総動員し、恋人と親の板挟みとなり、戦に翻弄されるお姫様を現代の皆さんにも共感してもらえるように勤められたらと思っています。
中村橋之助
『車引』の舎人梅王丸は、子供の頃から憧れ続けたお役の一つです!
僕は、今回で二度目になりますが、初役の時は、中村吉右衛門のおじさまにご指導いただきました。
憧れの吉右衛門のおじさまにご指導いただいた憧れの梅王丸。僕の大切な財産の一つで思い入れの深いお役です。
そんな梅王丸を家族同然に育ち想いを同じ仲間であり友の鶴松君の桜丸と勤められること、とてもうれしく今から気合いが入りまくりです!
初日通りお稽古が終わった後に鶴松君から「くにちゃん毎日この熱量で行くの?」と心配されました。笑
憧れを力に毎日想いを持って熱量高く一所懸命に勤めて参ります!
勘九郎の兄と七之助の兄の感想より僕と鶴松の感想でロビーが溢れるくらいの高い目標を持って頑張ります!笑
『車引』だけではなく、今月は面白くバラエティに富んだ素晴らしい狂言立てとなっております!
勘九郎の兄、七之助の兄を中心にいい芝居をお届けできるよう一丸となって勤めますので、ぜひ明治座へご来場いただきますようお願い申し上げます!
演目
<昼の部>
『車引』
『車引』に登場する三つ子の兄弟、松王丸は左大臣藤原時平に、梅王丸と桜丸は時平に陥れられた菅丞相(菅原道真)と斎世親王に仕えています。梅王丸、桜丸は無念を晴らそうと時平が乗る牛車の前にたちはだかり…。横見得や石投げの見得、元禄見得など様式美溢れる古典の名作です。
松王丸 坂東彦三郎
梅王丸 中村橋之助
桜丸 中村鶴松
藤原時平 坂東楽善
『一本刀土俵入』
相撲の親方に見放され一文無しの駒形茂兵衛は取手の宿で、親切な酌婦のお蔦から櫛簪や持ち金すべてを恵んでもらい「必ず横綱になる」と誓い、お蔦の名前を胸に刻み、何度も礼を言いながら立ち去ります。十年後、凄みのある渡世人となった茂兵衛は、心根は変わらず、お蔦への恩義を持ち続けています。今は娘と二人で侘しく暮らしているお蔦の元へ茂兵衛が訪ねてくると…。『一本刀土俵入』は昭和6(1931)年に東京劇場で初演され、大評判を呼びました。詩情に溢れ、人と人との心の触れ合いを描いた長谷川伸による新歌舞伎の名作をご堪能ください。
駒形茂兵衛 中村勘九郎
お蔦 中村七之助
堀下根吉 中村橋之助
若船頭 中村鶴松
酌婦お松 中村梅花
波一里儀十 喜多村緑郎
船印彫師辰三郎 坂東彦三郎
老船頭 市川男女蔵
『藤娘』
藤の花が今を盛りと咲き誇る中、塗笠をかぶり藤の枝を担いだ娘が現れます。大津絵から抜け出したかのように可憐な娘は実は藤の精。恋する切なさを嘆き、恋人を松に見立てて酒を飲み交わすうちにほろ酔いとなり、賑やかな踊りを見せますが、やがて日暮れとともに姿を消します。『藤娘』は文政9(1826)年に初演された五変化舞踊の一景を、六世尾上菊五郎が昭和12(1937)年に藤の精が娘姿で踊る演出に改め好評を博し、以来たびたび上演されてきた女方舞踊の人気作です。
藤の精 中村米吉
<夜の部>
『鎌倉三代記』
源頼家に仕える三浦之助は北條時政との戦いのさなか、深手を負いながら病床の母長門のもとへ暇乞いに訪れます。出迎えたのは敵方時政の娘ながら三浦之助の許嫁で長門を看病する時姫。戦場を抜け出した我が子を叱責し気丈に対面を拒む長門とは対照的に、時姫は三浦之助を恋い慕う心を打ち明けます。しかし三浦之助は敵方となった姫に心を許さず、嘆く時姫のところへは時政の使者として百姓の藤三郎がやってきます。藤三郎は姫にしつこく言い寄り、怒った姫に斬りつけられて井戸へ逃げ込む始末ですが、その正体は三浦之助と共謀する佐々木高綱。父と夫との間で時姫は逡巡しますが、父を討つ決意をします。“三姫”と呼ばれる至難な役の一つである時姫、爽やかさと哀愁漂う若武者の三浦之助、滑稽な前半からガラリと変わる本性を顕す高綱ら歌舞伎らしい登場人物が活躍する義太夫狂言の名作です。
佐々木高綱 中村勘九郎
時姫 中村米吉
おくる 中村鶴松
阿波の局 中村梅花
母長門 中村歌女之丞
三浦之助義村 坂東巳之助
『お染の七役』
質店油屋の娘お染と丁稚の久松は恋仲ですが、母の貞昌は娘に別の縁談を進めています。久松はお光という許嫁もいる元は武士。家宝の名刀午王吉光と折紙(鑑定書)を紛失した罪で父が切腹し、その行方を探しています。姉の奥女中竹川も弟の身を案じ、刀を探索する金の工面を召使いだった土手のお六に頼みます。恩義に応えたいお六は亭主の鬼門の喜兵衛に相談します。実は喜兵衛が午王吉光を盗み出した本人だったのですが、素知らぬ顔で油屋から百両を強請りとる一計を案じ、油屋に乗り込むと…。宝永年間(1704~1711年)に大坂で起きた心中事件を基に四世鶴屋南北が文化10(1813)年に舞台を江戸に移して描いた作品で、お染、久松、お光、貞昌、竹川、小糸、お六の七役を早替りを交えながら一人で演じ分けるのがみどころです。御家騒動に悲恋をからませ江戸庶民の姿を巧みに描写する、南北ならではの世界をお楽しみください。
油屋娘お染・丁稚久松・許嫁お光・後家貞昌・奥女中竹川・芸者小糸・土手のお六 中村七之助
鬼門の喜兵衛 喜多村緑郎
油屋多三郎 坂東巳之助
船頭長吉 中村橋之助
丁稚長松 坂東亀三郎
腰元お勝・女猿廻しお作 中村鶴松
山家屋清兵衛 坂東彦三郎
庵崎久作 市川男女蔵
概要
日程・会場:2024年11月2日〜26日 明治座
開演時間:11:00/16:00
公式サイト:https://www.meijiza.co.jp
(C)松竹