劇団扉座第65回公演『最後の伝令 菊谷栄物語』万感の思い、「いい舞台を」永遠に、永遠に。

劇団扉座第65回公演は昭和初期の物語、主人公の菊谷栄蔵は1932年、ピエル・ブリヤントの松竹座進出によりレビュー作者として登場。1932年、エノケン劇団の旗揚げ公演にオペレッタ『リオ・リタ』を提供。菊田一夫を凌ぐと言われるほど才能を高く評価されていたが、1937年9月に召集を受け、青森の陸軍歩兵第5連隊に入隊、11月9日午後1時に中華民国(当時)で戦死、34歳没。あっけないが、颯爽と現れて瞬く間に去っていった一人のレビュー作家の物語。
舞台のしつらえが、いかにも『昭和』な雰囲気で赤い幕が、象徴的だ。そして開幕すると・・・・・いきなりハプニングシーン、あたふた、あたふた、劇中劇、ドタバタドタバタ、レトロかつ微笑ましい幕開きだ。そしてレビューシーン、現代のダンスシーンと違い、当時では『スピード感』いっぱいなのかもしれないが、一生懸命に微笑み、踊るダンサー、振付もこの当時ではきっと斬新だったに相違ない動き、チャールストン(1920年代にアメリカで生まれたダンス)などを多用している。戦争の足音は聞こえてきているが、彼らにはまだまだ遠い感覚。のちに『敵国』となる
アメリカの華やかなショースタイルを取り入れているあたり、そんな風に見える。そしてタップダンス、こちらもアメリカ南部が発祥のダンス、そんなことをちょっと念頭に入れておくとショーの場面が『なるほど』と思えてくる。

そんなアメリカのショーを取り入れている彼らの身辺にも戦争の影が忍び寄る。出征する坊主頭の若者、「おめでとう」と酒を交わしたりもするが、どことなく空気は晴れ晴れとしない。昭和12年9月、浅草のレビュー小屋から突然姿を消した座付き作家・菊谷栄(有馬自由)は、青森から満洲へ出兵しようとしていた。座員たちの最後のメッセージを届けようと、北乃祭(横山結衣)は故郷・青森へと向かう——。そして祭は無事に到着する。

この時代はまだまだ『横文字』が使えていたし、いわゆる『西洋』風のショーや芝居も普通にやれていた。この時代のエンターテイメントに人生をかけた人々と戦争をクロスさせる。菊谷栄の表情はどこか達観したかのような雰囲気、もしかしたら自分の運命がうっすらと見えていたのかもしれない。そんな彼を見つめる人々、津軽弁でしゃべる彼らは温かい。そしてタイムリミットが近づいてくる・・・・・・。

レビューシーンを挟み込んでの構成、この場面になると客席からはクラップも起こる。紀伊国屋ホールが昭和の浅草にタイムスリップしたかのようで、振付のラッキー池田のセンスを感じる。女性ダンサーの衣装も今や、なかなかお目にかかれないデザイン(モノクロ資料写真では見られるかも?)、カンカンなどは、もうノスタリジックであるが、よく考えて見ると当時では、かなりきわどいダンスだったかもしれない。そんな当時の最先端のダンス、さらに劇中曲は実際に菊谷栄が訳詞(「アレキサンダース・ラグタイム・バンド」(注))したり、作詞したりしたもの(「エノケンのダイナ」、「エノケンの浮かれ言葉」「エノケンの南京豆売り」など)を使用する。そしてエノケン(犬飼淳治)も登場し、観客はタイムワープすることができる。また、舞台装置の絵を描くエピソードもあり、多才な人物であったことがわかる。そして、レビューシーンだけ見ても菊谷栄が何を目指していたのか、何をしたかったのか、見えてくるが、彼の末路がわかっているだけにちょっと胸も痛くなる。戦争がなければ、もっと違っていただろうに、と思う。

浅草から世界を見つめていた菊谷栄、ラスト近く、エノケンは上演中の舞台を中断して仲間と一緒に品川駅に向かう。観客も承知で送り出す。品川駅のシーンは切なく、そして温かい。エノケンと菊谷栄の別れ、「いい舞台を」、たったそれだけに万感の思いが詰まっている。いつまでも、いつまでも「いい舞台を」。菊谷栄はエノケンだけに言ってるように見える、しかし、この言葉はその先の人々への言葉にも思えてくる。彼の精神と理想は、そうやって脈々と現代に受け継がれているのかもしれない。なお、エノケンは彼の死を惜しみ、ジャズの形で劇団葬を行ったそうである。ラスト、映し出される文字が淡々としているだけあって、いっそう彼の存在感を際立たせている。公演期間が短く、再演して欲しいと思う内容の作品であった。

(注)1911年にアーヴィング・バーリン作曲、多数のヒット曲を産んだバーリンの最初の大ヒット曲である。ジャズのスタンダード・ナンバーとしても知られる。

≪キャスト≫
岡森諦・中原三千代・有馬自由・伴美奈子・犬飼淳治・鈴木利典・鈴木里沙・新原武
鈴木崇乃・野田翔太・藤田直美・塩屋愛実・砂田桃子・白金翔太・三浦修平・小笠原彩
北村由海・小川蓮・菊地歩・山川大貴・佐々木このみ/
草野とおる(客演)/柳瀬亮輔(客演)/横山結衣(AKB48 Team8)

レビューダンサー:加藤萌朝・中山珠里・藤倉百々花・三谷あかね

【公演概要】
劇団扉座第65回公演   『最後の伝令 菊谷栄物語』
作・演出:横内謙介
<厚木公演>
厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第9回公演
2019年11月23日(土)~24日(日) 厚木市文化会館・小ホール
<東京公演>
紀伊國屋書店提携公演
2019年11月27日(水)~12月1日(日) 紀伊國屋ホール