ONWARD presents 新感線☆RS『メタルマクベス』disc3 Produced by TBS、公演初日の前日、囲み会見とゲネプロが行われた。有名なシェイクスピアの『マクベス』を下敷きにして、基本的な筋書きはそのままに、宮藤官九郎が現代的発想で大胆にアレンジした作品だ。初演は2006年だが、特殊な構造を持つ劇場に合わせ、さらに出演者に合わせて、丁寧に再構成され、改めて作り込まれているという印象だ。
主な舞台は2218年の豊洲。将軍ランダムスター(浦井健治)が仕えるESP国のレスポール王(ラサール石井)は、敗戦の報告には耳を貸さず、戦勝の報告だけを聞いて喜んでいる。敗色が濃くなるなか、ランダムスターは盟友エクスプローラー(橋本じゅん)とともに城へ戻る途中、三人の魔女から運命を予言するCDを受け取る。それは、1980年代のヘビメタ全盛期に活躍したバンド「メタルマクベス」のものだった……。このバンドは、マクベス浦井をリーダーとし、バンクォー橋本やマクダフ柳下(柳下大)らをメンバーとするバンドで、マネージャーとなったローズ(長澤まさみ)の手腕もあって、一世を風靡した。このバンドの運命と2018年のランダムスタートその夫人(長澤まさみ)を軸とする登場人物たちの運命がシンクロし、破滅へと向かうことになる。
脚本は、これでもかとギャグやボケをたたみ込むクドカン流で、最新の流行り物のパロディーもぶち込んでくる。一方、劇場の構造上、微妙な段取りが多いからだろうが、役者のアドリブについては今のところ、かなり抑制されているように見える。というのも、ご存じの方も多いだろうが、この「IHIステージアラウンド東京」は、客席が360度回転可能なのだ。
客席を囲むドーナツ状にステージがあり、ステージと客席を分かつものとして、緞帳ではなく、左右にスライドする円筒状の白いスクリーンがある。ここに、さまざまな映像が映し出されることで、舞台は暗転なしに切れ目無く続いていくだけでなく、かなりの疾走感を持った演出が可能となっている。ゲームのCGのように、水平移動だけでなく、上昇下降の垂直方向にも映像は移動する。廃墟となった高層ビル群の谷間を飛び回る映像が流れるなか、舞台が回転して体にG(加速度)がかかっていると、体が浮いたり沈んだりしているような浮揚感を感じる。実際に劇場で見ない限り体験できない感覚が、ここには間違いなくある。
囲み取材で、浦井健治は「万全の体制で。スタッフさんたちも、この機構をフルに使って、ここでしか体験できないアトラクションのような舞台をつくり上げていて、体感型だなと。客席が回るので、面白い経験になるのではないかと思います」と述べ、長澤まさみも「この劇場がどのような劇場なのか知らない人が多いようなのですが、本当にこの劇場で新感線の舞台が見られるのは最後ですし、アトラクションのような、今までに行ったことのない場所になっているので、ぜひ劇場に足を運んでほしいと思います」と語っている。
劇場「IHIステージアラウンド東京」は、豊洲市場に隣接するIHI(旧石川島播磨重工業)の工場跡地に建設されたものだ。2020年までの期限限定の劇場で、前半の2年間は劇団☆新感線が公演を打ち、今回の『メタルマクベス』disc3でその最後の舞台となる。最初の1年数カ月は『髑髏城の七人』、残りの期間で『メタルマクベス』を上演。『メタルマクベス』は主演俳優をはじめ座組みを変えながらdisc1〜3の3バージョンとなった。この特殊な劇場を2年間使い続けることで蓄積したノウハウをつぎ込み、最後の集大成をしようとする意気込みが感じられる。
実際、主演の浦井健治も囲み取材で、こう語っている。「disc1、2とみんながしっかりと創り上げてきたバトンが、受け渡された感があります。われわれのdisc3が、いろいろな意味で集大成ということをしっかりと踏まえて演出のいのうえさんを筆頭に頑張ってきました」
音響の面でも、ステージ上で本物のバンドが生演奏を続けながら(セット上の定位置にいるため、客席からは見えない時間も長い)、迫力あるタテノリのサウンド空間をつくり上げている。ロックミュージカル仕立てで、歌唱部分も多いのだが、主演の浦井健治は『エリザベート』をはじめミュージカルの舞台を数多く経験してきただけあって、安定した迫力の歌唱力だ。長澤まさみは、舞台で歌うのは2回目だというが、浦井健治とのデュエットもしっかりこなしている。レスポール王のラサール石井も、渋い歌声がなかなか聞かせる。さらに、幕の締めでは、ヘビメタバンドのヴォーカル「THE冠」こと冠徹弥が歌い上げて終わる。音楽にまで、有名曲のパロディーとおぼしきフレーズが聞こえてきたりして、作品全体のテイストに、ある意味統一感を与えている。
