
泉鏡花原作、舞台『黒百合』が26年2月に世田谷パブリックシアターにて上演。公演詳細、キャストが公開された。
明治32年(1899年)、泉鏡花が読売新聞に連載した長編小説「黒百合」。
富山・神通川流域で繰り返される洪水被害と、立山に伝わる黒百合伝説を背景に、当時文壇で新たに脚光を浴びはじめていた冒険小説の潮流にも呼応する、鏡花初期の意欲作。
これまで映像化も舞台化もされてこなかった本作、2026年、世田谷パブリックシアターにて初舞台化となった。
脚本を手がけるのは、TVドラマ界をはじめ第一線で活躍する藤本有紀。
演出は、現代劇や翻訳劇はもとより歌舞伎にも挑み、ジャンルを越境し続ける演出家・杉原邦生が担う。
世田谷パブリックシアター主催公演へ初登場にして、初の泉鏡花作品に挑む杉原。その確かな構成力と自在な演劇言語をもって鏡花文学に新たな地平を切り拓くことを期待して、芸術監督・白井晃が本作の演出を杉原に託した。
鏡花ならではの古典的情緒は、藤本によって現代に息づく戯曲へと再生され、杉原の大胆かつ繊細な演出により立体化。
そこに宮川彬良によるオリジナル音楽が加わることで、欲望と清浄、美と死の二面性を孕んだ物語は、ピカレスクロマンの要素をたたえながら、令和の舞台芸術として新たに立ち上がる。
華族の血を引きながらも、子供の頃に覚えた盗みの手癖が抜けないという裏の顔を持つ美青年・滝太郎役は2012年のデビュー以来、確かなキャリアを築き、日曜劇場「キャスター」、舞台『セツアンの善人』など話題作への出演が続く木村達成。花売りの娘・お雪に“魔所”に咲くとされる幻の花「黒百合」を採ってくるように命じる、好奇心旺盛な県知事の令嬢・勇美子役には、連続テレビ小説「虎に翼」などに出演歴のある土居志央梨。
盲目の恋人・拓を救うために「黒百合」を探すことになる花売りの娘・お雪役は岡本夏美、盲目である自らに尽くすお雪に甘えたくない戸惑いと、誰にも言えない秘密を抱える拓(ひらく)役には白石隼也。そしてお雪と拓の隣家に住み、若い2人をいつも優しく気遣う荒物屋の婆さん役には白石加代子。
さらには滝太郎を子供の頃から知る盗賊の一味である白魚のお兼に村岡希美、名士の子息で法学生の島野に田中佑弥、その朋友で警部長の息子・雀部多磨太に新名基浩が扮する。この二人の男は家柄とは真反対に悪巧みばかりし、滝太郎や雪の前に立ちはだかる。更に県知事邸の馬丁・義作に猪俣三四郎、使用人・道に大西多摩恵、訳ありの男でこれまた盗賊の一味である慶造に外山誠二が扮し、魅力的な俳優陣が味わいのある演技で舞台を引き締める。また内田靖子、鈴木菜々、佐藤俊彦がさまざまな役を通して、越中・立山の町の人々の息づかいを伝える。
世田谷パブリックシアター芸術監督・白井晃より本企画について
泉鏡花の「黒百合」という小説に魅せられて、かつて脚本家の藤本有紀さんに戯曲化をお願いした。大変魅力的な戯曲を書いていただいたにも関わらず、残念ながら上演の機会を得ることができなかった。それでも、この戯曲は私の心の引き出しに大切に保管されていた。本年度の劇場のプログラムのテーマである「わたしは、この世界にどう生きるか」を考える中で、「黒百合」の登場人物である若者たちの姿が頭をよぎった。「現実」という名の社会の中で彼らは共に苦悩し、やがてはその「現実」の殻をぶち破ることで虚像の中に生を得る。この作品の中に、私たちがこの現実で生きていくための力が潜んでいるように思えたからだ。かくして、私の心の引き出しから藤本さんの戯曲を再び取り出すこととなり、この戯曲をダイナミックな空間使いと強度のある演出で定評のある杉原邦生さんに託したいという思いが込み上げた。杉原さんの力強い演出力と若い俳優たちのエネルギーが必ずや『黒百合』に新たな力を与えてくれると確信している。
藤本有紀(脚本)より
