ルーマー・ゴッデン『ねずみ女房』が原作の音楽座ミュージカル「グッバイマイダーリン★」が上演中だ。
本作品は2017年に音楽座ミュージカルの稽古場・芹ヶ谷スタジオで初演の幕をあけ、今回は2度目の上演となる。
音楽座ミュージカルならではの“再演はない”という考えのもと、今、なにをテーマに据えるのか、根本からの見直しを行い、脚本・演出・音楽など大きく一新。新作に近い形で上演。 また、東京公演ではいけばなの草月流とのコラボレーション企画や中学生・高校生による吹奏楽コンサートを はじめ様々なイベントを企画している。
初演は1幕もので上演時間もおよそ1時間強であったが、今回は2幕もの。幕開きは激しい風の音、音楽、一人の若くない女性が登場する「いつもお前のそばに」とつぶやく。場面変わってネズミたちが登場する。主人公のネズミは「見上げれば、何かが見える」と歌う。それ以外のネズミたちは、というと陽気に歌う、内容はかなり現実的、主人公の夫のネズミは妻が持ってきた食べ物を受け取って「食べ物はないか・・・・・これだけか」と言う。もう一組のネズミ夫婦がやってくる。勝手に人(ネズミ)の家に上がりこんで少ない食べ物を食べてしまう。「人ん家で何やってるんだ!」と怒る。
基本的なストーリーの流れは初演と変わらないのだが、上演時間は初演のおよそ2倍。この家の主であろう女性が登場する。ちょっと心臓が悪い様子。この”人間”部分はいわゆるサイドストーリー的なものになっており、『本編』の外側に位置する。
主人公の世界はこの家が全てだ。しかし、家の外には何かがあると気がついている。「近づいてはいけない」と言われている窓のところに行くとキジバトがいた。キジバトは主人公に言う「どこでも好きなところにいけばいい」と。しかし、そう言われても・・・・・。そもそも外の世界を知らない。窓の外は雪がちらつく。生まれて初めて見る光景だ。しかし、夫、そして他のネズミたちはそんなことには興味がない、さらに「危険だ」という。彼らの興味、好きなチーズが食べたい、食べ物が欲しい、シンプルな欲求。その中で主人公はちょっと浮いた存在だ。2幕では人間の親子の関係性が出てくる。「お母さんなんか恋愛したことないくせに!」「何かわかるの!」、娘はカバンを持って出て行ってしまった。一方、ネズミたちにも変化が訪れる。長老ネズミは死去、主人公は子供を生み、皆から祝福される。
この作品は多様な解釈が可能だ。ネズミたちが生きている世界、それは家の中、狭い世界だが、彼らにとってはそれが全て、特に疑問を持つ、ということもない。いや、わざと疑問に思わないようにしているだけかもしれない。既成概念というのはいつの間にか、人々をからめとってしまう。そこに気づくことは難しいことかもしれないが、ひょんなことでそこに気がつくこともある。主人公のネズミも、自分が知っている世界以外にも何かがある、とうっすらと気づいており、そこに興味を感じている。そんな折に外の世界を知っているキジバトに出会い、心揺れる。外の世界への憧れなのかキジバトそのものに心惹かれているのか、そこは観客の感じ方に委ねられる。
そしてサイドストーリー的な位置にある人間のやり取り、これがあることによって『本編』がより明確に浮かび上がってくる。キジバトと主人公ネズミとの交流、キジバトは明らかに主人公の内面に変化をもたらし、心をざわつかせる。ラストは主人公は渾身の力を込めて・・・・・・。
ミュージカルなので、歌、ダンスをふんだんに!エンターテイメント性を高めて観客に世界観を提示する。的確な芝居、チーズの歌のシーンではお色気バッチリのネズミダンサーが登場し、歌うのだが、よく聴くと様々な種類のチーズの特徴を歌詞にしており、ここは文句なく楽しい。またネズミたちの衣装が個性的、キジバトの衣装と髪型はちょっとミステリアスな雰囲気を纏い、孤独感を漂わせる。主人公のネズミは地味な服にエプロン、堅実な主婦と行った風情だ。
原作はごく短い作品だが、様々なことを内包している。主人公も含めてネズミたちはある意味、平凡な日常を過ごしている。しかし、主人公だけは、外に何かがあると気づいていたが、それが何かわかっていなかった。しかし、キジバトの出現によってそこがわかってくるのだが、自分のいる世界から出ることは叶わない。それが不幸という風に考えるのは早計だ。また、いわゆる『常識』というものは果たして?ネズミたちにとって家の中は彼らの『常識』。キジバトが語る外の世界は彼にとっては『常識』だが、ネズミたちにとってはそうではなく、むしろ真逆だ。世界が変われば、『常識』もまた異なる。この物語を客席から客観的に眺めることによって見えてくること。それを感じたままに捉え、シニカルで面白いシーンは素直に笑い、ラストは心に迫る。初演とはアプローチを変えて上演する、こういった形で何度も上演すれば、また違った見方や解釈ができる。原作にパワーがあり、さらに作り手のたゆまぬ努力があれば、作品は色褪せない。そういったことも示唆してくれる作品だ。
【公演概要】
音楽座ミュージカル「グッバイマイダーリン★」
原作:ルーマー・ゴッデン著『ねずみ女房』
脚本・演出・振付:ワームホールプロジェクト
音楽:高田 浩・金子浩介
美術:伊藤雅子・久保田悠人
衣裳:原まさみ
ヘアメイク:川村和枝
照明:渡邉雄太
音響:小幡亨
音楽監督:高田 浩
歌唱指導:桑原英明
デザイン、イラストレーション:高橋信雅・大越あすか
タイポグラフィ: OM
日程・場所:
<大阪公演>: 高槻現代劇場 大ホール
2019年6月12日(水) 高槻現代劇場 大ホール
主催:ヒューマンデザイン
<東京公演>
2019年6月19日(水)〜23日(日) 草月ホール
主催:ヒューマンデザイン
共催:草月文化事業株式会社
協力:一般財団法人草月会・株式会社アルファコード
<広島公演>
2019年7月17日(水) JMSアステールプラザ 大ホール
主催:ヒューマンデザイン
後援:広島ホームテレビ・広島エフエム放送・広島県観光連盟・広島商工会議所
音楽座公式HP:http://www.ongakuza-musical.com
製作著作:ヒューマンデザイン