
新国立劇場 2025/2026シーズン 演劇 ラインアップ説明会が行われ、演劇芸術監督の小川絵梨子が登壇、上演内容についての説明があった。
シーズンの幕開けは、2025年の日韓国交正常化60周年記念公演となる『焼肉ドラゴン』。本作は08年に新国立劇場で初演され、11年、16年と再演を重ね、今回で4度目の上演。

「今年は、関西方面で万博が行われますが、日韓の俳優さんたちによる2025年の『焼肉ドラゴン』は、これまで同様の作品の魅力と、今年ならではの新しい視点をもたらしてくれると思います」とコメント。舞台は1970年、「人類の進歩と調和」をテーマに大阪万博が開催された時代です。その後、半世紀を経たいま、再び万博が開催される中で、世の中の、あるいは人々の何が変わり、何が変わっていないのか。本作は我々の現在とそこから見据える未来を問いかけていく。また、登場人物の1人を公募オーディションで選出とのこと。

(下段 左から)イ・ヨンソク、コ・スヒ、パク・スヨン、キム・ムンシク
本公演は日韓合同公演として、韓国の芸術の殿堂(ソウル・アーツ・センター)でも上演。そして、ギャラリープロジェクトとして日韓演劇交流センターとの共催で韓国の若手劇作家による戯曲のリーディング公演、シンポジウムも開催。
11月は、アメリカを拠点に活動する劇作・演出家、俳優のアヤ・オガワによる「鼻血-The Nosebleed-」。長いディベロップ期間を経て2017年に初演、23年にはオビー賞を受賞。名前で察しはつくと思うが、ルーツは日本。

©️ DJ Corey Photography
「ご自身の半生の歴史を元に書かれた作品。異文化の中で生きる喜びや難しさ、家族の愛やそこでの葛藤が描かれており、正直で温かな視点でご自身と今の世相が反映されている。ここでは自分が成しえず後悔したこと、その先にあるものをテーマに、他者への思いやりを通して、他者の赦し、共に生きることへの希望を描いている作品になっています」
12月には、サイモン・スティーヴンス作『スリー・キングダムス Three Kingdoms』の日本初演、中劇場での公演。サスペンスの形をとりながら、現代社会におけるタブーや資本主義の闇、さらには、目に映る世界の背後に表裏一体で存在する影の世界、現代社会の深層を描く物語。2012年に初演され、賛否両論が巻き起こった話題作。演出は上村聡史、次期芸術監督。小川は「本作は、サスペンス・ミステリー、資本主義の裏に潜む影や現代の闇を探求していく物語。リアリズムの枠を超えた、詩情性あふれる作品となっています」とコメント。
来年4月は、イギリスの劇作家デニス・ケリーの作品で2018年にロイヤルコート劇場にてキャリー・マリガン主演で初演された『ガールズ&ボーイズ』、こちらも日本初演。コロナ禍で中止になった作品で、今回、新たなメンバーで。小川は「演出は、私の演劇芸術監督就任第一作目となる『誤解』を演出し、その後『私の一ヶ月』も演出された稲葉賀恵さんをお迎えしました。本作は女性の一人芝居で、ある女性の視点から人生における愛と仕事、そこに突如訪れた喪失が描かれていく」と語り、「女性の役を年代の異なる2人の女性のWキャストに…今の女性のより広い視野と視点を描ければと」思っている」とコメント。
5月はサミュエル・ベケットの『エンドゲーム』、実存主義文学に分類され、人間存在への根源的な問いを反映している本作、演出は小川本人が務める。これは新国立劇場が行なっているフルオーディション企画の第8弾でもあり、小川にとって初めて。「サミュエル・ベケットの『エンドゲーム』は『ゴドーを待ちながら』と比較されることが多いのですが、実は『ゴドー』で描かれている世界よりも荒廃したように見える。人間同士のつながりも希薄に見える世界…一見すると世界の終わりを描いているように見えます。しかし私は、実はこの作品では“終わり”を描いているのではなく、終わらないために私たちはどう生きていったら良いのか、どう生きるのかを考えるための作品だと捉えています。ベケットが描く人間らしさ、人間への愛が描かれているので、私たちがより良い世界、より良い未来を考えていくことこそが、希望なのだということを描ければ」とコメント。