『黒百合』の舞台脚本を書いてみませんか、と白井晃さんからうれしいお申し出をいただき、心躍る思いでお引き受けしたのは2017 年のことです。諸事情あって長い歳月を経てしまいましたが、ようやく上演の運びとなり、感謝の気持ちでいっぱいです。
儚く美しく妖しいモチーフの数々、それぞれに何かを拗らせている愛すべきキャラクターたち、泉鏡花らしい幻想的な世界観に冒険譚の要素まで加わった、魅力的な物語。私もいつの間にか石滝の禍々しさに引きこまれ、夢中で筆を進めました。
8年前の立ち上げ時を含め、この企画に関わってきたすべての人の思いを乗せた戯曲が、木村達成さんをはじめとした俳優さんたちによって命を吹きこまれ、宮川彬良さんの音楽によって彩られ、そして杉原邦生さんの演出によって極上のエンターテインメントとなって、世に姿を現します。ひとりでも多くの方にご覧いただけますことを願っています。
杉原邦生(演出)より

泉鏡花作品の最大の魅力は、人間という生きものが常に自然の一部であり、宇宙の一部であるという自明の現実から目をそらさずに物語を立ち上げていく、その眼差しだと思っています。今回の上演台本では、藤本有紀さんがそのダイナミズムを余すところなく見事に脚本化してくださいました。そこに宮川彬良さんのアイデア溢れる音楽が流れ込んでくると想像しただけで、身体の底から興奮が湧き上がってきます。
主演の木村達成さんとの作品づくりは 2 度目になりますが、彼のまっすぐな眼差し、野生的でしなやかな身体性、武骨さと繊細さを併せ持った声、そして、ちょっとのギャル味(笑)が、滝太郎という役をいまの時代に鮮烈に立ち上げてくれると確信しています。
その他、勇美子役の土居志央梨さんをはじめ、過去にご一緒し絶大な信頼を寄せている外山誠二さん、大西多摩恵さん、猪俣三四郎さん、田中佑弥さん、新名基浩さん、佐藤俊彦さん、舞台を観るたびにいつかご一緒したいと思い続けていた村岡希美さん、今回初めてご一緒できる岡本夏美さん、白石隼也さん、内田靖子さん、鈴木菜々さん、そして、演劇界のレジェンドであり心から尊敬してやまない唯一無二の俳優・白石加代子さん。個性豊かで素晴らしい皆さんとともに、『黒百合』初の舞台化に挑めることが楽しみでなりません。
また、いま僕がもっとも注目している若手ダンスカンパニー「ケダゴロ」主宰の振付家・下島礼紗さんとのクリエーションにもぜひご注目いただきたいです。
真冬の熱い舞台にどうご期待ください!
キャスト コメント
・木村達成(千破矢滝太郎役)より
杉原邦生さんと再びお仕事ができることをとても嬉しく、楽しみにしています。
2022 年にご一緒した『血の婚礼』作家ロルカと、本作品の原作者・泉鏡花はほぼ同時代を生きていたのだということを知りました。
国は違っても、人生に渇きを感じ、どうにも手に入らないものを何とかして手に入れようとする人間を描いているというところが似ているような気がしています。
女性たちに「美しいが食えない金魚のような男」、姉のように慕うひとには「生まれながらの悪党」と散々の言われ方をしている“滝太郎”。
金に不自由はないのに盗み続けるこの男を生きることで、何か美しいものを得ることができたらと願っています。
・土居志央梨(勇美子役)
演出の杉原邦生さんとご一緒するのは今回で3回目です。邦生さんの稽古場はいつもエネルギーに満ちていて、ドーパミンとアドレナリンがものすごく湧いてきます。(笑)演じることや物作りの楽しさを純粋に感じられるので、また声をかけていただいてとても嬉しかったです。
そして初めての世田谷パブリックシアターで素敵なキャストの皆様とご一緒できること、本当に楽しみです。
泉鏡花作品に触れるのはこれが初めてですが、『黒百合』の神秘的な世界を探検するような気持ちでのぞめたら。台本を読んでもこれがどのように立ち上がるのか予想がつかないことばかりで、逆にわくわくします。観たことのない舞台になる予感がします。ぜひお楽しみに!
