演劇ならではの不可思議な空間の魅力にあふれる「生」の秀作舞台『人魚姫』

幻燈を用いた映像投映や、録音ではなくミュージシャンによる生演奏で劇中音楽などを奏であげ、またさりげなくも凝ったガーデニングを舞台美術としてコラボレートするなど、徹底的に「生」へのこだわりを示し続ける新進気鋭の演劇ユニット、ノックノックス。

そのポリシーは「誰もが楽しめる作品創り」で、その中から生き物や地球の生態、環境、社会問題、さらには隣のあの子の恋愛事情まで(!)をも「演劇」という手法を用いてわかりやすく伝えていこうという信念が貫かれている。

そんなノックノックスの最新舞台『人魚姫』が6月21日(金)から30日(日)まで、すみだパークスタジオ倉にて上演。19時の初演直前の同日14時開演のゲネプロに、今回お邪魔してきた。

出演は元宝塚歌劇団雪組の蓮城まこと、同じく元宝塚歌劇団花組の菜那くらら、元AKB48メンバーの藤田奈那、元劇団俳優座の実力派・田野聖子、NHK「おかあさんといっしょ」3代目ダンスのお姉さん・きよこなど豪華メンバーを迎えての上演。

作・演出・作曲はノックノックスを主宰するヤストミフルタ。

今回はまずドラマの世界観として、かつて人間と人魚が共存していたこと、しかし人間が愚かな戦争を起こしたことで海が汚れ、海中のみならず森や空の生き物たちまでどんどん死に絶えていったという黒歴史が設定されている。

そして月日が流れ、人間たちは再び生きる力を取り戻したものの、海はまだ汚れたままで生き物は棲むことができない。

そんなある日、ひとりの人魚が浜辺で見つかった。

しかし、そのことで人間はまたも愚かな争いを始めてしまう……。

と、ここまでを前段階として舞台『人魚姫』はスタートする。
(ちなみにこの舞台のキャッチフレーズは「このものがたりに王子さまはいません」。つまりアンデルセン童話や『リトル・マーメイド』のような人魚姫のお話とは大いに異なるドラマが繰り広げられていくのだ。

舞台は50分+60分の二幕構成で、冒頭は少年(きよこ)から昔話をねだられたおばあさん(田野聖子)が、少し長めのお話を語り始めていくところから始まる。

ここでの田野×きよこのコンビネーションが実に絶妙で、そのユーモラスな情緒も相まって一気に観る側は舞台世界に引き込まれていく。

また、プロローグから昔話への転換処理も面白く、ここでは昔話が始まってもおばあさんと少年がその場にしばらく居続けることで、現在と過去を交錯させた不可思議な空間が舞台で構築されていくのだ。

この不可思議な感覚は、舞台の左奥から劇中音楽を演奏するギター&ベース(坪光成樹)ヴィオラ&ヴァイオリン(角谷奈緒子)パーカッション(まぁびぃ)ハープ(大西香奈)そしてヴォーカルの菜那くららがキャストと同じ空間にいることからも醸し出されていく。

プレイヤーがそれぞれ演奏する姿は、劇を演じ続けるキャストと同等の存在として舞台上に屹立しており、また時にキャストに声をかけられて一緒に歌いだしたり、かと思うと「音楽を止めろ!」などと怒られたりすることもある。

こうした演出の妙はやはり演劇ならではの味わいで、逆に映像で同じことをやったら失敗すること必至。

大笑いしてしまったのは2幕ものとしての前編たる第1幕を終わらせる際、なぜ休憩を必要とするのかまでもきちんと説明していることで、詳細は控えるものの、なるほどこれはあっぱれな理由付けであった(クライマックスも同様に唸らされる箇所が用意されている)。

右手にネズミのアレキサンダー、左手にカラスのガブリエルの人形をはめつつ、2匹の声を担当する藤谷みきの扱いも秀逸で、普通は表に出ることのない声優を堂々と舞台に立たせながら二役を演じさせるシュールさと、時折ふと素に戻った本人が「これってありなの?」的な疑問の一言を漏らすときのタイミングなども実にいい。

さて昔話のエピソードだが、浜辺の村に住む娘アレッタ(藤田奈那)が、村の有力者ベネット(小林至)が買った人魚(蓮城まこと)を逃がしてかくまう。まもなくしてマリーナと名付けられた人魚は、人として村人たちと交流を深めていくが……と、まさに「王子さまはいない」お話の中、自然破壊や戦争の愚かさなどが大人にも子供にも等しく伝わりやすいシンプルかつわかる人にはわかる現代社会の風刺を込めた芳醇な演出、そしてそれぞれ柄にあった実力派キャストの競演で巧みに描出されていく。

そこに佇むだけで独自のオーラを発する蓮城まことと他のキャストの空気感が微妙に異なるのも、安穏としていた村に突然ストレンジャーが現れたかのような違和感として効果的で「階段下りる姿が決まってる」といった楽屋落ち的なポツリ台詞も楽しく耳に響く。

総じて冒頭にも記したノックノックスのポリシーが見事に反映された演劇ならではの秀作であり、ファミリー向け作品の鑑としても大いにプッシュしたい(上演が終わって劇場を後にしたときの軽やかで心地よい気持ちたるや!)。

【『人魚姫』公演概要】
作・演出・作曲:ヤストミフルタ
日程・場所:2019年6月21日(金)~30日(日) すみだパークスタジオ倉
出演:
蓮城まこと/
藤田奈那 田野聖子 きよこ/
村上哲也(Theatre Ort) 小林至(Theatre Ort) 藤谷みき(青年団) 舘智子(タテヨコ企画) 八代進一(花組芝居) 田中英樹(テアトル・エコー) 木暮拓矢(流山児事務所) 林周一(風煉ダンス) 岩坪成美 古澤光徳(ユニークポイント) 下出宗次郎
演奏:
菜那くらら(ヴォーカル) 坪光成樹(ギター/ベース) 角谷奈緒子(ビオラ) まぁびぃ(パーカッション) 大西香奈(グランドハープ)
取材・文:増當竜也