6月にはノゾエ征爾による新作戯曲、青年座の金澤菜乃英が演出する。「現代の我々、一人ひとりが日常に抱える痛みや苦しさ、人に言えない不安や弱み、それに寄り添ったような作品になると思います。強くあること、間違いがないことが求められる現代社会で、実は1人ひとりが抱える痛み、苦しさ、弱さやある種の生きづらさをノゾエさんらしい温かな視点で描き出していく作品になると思います」と語る。金澤菜乃英は新国立劇場はお初。「出来る限り若手の演出家、その中でも特に女性の演出家にこの劇場で作品を作っていただきたいと考えてきました」とコメント。4月、5月の公演とともに、孤立や断絶、そして断片化が進む世界の中で、それでもなお「生きる意味を見出し続けること」をテーマにしたシリーズとなる予定。
シーズン最後は、『11の物語-短編・中編(仮)』。新作戯曲を含む日本や世界のさまざまな短編・中編戯曲を集め上演。子供から大人まで、また初めて演劇を観る人から深い造詣を持つ人まで、幅広い観客の皆様に演劇の多彩な楽しさ、豊かさを知ってもらう企画。「11というのは仮の数字で、実際の上演の作品数に合わせてこの数は変わるかもしれません。劇作家として蓬莱竜太さん、岩井秀人さんらの作品も登場予定」とコメント。「こつこつプロジェクトやラインアップなどにも登場してくださった演出家の方々や、山田由梨さんら新しい方々もお迎えします。そして「大人も子どもも楽しめる作品も入っていますし、日本初演の作品も含まれる予定です」と盛りだくさん。さらに「特別編として、新国立劇場で長年に渡ってシェイクスピアの歴史劇シリーズを立ち上げてきた鵜山さんと俳優さんチームによる、新しいシェイクスピア作品のリーディング公演も行う予定となっています」と説明。
そして、小川絵梨子はこのシーズンで二期8年間の任期を満了し、新国立劇場の演劇芸術監督を退任する。「このシーズンをもちまして、私の任期は終わります」、そして「本劇場に参加してくださったすべての作り手の皆様、そしてなにより本劇場に興味を持ってくださった皆様、本劇場に作品を観てくださった観客の皆様に心より御礼を申し上げたいと思います。8年間、本当にありがとうございました」と深々と頭を下げつつ、感極まり涙も。
その後、質疑応答。「今年は作品をくくるシリーズ企画は?」の問いかけに、ハッと明るい表情になり、「あ! そうでした!」と。「『ガールズ&ボーイズ』と『エンドゲーム』、ノゾエさんの新作は1つのシリーズとなる予定です」とコメントし、「現代、世界的な情勢を見ても、苦しいところに向かいつつあります。それぞれが弱さや痛みを抱えながらもどうやったら希望を感じて前に進んでいけるのか?を考えていくシリーズということで、タイトルはノゾエさんの作品タイトルが決まってからシリーズタイトルを付けようと思っています」とコメント。また、ノゾエ征爾を選んだ理由については「シリーズのほうが先に私の中では浮かんでおり、そういったところに寄り添った作品を書いていただける、興味を持っていただける方は誰かと考えたときにノゾエさんを思い出しました」と語った。また、シーズン全体の演目を選定するにあたり考えたことについては「こつこつプロジェクトやフルオーディションなど、今までやってきたことを着実に続けていくということは考えていました。出来る限り若手の演出家、できれば女性の演出家に作品を作ってもらいたいと思っていまして、シリーズ3部作については、自分がどんな人間なのか、正直に今の日本でみんなと語りたい物語は何かということを考えました」と語った。
最後の質問で自分がやりたいことはすべてやれましたか?と問いかけに「反省したこと、うれしかったこと、たくさんありますし、欲を言えばこれもやりたい、あれもやりたい、もっとこうしたかったというのはたくさんあります」とコメント。任期の間にはコロナ禍もあり、多難な時期も経験。「影響は2、3年は続きましたし、世界では戦争や災害、震災などもありました。時代が変遷していく中で、演劇で、時代に沿った作品で何ができるのかを考えて、その中でできることを精一杯やったと思います」と語った。
