アガサ・クリスティー原作小説のミュージカル化!音楽座ミュージカル「SUNDAY」幸せは蜃気楼なのか・・・・・・私が終わり、私が始まる

原作は人気作家アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」(1944)。幸せな家庭を築いてきた主人公が娘の看病の帰り道に砂漠で足止めを食らってしまい・・・・・がだいたいの流れだ。
アガサ・クリスティーといえばミステリー小説を思い出すが、この作品はミステリーではない。
主人公ジョーン(高野菜々)は満ち足りた生活をしている主婦、一見、どこにでもいるキャラクターだ。
幕開きは帽子をかぶった男が登場し、手にはスマホ、単なる『諸注意』ではない。「電源切ったはずなのに」と歌う。「自分は大丈夫って思ってるよね?」「そういうもんさ、人間って」なかなかシニカルな出だしだ。彼の名はゲッコー(広田勇二)、とかげという意味がある。

それから本作の主人公・ジョーンが登場する。時代は1936年のイングランド、ジョーンの夫や子供達との関係がスピーディにアコースティックな音楽と歌に乗って描かれる。「私がいないと困るのよ」と自信たっぷりに歌う。子供を育てあげる、夫は弁護士、世間的には何も不自由なく、いやむしろ幸せだ。そんな状況をジョーンは何の疑問も持っていなかった。しかし、夫や子供達は・・・・・どこか不満げな様子。
ある日、バグダッドに嫁いだ娘の具合が悪いと連絡を受け、娘のところへと急ぐジョーン。そして無事を見届けてから家路に着こうと・・・・・途中で思いがけず学校のクラスメイトに再会する。「あなた、ちっとも変わってないのね」と言われるジョーン。彼女はジョーンとは真逆の人生を送っていた。自由を謳歌し「私は私」と歌う。「人を愛せない限りは本当の人生はわからない」と言う。なかなか意味深。そんな彼女と別れ、いざ・・・・何と鉄道宿泊所で「鉄道が来ない!」何もない砂漠の真ん中で足止め。話し相手もなく、読む本もなくなり、ただそこにいるだけ、彼女の思考は過去へ。
夫との会話、子供達との関わり合い、観客はそれを客観的に眺められる立場だ。コミュニケーションをとっていても本当に理解しているわけでもなく、話を聞いているように見えるが、実はジョーンは夫や子供達の話や考え、思いを聞いていないことに観客は気づく。夫は自分の仕事を向いてないと感じていたが、ジョーンにはその気持ちは届かない。

ジョーンの「こうあるべきだ」「これで良いのだ」という思い込み、完璧な妻であり母である自分に満足していたが、いつしか家族の心はジョーンから離れている。何もない砂漠で彼女は自分自身と向き合う。見ないようにしていた、あるいは見えていなかったことが、走馬灯のように浮かんでくる。
帽子の男・ゲッコーは状況を客観的に見るストーリーテラーのような立場で、この存在が物語の輪郭をはっきりとさせてくれる。時折、白い衣裳をまとったコロスが出てきて状況の『スケッチ』や場面転換などを担う。中央の円形の盆で繰り広げられるストーリー、コンパクトな分、濃密さを持ってこの物語の言わんとしていることを見せつける。

ジョーンというキャラクターは誰かのことであり、また自分自身のことでもあり、決して他人事ではない。ドキッとするセリフや状況、ミュージカルという手法で提示するが、笑ったりしているうちにちょっと身につまされる。「私には愛する家族がいる」とジョーンは言うが、ゲッコーは「地球は自分の周りを回っている・・・・自分が中心だと思っている、だから戦争が起きる」と言う。
結末は安易なハッピーエンドではない。主人公であるジョーンは気づくのだが、実際どのくらい気がついたのかは定かではない。この曖昧さと危うさがこの物語の真骨頂、正解はない。

太陽が照りつける何もない砂漠、自分自身も気がつかない脆さ、砂を手にすくえば、指と指の間からパラパラと零れ落ちる。幸せと思いこんでいたものは蜃気楼かもしれない。そんな実体のない、根拠もない幸せ、ちょっとドキッとするミュージカル。芸達者な音楽座のメンバーによって、歌、ダンス、芝居でエンターテイメントで見せつつ、終われば、不思議な余韻。
最後に歌う「私が終わり、私が始まる」、多分、それは無限ループ。また再演してほしいと思わせてくれる底力のある作品だ。

<ジョーン役:高野菜々コメント>

本当に難しいなと思いました。自分の話になってしまいますが、今までは再演の作品をやらせていただいていました。新作、初演で主役をやるのは初めて。今回は、なかなかできないことがいっぱいありまして・・・・・・。私たちはカンパニーでやっていますので、いろんな人がいろんな意見を出して役を作っていきます。作品自体はもっともっと進化できるはずです。自分としては頑張っているつもりですが(笑)、頑張ったからと言ってそれがお客様に届くかどうかっていうのは別ですから。手応えというのは全然感じられないんです、直接は。この作品を観てくださったお客様は『すごく可能性のある作品だ』とおっしゃってくださるので、本当に役者個々ではなく、カンパニーとして作品を届けたい。これだけ客席が近いのでお客様の反応がダイレクトに伝わり、客席と一緒に作品を作っている感覚はあるので、カンパニー一同、全身全霊でこの作品に力を込めて、後2回、とにかく千秋楽まで!力を合わせて走り続けたいなと思います!

【公演概要】
音楽座ミュージカル「SUNDAY」
2018年12月15日(土)・16日(日)、21日(金)~24日(月・振休)
東京都 音楽座ミュージカル 芹ヶ谷スタジオ
原作:アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」
脚本・演出・振付:ワームホールプロジェクト
音楽:高田浩、金子浩介
公式HP:http://www.ongakuza-musical.com

撮影:山之上雅信

文:Hiromi Koh