よく知られた欧米作品の中から、声による表現でこそ描くことの出来る物語を選び、朗読劇として上演しているシリーズ、『ジキルVSハイド』、『シラノ』、『ザ・グレート・ギャツビー』と続けて上演しているが、今回はミュージカルが世界的に有名な『レ・ミゼラブル』に挑戦する。ヴィクトル・ユーゴーの小説から朗読劇版にしているので、ミュージカル版とは異なってくる。朗読劇だからこそ、描ける部分、そこがこの作品のポイントとなってくるであろう。
舞台にはフランスの国旗、ピンと張った状態ではなく、中央にはドレープ、まずはキャスト、マリウス役を除く3人の声優が登場する。音楽は美しいソプラノのコーラスから始まり、ジャン・バルジャンの独白から始まる。当時のフランスの状態、抗えないヒエラルキー、富める者はますます富み、貧しいものは貧困から抜け出せない。そんな状況をジャン・バルジャンが語る。ナポレオンと同じ年に生まれた、といい、仕事は枝切り職人、姉の子供7人を養わなくてはならなかった。仕事に溢れてしまい、売るものも底をついてしまった。八方塞がり、思わず、パン屋の窓ガラスを壊してパン1つを盗んでしまった。しかし、彼もまた空腹であったために逃げ切れず、捕まってしまった。誰もが知っている下りだ。そこで看守のジャベールと出会う。職務に忠実で真面目、規則や法律を守り、己を律する男だ。パン1切れであろうと盗んだことには変わりがない、ゆえにジャン・バルジャンが投獄され、罪を償うのはもっともだ、と考える。厳しい環境での労働に耐えるが些細なことから刑期は長引くばかり。気にかけていた姉や姪や甥の生死も定かではない状況、ジャン・バルジャンの苦しみは続いていくが、ようやく刑期が終わったのは、投獄されてから19年の歳月がすぎていたのだった。
ミュージカルや映画でよく知られている物語だが、朗読劇になると印象も変わる。細かい心情や状況をセリフで表現する。歌や群舞などはもちろん、ない。声の力だけで、登場人物や状況を語らなければならない。そしてミュージカル版では表現されていなかったエピソードが朗読劇ではクローズアップされていたりする。「ミュージカルは何度も観た」という作品ファンにとっても新しい発見がある。そして途中からマリウス役が登場し、独白、自分の生い立ちや父親のこと、苦学の末に弁護士になったことなどを語る。彼もまた、苦しい境遇であることが具体的に描かれており、それでも懸命に生きていこうとするまっすぐさを強調する。コゼットはジャン・バルジャンと一緒になってからは素直で可憐な娘に成長、そしてマリウスに恋をする。
音楽は時には雄弁に物語を後押ししたり、あるいはそっと寄り添ったりもする。また無音の時もある。照明で状況や心情を表し、また照明の当て方で後方にシルエットが大きく映し出されたりするが、この影の使い方がドラマチック。ミュージカルのような派手さはないが、じわじわと心に迫るものも感じる。登場人物もある程度整理され、シンプルに構成、ファンテーヌはミュージカルでは前半で存在感を見せて観客の涙を絞る。ここでは登場せずに語られるのみであるが、それがかえってファンテーヌの哀れさを感じさせる。またミュージカルではショーストッパー的な存在感を示すテナルディエもここでは登場せずにキャラクターが彼のことを語るのみとなっている。またテナルディエ夫妻の娘エポニーヌもここでは前半で名前のみで、具体的に登場はしない。そして原作にもあるが、ガブローシュがコゼット宛のマリウスの手紙を戦いに参加したいがためにジャン・バルジャンに渡す下りが描かれている。朗読劇という形態で、しかも2時間ちょっとという上演時間、物語をシンプルに見せて、よりよく作品の本質がわかるようにしており、そしてあくまでも原作の朗読劇化であり、ミュージカル版の朗読劇化ではない。
8月6日夜の回(ゲネプロ観劇)のキャストで拝見したが、ジャン・バルジャンを演じるは武内俊輔、バリトンの声質がキャラクターにはまり、緩急つけた演技で陰影のあるジャン・バルジャンを時には髪を振り乱し、大汗かいて熱演、ジャベール役の笠間淳は冷徹さを漂わせ、しかし、ラストの独白は熱いものが迸り、ジャベールの心が引き裂かれていく様子をしっかりと見せつける。そしてコゼット役の夏川椎菜は幼いコゼット、そして成長したコゼット、革命に倒れるガブローシュと複数役をきっちり演じ分け、マリウス役の安田陸矢は若さゆえの熱さとストレートさを若手声優ならではの初々しさを見せる。そして声のみの出演である中尾隆聖の司教、姿はなくても『いる』という雰囲気、また声が天上から聞こえてくるような錯覚を覚える。神々しさをも感じ、ジャン・バルジャンのその後の生き方を変えてしまう存在であることを改めて納得できる声、さすがのベテラン。
ジャン・バルジャンは世界に向けて憎しみを抱き、しかし司教によって大きく変わった。そしてジャン・バルジャンの行動によってジャベールは「神に辞表を提出する」と言い、自らを抹殺する。
「レ・ミゼラブル」、意味は「悲惨な人々」、ラスト、ジャン・バルジャンは「夜明けが近い」と言い残す。時代に翻弄され、ヒエラルキーに縛られ、固定概念に縛られ、それでも運命に抗おうとする人々、もちろんハッピーエンドではないが、一筋の光も感じる。そこにあるのは深い「愛(ギリシャ語では『アガペー』)」、間違いを犯しても、どんな状況にあろうとも忘れてはならないものがある。
なお、終演後、舞台セットは撮影OKとなっている。
<速報!!見逃した方へ『朗報』>
音楽朗読劇「ジキルvsハイド」
2019年10月22日・11月4日@読売ホール
2019年11月30日@神奈川県立青少年センター
音楽朗読劇「レ・ミゼラブル」
2019年12月10日〜12月15日@サンシャイン劇場
詳細はツイッターで随時確認を!:https://twitter.com/musica_reading
<シェイクスピアも!>
朗読劇「ロミオとジュリエット」
2019年12月17日〜12月22日@サンシャイン劇場
構成・演出:深作健太
<和物もいかが?>
朗読劇「源氏物語」〜奥ゆかしき恋の果て〜
2019年8月20日〜8月25日@TOKYO FM HALL
原作:紫式部
上演台本・演出:土城温美
公式HP:http://genji.rougokugeki.jp/
【公演概要】
日程・場所:2019年8月5日〜8月12日 TOKYO FMホール
原作:ヴィクトル・ユーゴー
翻案・演出:田尾下哲
音楽:茂野雅道
出演:詳細はHPにてご確認ください。
公式HP:https://les.rodokugeki.jp/
文:Hiromi Koh