向井理主演 シ アターコクーン・オンレパートリー2019『美しく青く』日常はありふれた出来事の繰り返しと積み重ね、淡々と続いていく。

本作を手掛けるのは、劇作家・演出家としてだけでなく映画監督、俳優と多彩な顔を持つ赤堀雅秋。シアターコクーンでの赤堀雅秋作・ 演出作品は『殺風景』(14 年)、『大逆走』(15 年)、『世界』(17 年)に続き4作目。シアターコクーン30周年記念公演として2年ぶりの待望の書き下ろし新作となる。

出だしは鬱蒼とした林。一人の男が銃を手にして恐る恐る歩いている。鳥の羽ばたく音にびっくりする。そこへ!何かが!驚く男、毛むくじゃらの生き物が!そこへ何人かがやってくる。「すげー獣の匂いが!」。人馴れした野生の猿が、田畑の作物や人家の食べ物を狙って荒らし、時には人間にまで危害を加えるように。人間慣れした野生の生き物が人間に害を及ぼす話は時々、ニュースで耳にする。さほど珍しいことではない。この物語の主人公である青木保(向井理)らは自警団を結成し、この猿害に対処しているが、なかなかうまくいかない。また彼の家には認知症の母・節子(銀粉蝶)がいる。彼女の面倒を見ているのはもっぱら妻の直子(田中麗奈)。どこかに実際にありそうなリアルなシュチュエーション。認知症というのは厄介でさっき食べたことも忘れてしまう。晩御飯を食べたのに食べてない、と言ったり。その度に「さっき食べたでしょう」と言う。そんな節子の面倒を見ている直子はかなり疲れているが、夫は自警団の活動にのめり込んでいる様子だ。そして家で、居酒屋で、飲み会を開いて愚痴る男たち。ありふれた風景の連続、暗転のたびにヴァイオリンの音色が響く。

日常は些細な出来事の連続。舞台上の人々、リアリティを持って観客に粛々と迫る。夢とか希望とか志とか、そういうものは出てこない。ただただ毎日をそれなりに必死に生きている。少々偏屈そうに見える老人・片岡昭雄(平田満)は自警団に猿の餌になってしまうゴミ出しの方法や柿の木のことについて協力を要請されても頑なに拒む。「みんなバカ!」と大声で叫んだりもする、多分、近所にこのような老人がいたら確実に避ける、関わり合いたくない、そう思われても仕方がないキャラクターである。

主人公の青木保は自警団を一生懸命やっているように見えるが、実は母親の認知症に真っ向から向き合いたくないようにも見える。妻が一生懸命に介護を行っているのに、自分は少し離れた場所で一人食事をしている。そんなことも見え隠れする。何かを見て、何かを見ない(見ようとしないこともある)、それはごくありふれたこと。そんな普通な人々を愛情を持って描く。観客は共感したり、身につまされたり。それでも変わらないものがある。

自然、時間、空気、それらに囲まれて人々は生きていく。ハッピーエンドとかバッドエンドとか、そういうものはない。彼らの日常はこれからも続いていく、淡々と。きっと明日も同じ、あるいはちょっと変わる程度、ドラスティックに物事は動かない。それが営みと言うものなのかもしれない。

ゲネプロ前に囲み会見があった。登壇したのは向井理、田中麗奈、赤堀雅秋。
作・演出の赤堀雅秋は「コクーンは4回目です。優秀なスタッフ、キャストで明日に向けて!あとは芝居しかない、頑張りマーーース!」と挨拶。向井理は「今まで舞台をやらせていただいて・・・・・・ゲネプロの前は、ちょっと胃が持ち上がってくるくらい独特な緊張感があリます。濃密な稽古期間でしたが、気合いが入りすぎないように、自分がコントロールできないぐらいにならないように、心を整えて」とコメント。田中麗奈は「明日が初日だなんて信じられない気持ちです。課題はいっぱいあります。皆さんに楽しんでいただく、伝えていくということがとても大切だと思うので、無心でやれたら」と語る。

