「はごろも」~銀座の飛翔 一期一会の幻想的かつ現代的、日本の伝統とクラシック音楽の融合、そして創造。

古典芸能である能とクラシック音楽、この挑戦的な舞台が一回限り、銀座の王子ホールで上演された。演目は『羽衣』、有名すぎる作品で、能を知らなくても、この演目のストーリーは知っているという方も多くいることであろう。能は通常は能舞台で行われ、松の絵が背景になっており、そこで演じられる。しかし、ここは王子ホール、クラシックコンサートを主に行う場所である。よって音響が重視されているホールである。
最初にヴァイオリンの繊細な音色が響き渡り、それから美しいソプラノの歌声が響く。しかもホール後方の上の方から。何か天上の調べのような錯覚にとらわれる。天上と地上をつなぐポジション、幻想的な物語の導入にふさわしく、音だけで『羽衣』の世界観に引き込まれていくようだ。それから地謡、後見、笛、小鼓、大鼓、太鼓、静かにゆっくりと舞台上に。ワキ(漁師白龍)が登場し、いよいよ『本編』の始まりだ。それからシテ(天人)がゆっくりと登場する。

ヴァイオリン:篠崎史紀

シテ(天人):武田宗典

 

ストーリーはいたってシンプル、そして能自体もあらゆるものをそぎ落とした、究極的なシンプルさ。舞台は能舞台のような感じになっているが、背景に松の絵はない。ヴァイオリンとソプラノの声、それと日本独特の楽器が奏でる音楽。舞台上には何もない状態で背景はホールの壁面、これが直線的で、この線が効果的。宇宙的でもあり、またライティングによってその壁面にシルエットが浮かび上がる。これが大きくなったり、二つになったり。

視覚的に不思議な空気感を醸し出す。漁師にとっては不意に現れた天女は見たこともないような美しさ、心を奪われてしまうのだが、この照明効果と音楽と直線的な壁面の三位一体で、ここでしか見られない空間を創造する。そして衣を受け取ってからの舞がとにかく美しく、華やかでテンポもよく、ここは見所シーン。地謡、そして笛、小鼓、大鼓、太鼓。地謡は登場人物の心情を歌うのだが、この独特の抑揚、そして孤高な雰囲気のある笛の音、小鼓などの日本独特の打楽器、超自然な雰囲気を連想させてくれる。そしてヴァイオリンの旋律、ソプラノの歌、メロディーラインが抽象的で、それが作品世界の輪郭をはっきりさせるのに一役買っている。
公演の後はアフタートーク。出演者が舞台について語り合ったが、共通することは「また、やりたい」。
能は伝統芸能で未来に伝承されていくものであるが、時代に合わせて様々なチャレンジもまた、大切なこと。一回限りの公演で実験的な要素も強い作品であったが、こういった挑戦は何度でもやって欲しい。

<あらすじ>
春の朝、三保の松原に住む漁師・白龍(はくりょう)は、仲間と釣りに出た折に、松の枝に掛かった美しい衣を見つけます。家宝にするため持ち帰ろうとした白龍に、天女が現れて声をかけ、その羽衣を返して欲しいと頼みます。白龍は、はじめ聞き入れず返そうとしませんでしたが、「それがないと、天に帰れない。」と悲しむ天女の姿に心を動かされ、天女の舞を見せてもらう代わりに、衣を返すことにします。 羽衣を着た天女は、月宮の様子を表す舞などを見せ、さらには春の三保の松原を賛美しながら舞い続け、やがて彼方の富士山へ舞い上がり、霞にまぎれて消えていきました。

【公演概要】
日時:2019 年7月 23 日(火)18:00 開演
会場:王子ホール

出演:
シテ(天人):武田宗典/ワキ(漁師白龍)森常好
地謡:岡久広・山階彌右衛門・浅見重好・松木千俊・角幸二郎・木月宣行・武田文志・坂井音晴
後見:武田宗和・観世芳伸
笛:杉信太朗/小鼓:田邉恭資/大鼓:亀井広忠/太鼓:小寺真佐人
ヴァイオリン:篠崎史紀/ソプラノ: 森谷真理

[作曲]加藤昌則
[演出]田尾下哲
舞台;旅川能楽プロ/照明:大淵智徳
書:藤田雄大(王子ホールロビーにて藤田雄大展を実施)
主催:東京アート&ライブシティ構想実行委員会/文化庁

公式HP:https://www.ojihall.jp/concert/lineup/2019/20190723.html

舞台撮影:菅原康太

文:Hiromi Koh