2008年9月、十八代目中村勘三郎の“芸能の街・赤坂で歌舞伎を!”の一言から始まった「赤坂大歌舞伎」。 残念ながらコロナウイルス感染症の拡大により、4月10日中止が決まってしまった。
タイトルは『怪談 牡丹燈籠』。三遊亭圓朝の長編落語が原作、三大怪談噺の一つと呼ばれ、明治25年に歌舞伎 になって以降、これまで何度も上演されてきた人気の演目。今回は中村獅童も加わり、脚本と演出には昨年放送されたテレビドラマ版でも脚本・演出を手掛けた源孝志を迎え、原作落語にある人間模様の面白さを再発掘し、新たな解釈も加えた新作に挑戦する。男女の愛憎、富を手に入れ狂い出す人生、忠義ゆえに企んだ仇討ち・・・ 情事とサスペンスまでもが絡み合う人間の煩悩や本質を、今後の歌舞伎界を担う人気役者たちが競演!今年の赤坂大歌舞伎『怪談 牡丹燈籠』について中村七之助さんと脚本・演出の源孝志さんにお話をお伺いした。
――赤坂大歌舞伎は3年ぶりですが、この“久しぶり”の感想とこの演目を選んだ理由についてお願いいたします。
中村:もともとはTBSさんからオファーをいただきました。赤坂は料亭街でかつてはお茶屋さんもあり、『芸能の街・赤坂に歌舞伎を!』ということで2008年に「赤坂大歌舞伎」、TBS赤坂ACTシアターのこけら落とし公演で上演いたしました。この地で歌舞伎を復活させたいという願望ですね。古典もやりましたし、舞踊もやってまいりましたが、2012年に突然、父が身罷りまして・・・・その時は次の公演が決まっていたんです。しかもNY公演への足がかり的な公演でした。しかし、皆様のおかげで公演をやらせていただくことができました。その次には新作をやらせていただき、今回は3年ぶりですので、純粋に嬉しく思いますね。そしてなぜ、この『怪談 牡丹燈籠』を選んだかというのは、昨年、久しぶりに映像のお仕事が舞い込んできまして!それがNHKのBSプレミアムドラマ『令和元年版 牡丹燈籠Beauty&Fear』でしたが、僕は歌舞伎の『怪談 牡丹燈籠』しか知らなかった。これを初めてテレビドラマでやるとどうなるんだろうかと思っていました。実はこのお話をくださったプロデューサーがTBS赤坂ACTシアターの立ち上げの時の方でもありまして。父もお世話になった方ですし。また公演に毎回来てくださる、すぐにOKをしました。そこで源さんと初めてお会いいたしましたが、僕は緊張しまくって(笑)。素人のような僕を色々と助けてくださいました。監督の脚本をみて「これは面白い!」と。原作の『牡丹燈籠』の話は長いのですが、僕は「これを歌舞伎にしたら・・・・・・」って瞬時に考えて、飲んでいる時に「歌舞伎にしたら面白い」なんて話をしていたら!1年で形になった!稀有なことです!早い!嬉しいことにトントン拍子で決まりましたね。
源:七之助くんはもちろん!ね!
