岩井秀人×大倉孝二 ハイバイ20周年『て』
対談

作家 岩井秀人の実の家族をモデルにした作品『て』は、祖母の認知症をきっかけに再集合した家族が、過去の関係を清算しきれず、お互いの分かり合えなさに沈んでいく様を描いた、厚みある悲喜劇。12月19日からハイバイ初の本多劇場。富山、高知、兵庫にツアー。この作品の作・演出の岩井秀人さんと長男役の大倉孝二さんの対談が実現した。

ーー家族をモデルにしようと思った創作のきっかけをお願いいたします。大倉さんには台本を読んだ感想をお願いいたします。

岩井:きっかけは2008年、書きたいものが何もなくなっちゃって。かろうじて書けるのが『て』で描かれているように…おばあちゃんがボケて、それをきっかけに兄妹みんなが集まり、おばあちゃんの面倒をどういうふうにしてみようかと…兄妹はバラバラで暮らしていて、家族とも離れていたから、家族の仲を復活させようと姉も言い出したりしまして。そこで再集合しようとなった時に、父がゲンコツ野郎だったのでみんなそれがちょっと心配だったけど「父も年老いたし、もう大丈夫だろう」と集まったら、やっぱり大丈夫じゃなくて…以前よりさらに仲が悪くなったみたいな状況でした。その時のボケたおばあちゃんに対する兄の態度と、父の暴君ぶりを書いたら面白かろうと思い、母に取材をしたら、見えていたものが僕と全く違っていた。ならば僕の視点だけでなく、母の視点も書くしかないなと思い、同じ時間を視点を変えて2周するっていう構造にしました。

大倉:字面だけで読むと、結構生々しいというか、これは大変だなと思いましたね。あまりこういうものに慣れてないというのもありますし、よくここまで自分のことをダイレクトに書けるものだなって。自分はそういうことをなるべく避けてる人間なんで…いや、大変だなと。岩井くんはそういうものを作る人なんだなと思いましたね。

ーー読んだ印象ですが、生々しさを感じるところもありましたが。

岩井:もう体験してると生々しいなんて思えないですよね。文字にすること、そして文章にするっていうのは、本当のことを嘘にすることであり、嘘のことを本当にすることでもあるっていうのを誰かが言ってて…。なるほどなと。本当のことを体験している者からするともう文字にした時点で絶対に嘘だから、体験したものに寄せようとはするけど本当にはならないから。でも読んだ人にとってそういうふうに感じてもらえるのはきっとすごい嬉しいことなんだなって、大倉さんを見てて思いますね。

ーー初演は2008年、何度も繰り返し上演されたそうですが、改めて映像で見させていただいたんですが。2024年の今、この時点で『て』、その中でも演劇や家族劇の魅力とか難しさとかっていうものをちょっとそれぞれお伺いできたらと思います。

岩井:僕は自分の家族のことしかやってないので。でも確かに昔に比べたら隠しておくことでもなくなった感じがします。みんな「うちの家族、変だったんです」って言いやすくなったのかなという気はしますね。最近は言葉での暴力が暴力認定されやすくなったということもあり、それでも十分圧力を感じて動けなくなる人はいますし、それが明るみに出ること自体が、一般的なことになった気がします。僕の「被害届としてみんな聞いてください」みたいな感じで始めたことが、たまたまいろんな人が、「自分も似たような構造の檻に入れられてた」みたいなことを思い出してもらえたら、僕はそれがいいことだなと思ってたんですけど。僕の場合は父ですが、これが母親だったり兄弟だったり…いろんなケースがあると思います。そういうのももうちょっと軽く話していって、プラス面白がっていければいいのかなっていう気がしてます。

ーー家族劇というものに対しての印象は。

大倉:こういうのを見てみなさん、何を楽しむんだろうと思う部分はあります。僕はそれが共感なのかなと思うんですが、なるべく共感させないように頑張ってきました。そういう家族ものは少ない。どうしても自分の実体験としての家族との関係性を少し持ち込んで、それで演じようとしてた感じとかはあったかもしれないです。今回もなるべく役の人の主観でやりたいと思ってます。自分の物を持ち込みたくない。あくまで、この世界に人としてやりたいなと今、思っています。

ーー他のンタビューでは岩井さんが今回、前半のご自分目線(次男)も面白くしたいっておっしゃってましたが、稽古の様子はいかがですか?

