森田剛, 藤間爽子 出演『砂の女』上演中 閉じ込められて、自由を求めた男の顛末。

安部公房の名作『砂の女』の舞台化が森田剛主演で紀伊國屋ホールにて上演中だ。
1962年に発表され、翌年には読売文学賞を受賞。20以上の言語に翻訳され、世界中で読み継がれる『砂の女』、勅使河原宏により、岡田英次と岸田今日子の出演で1964年の同原作の映画は、日本映画史に残る名作として今日も評価が高い。脚本は安部公房が自ら手掛けている。

4人の男、状況をモノローグで、これが淡々とした印象で、これから始まる物語を予感、スクリーンに文字が映し出される。客席通路から教師の男・仁木順平(森田剛)が登場、昆虫採集、夢中になって昆虫を採集する姿、そして彼は終バスに乗り遅れてしまう。そこである老人(福田転球)に出会う。その老人に勧められてある1軒の家に泊めてもらうことにした。

そこには1人の女性(藤間爽子)が砂掻きをしていた。手伝う男、だが翌日、地上に出て帰ろうとすると外に出るための縄梯子がはずされていて、というのが大体の流れ。
客席通路を頻繁に使い、映像を印象的に使用し、作品世界の不思議さ、不条理さを印象的に彩る。村人たちの策略にハマってしまう男。実はこの村、砂を掻き出さないと埋もれてしまうので、その人手が欲しかった。村人たち、これを大石将弘、東野良平、永島敬三が背筋が凍りそうな怪しさ満点で演じる。福田転球の老人、登場した途端にもう、ヤバそうな空気感。森田剛演じる教師の男・仁木はどこにでもいそうな実直な雰囲気の人物、夏の休暇中に訪れる、という設定、ぼさぼさ髪と髭、服装は構わない感じがどこか好感がもてる。

そして彼が砂の中の家で出会う女性(藤間爽子)、地味な雰囲気の人物。森田剛と藤間爽子の2人芝居が大半を占める。閉ざされた空間、砂を掻かずに逆らうと水ももらえない、一種の運命共同体、脱出を試みる男の行動はスリルに満ちている、観客は結末は知っているが、それでも「どうするのか」と観てしまう。取っ組み合いをしたり、女を縛ったり、ここから出ていくためにとにかくやれることをやる男の顛末。

フィクションであり、寓話であるのは間違いないのだが、その根底には普遍的な要素がしっかりと横たわっている。砂は無機質だが、この物語ではもう1人の主人公のような存在感。男は次第にこの環境に慣れていき、オチを迎える。

人間の自由、生きること。この安部公房の小説『砂の女』は1962年に刊行され、翌年には読売文学賞を受賞した。20言語で翻訳され、1967年にはフランスで1967年度最優秀外国文学賞(英語版)を受賞。世界的な不朽の名作、公演は4月5日まで紀伊國屋ホールにて。書店なので観劇後に原作を買い求めるのも一興。

<初日前会見レポ>

森田剛, 藤間爽子 出演『砂の女』3月19日開幕 取材会レポ

物語
教師の男・仁木順平(森田剛)は夏に休暇を取り、昆虫採集のために海際の砂丘に赴いた。
そこには、一風変わった村があった。家々がまるで蟻地獄の巣のように、砂丘に深く掘られた穴の中に建っており、どれもこれも今にも砂に埋もれてしまいそうなのだ。変わった村もあるものだと思いながら、男は村の老人に勧められ、そのうちの一軒に泊まることに決めた。家の中では、断続的に降り注ぐ砂に家が埋まってしまわないよう、家主の女(藤間爽子)がひとりせっせと砂掻きに精を出していた。翌日男が目を覚まし、地上に出ようとすると、外に出るためにかけられていた縄梯子が無い。不思議に思う彼だったが、なんとそれは村の人々の仕業だった。ひっきりなしに穴から砂を運び出さなければこの村は埋まってしまうため、村人たちは砂掻きの人手を求めており、男を騙して村に引き留めようとしていたのだ。男は困惑するが、砂を掻かずに逆らうと水が配給されなくなってしまうため、女と砂を掻き出しながら奇妙な同居生活をせざるを得なくなる。なんとか砂の穴から脱出しようと、思いつく限りのあらゆる方法を試みる男だが…..。

概要
公演名称 : 『砂の女』
日程・会場:
東京:2026年3月19日〜4月5日 紀伊國屋ホール
仙台:2026年4月8日 電力ホール
青森:2026年4月11日 SG GROUPホールはちのへ (八戸市公会堂
大阪:2026年4月18日〜4月20日 森ノ宮ピロティホール
脚本・演出: 山西竜矢
原作 : 『砂の女』安部公房
キャスト : 森田剛 藤間爽子 大石将弘 東野良平 永島敬三 福田転球
企画・制作: レプロエンタテインメント
製作: 「砂の女」製作委員会
協力: Abe Kobo Official through Japan UNI Agency, INC.

公式 HP: https://stageoffical.com/sunanoonna/

©1962 安部公房