・岡本夏美(雪役)
日本で長く愛されてきた泉鏡花作品に出演できるという喜びと、『黒百合』という、様々な要素を持ちながら、魅力的な人間たちが美しくも儚く交わり、広がっていく世界にお雪として、足を踏み入れられることをとても光栄に思います。
言葉のひとつひとつに宿る情念や想いを、舞台を通して丁寧に届けられたらなと思っております。
また個人的には、いつか立ちたいと夢見て、数々の作品を観劇した劇場、世田谷パブリックシアターの舞台に杉原さん演出作品で立たせていただけることがなによりも嬉しく、全身全霊で挑ませていただきます。
明治の時代に愉しまれた「黒百合」がどう現代に新しく生まれ変わるのか、私も予想できない部分が沢山あるので、稽古含め、楽しみながら演じられたらなと思います。
・白石隼也(若山拓役)
秘境に咲く黒百合をめぐる、人々の欲望渦巻く群像劇。「おいらのせいじゃあないぞ」と人間の業を肯定し、自然の猛威の前には人間は無力だと突きつける。泉鏡花らしい現実と非現実が交錯するこの作品が、杉原さんの手でいかにして舞台で表現されるの
か、今から楽しみでなりません。
私が演じます若山拓という役は、愛する女性と巡り会った矢先に盲目となった青年です。失うことで得るもの、得ることで失うもの、これまで蓄えた経験の全てをこの役に捧げたいと思います。素晴らしいスタッフ、キャストの皆様と共に世田谷パブリックシアターでお待ちしております。
・白石加代子(婆さん役)
杉原邦生さんの舞台に再び立てることを、心から嬉しく思います。
杉原さんの演出は、常に作品の中に眠る“命”を呼び覚まし、俳優の内側に潜む想像力を解き放ってくださる。舞台の上で、その瞬間に立ち会えることが私にとって何よりの幸福です。
泉鏡花の『黒百合』――この作品には、夢と祈り、そして人間の哀しみと強さが渦巻いています。私は昔から、その文体の持つ“気配”に魅せられてきました。
私が演じる「婆さん」は本作の“風景”である気がします。
婆さんという名の風景としてこの物語に身を委ね、鏡花の言葉の海を漂いながら、人の心の奥にあるやさしさや孤独を、舞台の空気に溶かしていけたらと思います。
幻想と現実のあわいで、言葉の息づかいに耳を澄ませながら、静かに、そして確かに生きてみよう――そう願っています。
ものがたり
明治後期、越中・立山の地。
県知事の令嬢・勇美子(土居志央梨)は、屋敷に出入りする花売り娘・お雪(岡本夏美)に、仙人か神しか見たことがないと語られる幻の花「黒百合」を採ってくるよう命じる。黒百合は、足を踏み入れるだけで暴風雨が起こると恐れられる「魔所」の滝のそばに咲くといわれていた。
雪は盲目の恋人・拓(白石隼也)の目を治す金のため、その危険な依頼を受ける。
一方、幼くして母を亡くし浅草で孤児として育った滝太郎(木村達成)は、突然現れた男に華族の血を引くことを告げられ、富山の子爵家・千破矢家に連れられる。若様として育てられ侠気ある青年となるが、生まれつきの手癖の悪さは消えず、盗賊稼業から足を洗えない裏の顔も抱えていた。
ある日、県知事邸でお雪を目にした滝太郎は一瞬で心を奪われる。お雪に迫る男たちを懲らしめるなか、自らも黒百合採りに挑む決意を固める。その背景には、幼少期から滝太郎を知る盗人・お兼(村岡希美)から「お前の盗みはゴミを漁る犬のよう」と言われ、真の盗賊なら人知を超えたものを盗みたいという思いが募るようになっていたことがあった。
お雪は拓に献身的に尽くすが、拓は甘えることを恐れ、敢えて彼女を突き放してしまう。彼もまた、胸の内に秘めた事情を抱えている。隣家の荒物屋の婆さん(白石加代子)は、そんな二人を優しく見守り続けていた。
滝太郎が“大盗賊”へと成長してゆく軌跡を縦軸に、滝太郎・お雪・拓の奇妙な三角関係、さらに勇美子が手元で愛でるモウセンゴケ(食虫植物)の内に広がる、夢とも現実ともつかない異界が重なり合う。冒険譚、恋愛譚、怪異譚――数多の物語が交錯しながら、鏡花文学ならではの幻想的な人間模様が浮かび上がる。
概要
日程・会場:2026年2月4日(水)~2月22日(日) 世田谷パブリックシアター
原作:泉鏡花
脚本:藤本有紀
演出:杉原邦生
音楽:宮川彬良
美術:堀尾幸男 照明:北澤真 音響:稲住祐平 衣裳:西原梨恵 ヘアメイク:国府田圭
振付・ステージング:下島礼紗 所作指導:藤間貴雅 演出助手:山下茜 舞台監督:南部丈
プロダクションマネージャー:勝康隆
制作:法月智美 田辺千絵美 横井佑輔
プロデューサー:浅田聡子
芸術監督:白井晃
出演:
木村達成 土居志央梨 岡本夏美 白石隼也
村岡希美 田中佑弥 新名基浩 猪俣三四郎
内田靖子 鈴木菜々 佐藤俊彦
大西多摩恵 外山誠二 白石加代子
スウィング
小林宏樹 松本祐華
黒百合』公式HP:https://setagaya-pt.jp/stage/25221/
『黒百合』公式 X:ユーザー名: @kuroyuri_sept