また、舞台上をしばしばオートバイが疾走する。前述の映像とのコラボとの相乗効果でスピード感、疾走感が、いやが上にも増していく。まさに、ここで目指しているのは体感型エンターテインメントなのだなと実感できる。
さて、シェイクスピアが『マクベス』を書いたのは1606年頃という。以来400年以上にわたり、手を変え品を変え上演されてきた。なぜなら、そこに描かれた人間の「業(ごう)」――欲望にかられて主君を裏切り、周囲の人間を裏切り、さらには最も親しい仲間をも裏切り、欲望のために武器を取って戦い続ける——その姿は、いつの時代にも、洋の東西を問わず地上のどこにでも、見られるからだ。歴史上のマクベス王(在位1040—1057年)から600年後のシェイクスピアは、自分の生きる16〜17世紀になっても、人間の「業」は変わっていないと思いながら書いたのだろう。
そして、シェイクスピアから600年たった「2218年」でも、さらに場所はイギリスではなく東京の豊洲であっても、同じ「業」が引き継がれるに違いない——そのことを脚本は伝えようとしている。主な舞台は2218年の豊洲に置きながら、1980年代のヘヴィメタルが全盛期を迎え凋落していく時代と登場人物はシンクロして混然一体となっていく。そのさまは、現代だって同じだという作り手たちのメッセージも込められている。そこには、諦めに似た何かもあるのだが、人間は愚かだからこそ愛おしいということも、作り手たちは信じているようだ。
体感型エンターテインメントという側面だけではなく、描かれる人間像も興味深い。特に主演の浦井健治は、ランダムスターの複雑な人間像を、戯画化といえるほど誇張して、振れ幅の大きな人間像をつくり出している。戦場では、勇猛果敢な武将、盟友エクスプローラーとの間には親密さを演じたかと思えば、自分の野望の障害になると知ると裏切り、夫人に対しては恐妻家であり妻を愛する人間として振る舞い、赤ちゃん言葉にすらなってしまう。このとりとめのない人物を一人の人物像にまとめ上げるのは、大変な苦労だったようだ。
浦井は言う。「夫人との二人のシーンは、千本ノックみたいなものです。やはりランダムスターと夫人の物語なので、すごくスパルタで演出していただいた。演出のいのうえさんがキラキラしていて、すごく楽しんでいらっしゃるので、怖いんですけど、こんなに健治、健治と名前を呼んでもらえることもなかなかないので、食らいついてきました」。そして、ヘビメタ独特の衣裳についても、「なり重いんですが、軽量化もたくさんしてくれていて、通気性も抜群なのです。ただ、夫人からは『このくらいの重さは、男なら大丈夫でしょ』とツンデレな感じで言ってもらっていて……」と語り、それに対して長澤も、「『そのぐらい耐えろ』って言ってるんです。恐妻家と悪女という役柄なので。普段から、浦井さんにはビシバシ言わせていただいています」と、息の合ったコンビができているところをうかがわせた。
浦井は締めくくりにこう語った。「本当に、大変なんですけど、劇場に入ってから、やればやるほど元気になる。不思議なエネルギーがみんなほとばしっている感じがあります。新感線の舞台って、なんかみんな元気だと感じます。舞台をご覧いただけると、そのままその元気を持ち帰っていただけるんじゃないかなと思っています」
【公演概要】
ONWARD presents「新感線☆RS『メタルマクベス』disc3 Produced by TBS」
日程・場所:2018年11月9日(金)~12月31日(月)IHIステージアラウンド東京
原作:ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」松岡和子翻訳版より
作:宮藤官九郎
演出:いのうえひでのり
音楽:岡崎司
振付&ステージング:川崎悦子
出演:浦井健治、長澤まさみ / 高杉真宙、柳下大 / 峯村リエ、粟根まこと、右近健一 / 橋本じゅん / ラサール石井 / 礒野慎吾、吉田メタル、中谷さとみ、村木仁、冠徹弥、上川周作、小沢道成 / 伊藤結花、植竹奈津美、駒田圭佑、鈴木智久、鈴木奈苗、鈴木凌平 / 新納智子、早川紗代、本田裕子、山崎翔太、米花剛史、渡辺翔史 / 川原正嗣、藤家剛、工藤孝裕、菊地雄人、あきつ来野良、横田遼、北川裕貴、翁長卓
バンド:岡崎司(guitars)、高井寿(guitars)、福井ビン(bass)、松田翔(drums)、松崎雄一(keyboards)
※山崎翔太と松崎雄一の「崎」は立つ崎(たつさき)、高井寿の「高」ははしごだかが正式表記。
公式HP:https://www.tbs.co.jp/stagearound/metalmacbeth_disc3/
取材・文:井上徹