それから、懇親会が行われた。8年間のチラシが掲示。それをバックに座った。
忘れられない思い出を聞かれて就任後第一作目の2018年10月上演の『誤解』をピックアップ。「一番最初なので思い入れも深い」そして”媒体”、チラシの”改革”。「お客様がビジュアルを見たときに何かワクワク…手に取りたくなるようにするために、少し文字情報を制限した方がよいと思いました」と語る。個性的な目に留まるデザインということ。そのほかに思い出深い作品は『願いがかなうぐつぐつカクテル』、2020年7月上演でコロナ禍の真っ只中。作品の中にマスクを組み込んだ演出、それと「個人的には」と前置きして自身の演出『アンチポデス』を挙げた。
また、就任当時3つの柱を掲げていた。それは1つ目は『幅広い観客層に演劇を届けること』、2つ目は『演劇システムの実験と開拓』、3つ目は『国内外を問わず、演劇の作り手の横のつながりを強めること』。2つ目の目標、こつこつプロジェクトやフルオーディション企画、プレビュー公演の実施など「積極的にできたと思います」と振り返った。また3つ目に関してはコロナ禍のこともあり、諦めざるを得ないことも多々あった様子。しかし一方で「世界中の国立劇場との繋がりも出来、公共劇場同士、劇作家協会や演出者協会などとの繋がりが生まれたのでよかったと思います」とコメント。
国立だからできる役割について「8年間、ずっと考え続けてきました。演劇を通して日本の文化に貢献しなくてはいけない、演劇の力を伝えていくことが役割と考えてきました」と語る。そして芸術監督としての役割、「方向性を決めていく責任、多様であるということが非常に重要。新しい視点で新しい芸術の方向性を見出し、歴史を深め、改善していくこと」とコメントした。就任当時より取り組んできたこつこつプロジェクトについては当初、理解されるまで時間がかかったようで「上演しないのになんで稽古するんだ」という意見もあったよう。「失敗や遠回りをしながら、最後にみんなで信じるものを出していく、時間をかけていくということは、作品の強度を上げ、たくさんのお客様に楽しんでいただける可能性に満ちたものが出来上がるのではないか、と考えました。これをやりたいがために芸術監督の職を引き受けたというのが正直な気持ち」と語った。
また、昨今の様々な値段の高騰、「痛感しています」と言い、チケット代を抑えるために色々と工夫しているとのこと。「残り1年でどれだけできるのかわかりませんが、できることをやっていきたい」と語った。まだまだ話し足りないようだったが、ここで時間となり、懇親会は終了した。
概要
2025年10月
日韓国交正常化60周年記念公演『焼肉ドラゴン』
作・演出:鄭義信
2025年11月
[海外招聘公演]『鼻血-The Nosebleed-』
作・演出:アヤ・オガワ
字幕翻訳:広田敦郎
2025年12月
『スリー・キングダムス Three Kingdoms』
作:サイモン・スティーヴンス
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
2026年4月
『ガールズ&ボーイズ』
作:デニス・ケリー
翻訳:小田島創志
演出:稲葉賀恵
2026年5月
フルオーディションVol.8『エンドゲーム』
作:サミュエル・ベケット
翻訳:岡室美奈子
演出:小川絵梨子
2026年6月
ノゾエ征爾 新作
作:ノゾエ征爾
演出:金澤菜乃英
2026年7月
『11の物語-短編・中編(仮)』
演出:鵜山仁、大澤遊、小山ゆうな、須貝英、鈴木アツト、西沢栄治、宮田慶子、山田由梨、小川絵梨子ほか
公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/13_028711.html