また赤堀雅秋は「根源的な人間の営みのあり方を掘り下げて・・・・・空であったり、海であったり、人間の抗えないいろんなものに対峙すること」と語ったが、設定は『大きな災害に見舞われた町』であり、野生の猿の被害がある町である。また向井理は「普通の人にはいろんな面がある。一生懸命生きている人、誰にでもある行動、普通の人を演じなければならないのですが、思ったことや感じたことを演じるしかないので難しいです」と語る。誰もが持っている感情や思い、口に出すのは簡単だが、リアリティを持って演じることはかなり高度。田中麗奈は「過去に悲しい出来事があって、それが心の奥底にある。向き合ってきたからこそ、現実に一生懸命に向き合う・・・・言動、感情が揺れている・・・・・不安定さ、抑えきれないものを生々しく」とコメント。認知症の義母と向き合い、疲れ果てて感情が大きく揺れる様はリアリティ溢れる瞬間だ。また向井理は見所について「積み重ねで見える感情」とコメント。冒険譚のような「ここ!」という見所はないが、そういった感情の揺れや抑えた中に見え隠れする心の機微、こういったところは注目点。また赤堀雅秋の演出について向井理は「すごく細かい、でも優しい、すごく丁寧でその人にあった、その人を考えた演出」とコメントしたが、そのきめ細やかさは舞台全体を柔らかく包んでいるようにも見える。
ごく普通な人々のある時間を切り取った舞台、繊細な作品、1幕もので上演時間は約2時間15分。

<あらすじ>
山を背負い、海を抱く町。
都市のきらびやかさとは無縁のその町は、かつて大きな災害に見舞われていた。
8年を経て、日常を取り戻しつつあるかに見えた町に新たな「問題」が生じる。
人馴れした野生の猿が、田畑の作物や人家の食べ物を狙って荒らし、時には人間にまで危害を加えるようになったのだ。
中でも片足の、群れをはぐれた“ハナレザル”は気性が荒く、危険視されていた。
青木保(向井理)ら町の男たちは猿害対策のための自警団を結成し、日々不毛な争いを繰り返していた。
メンバーは保の同級生で農業に従事する古谷勝(大東駿介)や地主の息子・峰岸春彦(駒木根隆介)、軽口ばかりの中年・落合秀樹(福田転球)、己を持て余す若者・林田稔(森優作)たちだ。役場勤めの箕輪茂(大倉孝二)も、申し訳程度に参加している。
保は町のためと息巻くが理解者は少なく、猿の餌になってしまうゴミの出し方や柿の木の伐採について、町内でアパートを経営する老人・片岡昭雄(平田満)に協力を仰ぐもはねつけられてしまう。
成果の上がらぬ自警団のメンバーは、佐々木幸司(赤堀雅秋)・順子(秋山菜津子)の営む居酒屋に集っては、夜な夜な愚痴まじりの飲み会を繰り広げていた。店では勝の妹・美紀(横山由依)がアルバイトをしている。
保が自警団の活動にのめり込む一方、妻の直子(田中麗奈)は認知症を患う実母・節子(銀粉蝶)の介護に明け暮れる日々に疲れ果てていた。
ささやかな日常の水面下には、誰もが不安や不満を抱えている。
それでも生きていく。それでも生活は続く。
空と海は、今日も美しく青く、そこにある。

【公演概要】
Bunkamura30周年記念
シアターコクーン・オンレパートリー2019
『美しく青く』
公演日程:
東京:2019年7月11日(木)~28日(日) Bunkamuraシアターコクーン
大阪:2019年8月1日(木)~3日(土) 森ノ宮ピロティホール
作・演出:赤堀雅秋
出演:向井理、田中麗奈、大倉孝二、大東駿介、横山由依、駒木根隆介、森 優作、福田転球、赤堀雅秋、銀粉蝶

秋山菜津子、平田満

企画・製作 Bunkamura
主催:Bunkamura テレビ東京
公演に関するお問い合わせ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00 〜 19:00)
公式サイト:http://www.bunkamura.co.jp/
取材・文:Hiromi Koh