岩井:とにかく、大倉さんはもちろんですが、今回のキャストがすごくて、稽古場のスピードがすごくて。みんなに『こういうことやりたいんだけどちょっとやってみて』って言ったら一発でやってくれるので、昨日も休みになりました(笑)。

大倉:進んでいる実感はないんですよね(一同、笑)。

岩井:大倉さんは同い年ですが、ずっと「なんなんだ、この人」と遠い存在として憧れていました。

大倉:すごい俺に気を使ってくれるんですよ。つい、「岩井くん」って呼んじゃうんですけど。「大倉さん」ってずっと敬語で話しかけるから、なんか俺が悪いのかなっていう感じ(笑)。

岩井:もう本当に遠くからずっと見ていたので…なんでも一発で仕上げるし、全力でやる。精度と強さと…大倉さんの美しさでやられると、文句は出ないですね。”何考えてこの人やってるんだろう”とずっと思ってました。それから『いきなり本読み!』にやっと出てもらった時も、やっぱりめちゃくちゃ面白くて。大倉さん自身が俳優をやりたいかどうかは定かじゃないけど、ただ“俳優の才能や役割を与えられちゃった人”みたいな部類で僕は捉えてます。『いきなり本読み!』みたいなちょっと天国みたいな場所に連れていって、たまに休ませてあげたいなというのはすごく思いました。

大倉:いやいや。俺めちゃめちゃ緊張しましたよ(笑)。

ーー今、この作品をやるにあたり、一番楽しみにしていることは?

大倉:やり始めて、こんな話なのに演出している岩井くんの顔を見ているとすごく楽しそうなんですよ。でも何回もやってるから”そうか、生々しさはもうとっくに遠くにあるからかもしれない”と。これは楽しそうにやるものなのねと思ったんですね。

岩井:確かに、もう「自分の話だから」という執着みたいなものはなくなってますね。そのためにやってきた感もありますし。大倉さんから見て、作品の特徴みたいなものはありますか?

大倉:かに内容はリアリティがあるものではありますが、見せ方は抽象的だったりする。その演出方法を今、楽しみたいなとは思ってますし。あと、30年近く演劇をやってきて、俺、あんまり演劇の人を知らないなと思ったんですね、初めての人がいっぱいいて。皆さんは知り合いだったり、共通の知り合いとかも多そうで。初めての方でいろんなお芝居をする方がいる、その人たちとやることを楽しみたいと思ってます。

岩井:大倉さん、川上さん、小松さんのシーンなんて一生見ていられるな、みたいな感じはあります。

ーー信頼できる方々をキャスティングできたということですね。

岩井:そうですね。

ーー戻りますが、台本の構造についてお母さん目線と次郎(自分)目線があるということをもう少し詳しくご説明いただけますか?

岩井:自分が見ていたものと母が見ていたものが、同じ場所に同じ時間にいたのに全然違ったっていうのが結構衝撃でした。それは兄に対してもそう。僕から見ると兄は、認知症のおばあちゃんに対しても強烈に正そうとする。”冷蔵庫にリモコンが入ってた”って誰の迷惑にもならない、ただ面白いぐらいのことなのに、兄は「なんで冷蔵庫に入れてんの(怒)」みたいな感じで、おばあちゃんをどん詰めしてて。そういうことが結構多かったと思ってたので、“兄は鬼なんです”みたいなことを書こうとしたんですけど、母に取材したら、「別に怒ってなかったでしょ」って言ってまして。母から見ると、兄は怒っていない、という解釈だったんですよね。その細かな内容は、作品を見ていただけたらと思いますが。それで僕は“それじゃあお兄ちゃん悪者にできないじゃん!”と思いましたが、だったら、自分と母の両方の目線を書いてみようって思ったんです。またそのころ、非常に効率よくお客さんを操る(笑)構造の台本を書く、作家さんたちがいた時期で、「ちょっとあれ効率いいかも」と思い、2周の構造というのを試してみたんです。同じ時間を一緒にいても、見ている人によっては全く解釈が違うっていうことがある。
ただ、それを演劇でやっても楽しんでもらえないかもしれないとも思ってました。「過去を再現して自分でそれを確かめる」みたいなこと、つまり自己治療のための演劇と受け取られてもしょうがないから、最悪そこに着陸しようと思っていました。もう誰にも面白がってもらえなかったら、”すいません僕のためにやったんで”って言って諦められるので。
本番では母役を僕が演じたので、次男である自分の目線でしか見れていなかった過去の体験を、母の目線も含めて演劇として体験することができました。

ーー今回、完全版と銘打っていますし、周年公演でもありますし、どんな点でもいいんですけど、何か新たにこの作品でやってみようと思ってることがあれば教えてください。

岩井:まだ明確に言語化できない感じもしますが、もっと喜劇に振ることではないかと思うんです。さっき大倉さんが言ってくださった…ずっと自分の話だと思ってたのがだんだん抜けていく感じ、というか。『て』とか『ヒッキー・カンクルートルネード』とか、自分の実体験として書いたときの初演は、内臓を触られてるみたいな感じで演劇にしていったんですけど、再演を続けてお客さんといろいろやり取りをしてるうちに、自分の話だという感覚は薄くなっていきました。自分がある感情とある体験を、ガッチガチにくっつけて、抱え込んでいたんだなっていうことを何年もかけてだんだんわかっていった。自分の父や母の役をいろんな俳優さんに演じてもらううちに、「これは自分の話だ!」という感じがやっとなくなったので、なくなったからには純粋に作品として作れる感覚がすごくあります。そういう意味で、完全版という感じはしています。

ーー大倉さんにもお伺いしたいんですけど、岩井さんの演出面での魅力、面白みはどのようなところでしょうか。

大倉:まだお芝居のことを言われてないんですよね。れからなんだと思うんです。結構ダイナミックに感情とか関係なく、そこはどういうふうに動いてくれとか、ここは急にこっちの目線なんでこういうふうになっててほしいとか、野田(秀樹)さんぐらい飛び超えた世界観の場合はそんなことはよくあることですけど。こういう作風の中で、整理したりとか感情みたいなものを切っても、”ここはこういうふうに見せたい”っていうような演出をする人は、僕の中で初めてかなと思います。このルールを楽しまなきゃいけないなとは思って。それで何回も出てるメンバーが多いので、そういう人たちに聞くと”こういうもんですよ”と(笑)、”なるほどそうか、これが岩井だ”と。ずっと疑問に思ってるのはこれが公演6回目?それだけやる…そこがまず「なぜなの?」っていうような…いつか「どうしてなの?」って聞こうと思って。ずっと遠慮してる(笑)。

岩井:旗揚げの作品『ヒッキー・カンクルートルネード』は僕が引きこもったときの話なんですけど、それを初めて上演したときに、「次の作品を作ろう」というよりも、「これをまだ1億人以上が観てないから、その人たちに観せていきたい」と思いました。もちろん新しいものも作りたいけど、そっちの方が優先だなっていうのは思ったんです。そんなに台本をいっぱい書けないよって思ってたので。1人の作家の代表作なんて、3本あればもう十分なんじゃないかと(笑)。
再演を繰り返していると、「前の方が良かった」って言われることはよくありますし、それはそれで作品への愛だと、ありがたく思います。でも今回大倉さんが稽古場でやっているのを見ると、さらにプラスして上げていけると楽しくなったりしています。

ーーいろんないいところを混ぜて完全版を作っていこうと?

岩井:みなさん俳優としてレベルが高いので、演出としてはものすごく進んだ状態からスタートできているというのはありますね。

大倉:もう見せ方決まってますよね、そもそも不思議な感じ。この芝居の見せ方は…できてないのは芝居だけっていうこの不思議な感じで(笑)俺と小松さんとか初参加の人間はちょっとオロオロしているけど、周りの人はなんか全然ひるむことなく。

ーー今回、岩井さんが演出の最後の『て』なんですね?

岩井:はい。もうこれ以上やることはないなっていう感じがしています。書いた本人が自分で演出できることの限界ってあるなと思っています。他の人に演出してもらった方が、広がりがあると思うようになりました。

ーー特にこの5年間で岩井さんの活動自体が大きく変化していらっしゃいますよね。『いきなり本読み!』もそれ以外のワークショップなどもやるようになられて、ご自身の活動の変化についてどう思われていますか?

岩井:いわゆる“お芝居”という形は、演劇の一部だと思うし、僕の役割としては『いきなり本読み!』を生み出せたので、これをやってくれる人は自分以外にいない、自分がやっていくことなんだなっていうのはすごく思います。あとはワークショップとか俳優の機能を劇場の外側に持っていくみたいなことも、僕がやった方がいいことかなと思っています。そういうことで考えると、いわゆるお芝居の演出をする人はすごくいっぱいいるので。だから”これは俺がやる!”って頑張らなくてもいいことかなって感じはしてます。

ーー今回『て』は最後にしますとおっしゃってましたけど、ご自分の書かれたお芝居の演出は手放してもいいっていうことですか?

岩井:そうですね。できれば誰かがやってくださいって思ってます。

ーー最後にお客様へのメッセージを。

大倉:自信を持って何も言えることはない全くないので、見どころはわからないです。お客さんの方がよくわかるんじゃないかと思います。

岩井:どこに持っていくにしても名刺代わりに最初に持っていこうと思っている作品ですし、すごく自信を持ってやりますので、ぜひ観に来ていただければと思います。特に今まで見たことのない方は是非!

あらすじ
山田家の4人兄妹は、かつて自分たちに手を上げていた横暴な父の元を離れ暮らしていたが、母方の祖母の認知症をきっかけに、実家に再集合した。
父の過去の暴力について騒ぐ次男。それについて一向に触れようとしない長男。
「あれから時間も経ってるから、家族をやりなおそう」と希望を見せる長女。
そして兄妹たちが祖母の家に集まる。
酒に酔った父の発言を元に、山田家に再び、暗く熱を持った活気が蘇ってくる。

概要
ハイバイ20周年『て』
作・演出:岩井秀人
出演:大倉孝二 伊勢佳世 田村健太郎 後藤剛範 川上友里 藤谷理子 板垣雄亮 岡本昌也 
梅里アーツ 乙木瓜広
/ 岩井秀人 小松和重
会期会場:
東京:2024年12月19日(木)〜29日(日) 本多劇場
富山:2025年1月8日(水)・9日(木) 富山オーバード・ホール 中ホール
高知:2025年1月18日(土) 高知県立県民文化ホール グリーンホール
兵庫:2025年2月1日(土)・2日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
企画・製作:株式会社WARE、ハイバイ

特設サイト:https://hi-bye.net/play/te2024