中村:言い出しっぺですから(笑)
――会見の時もおっしゃっていましたね。
源:中村獅童くんとお兄さんの勘九郎くんとも話して、「やりたい」っていう熱意を感じました。実は本当は脚本だけで演出するつもりはなかったんです。それが「ちょっと・・・・・」って呼び出されまして九州に公演を観に行きました。やな予感はしていたんですけど(笑)、3人から・・・・・・・。「僕は映像の人間ですから舞台は素人ですよ」「歌舞伎のことは何も知りませんよ、あなた方が助けてくれるならやってもいい」と。歌舞伎の場合は役者さん自身が演出しますし、お父様の勘三郎さんがそういうところがあり、コクーン歌舞伎は串田和美さんと一緒に作っていらしたし、そういう風にやればいいんじゃないかなと思いました。
――BSプレミアムドラマの「令和元年版 牡丹燈籠Beauty&Fear」は全部拝見いたしました。一言で言うと・・・・・凄い話!複数のストーリーが時間差攻撃でどんどんやってくるイメージを持ちました。このストーリーの複雑さ、テーマ、難しいところ、面白いところがあれば。
中村:難しいですよ〜。登場人物が多いのに役者は少数、しかし、どのキャラクターも『しどころがある』、お露ももちろんのこと、お国は悪女、お峰も悪い女、この3人の女性はどれも『しどころ』がすごくある役。
源:最初は七之助くんが演じるのは2役(お国、お峰)だったんですが、それだと『え?お露は七之助さんじゃないの?』になってしまう、早替りは大変ですが。勘九郎くんも獅童くんもやっていただく役はそれぞれ2役、しかもキャラクターが違う、そこは楽しんでやってもらえれば。
――お露は簡単に言ってしまえば一目惚れしてしまう役、「ロミオとジュリエット」のジュリエットも簡単に一目惚れしますが、ある意味、みんながよく知っている恋に陥りやすいキャラクターですね。
中村:はい。もう歌舞伎では定番の娘としての型、お露も定番ですね。お露はまだいい方ですが、会ってない人に恋するキャラクターは他の作品でいっぱいありますからね、死んでいる人の絵をずーーっと拝んでいるお姫様もいます(笑)。
――それは怖いです(笑)
中村:ですから僕の中では全然、抵抗はないんです。
――BSプレミアムドラマではお国は悪女で尾野真千子さんが演じていましたが、ちょっと可哀想なところもあり・・・・・。
中村:お国は歌舞伎の「怪談 牡丹燈籠」では全く描かれていないんですが、(ドラマを)観ていて、いい役だなと。源次郎と伴蔵は歌舞伎の場合ですと対照的。とてもいい役です。
――一人で複数のキャラクターを演じるのは着替えも大変ですね。
中村:実は着替えはそんなに大変じゃないです、裏の方々が大変(笑)。早替りを見せる感じではないですが。
――確かにキャラクターの違う女性を同じ役者がやるわけですから。
中村:歌舞伎役者は慣れていますからね。ニューヨークで兄が3役早替りをやった時は向こうの人たちにすごーくウケました。「なんでそんなにウケたの?」って聞いたら向こうではそういうのってあんまりないそうです。つまり、Aさんが着替えるのはあっても、AさんがBさんにもCさんになるっていうのはないんですよね。つまり、人格そのものが変わる早替りはないらしいんです。
――確かに欧米の演劇では聞いたことがないですね。文化、演劇の違いでしょうか。
中村:多分、江戸時代の鶴屋南北とかの作家が面白がって書いたのかも?きっとそうですね(笑)。
お客様が喜ぶし・・・・・歌舞伎の根本はそこ。下らない、バカバカしいっていうところから始まっている。
――もともと、歌舞伎は庶民が楽しむもので、ルネサンス時代のイタリアなどのヨーロッパではオペラなどの舞台芸術は王侯貴族が楽しむものだったんですよね。
中村:お能とかは確かにそうでしたね。それに対して、面白おかしくお客様に届けようっていうのが歌舞伎、だから本当は何をやってもいい。
――本当はそうですよね。
中村:何でもOK!懐が深いんです!もしも江戸時代にギターがあったら絶対に歌いますね(笑)。
――歌舞伎は旬の出来事も舞台にするいわゆる三面記事的な要素もありますね。
中村:事件の何ヶ月後にはそれを舞台化して初演・・・・心中ものとかね。
――なんでもやれる赤坂大歌舞伎は歌舞伎の根本、原点な感じがします。
中村:このメンバーだし!
――最後に締めの言葉を!
中村・源:劇場に観に来てください!
<配役>
[中村獅童 二役]
宮辺源次郎
飯島家の隣に屋敷を構える旗本・宮辺家の次男坊。
生来軟弱で放蕩者。父から勘当されるも遠縁にあたる平左衛門のとりなしで家に戻れたが、未だに部屋住みの穀潰し者。事もあろうに恩人・平左衛門の側女であるお国と密通の不義を犯す。
伴蔵
萩原新三郎の下男。いわゆる小悪党。
悪霊封じをされて新三郎に会えなくなった幽霊のお露から、新三郎宅の仏像とお札を取り除くよう頼まれる。
[中村勘九郎 二役]
黒川孝助
平左衛門に斬られた黒川孝蔵の遺児。
父の横死後、住んでいた長屋の大家に育てられ、町人として育つも武家奉公を志す。やがて、牛込に屋敷をかまえる江戸城書院番・八百石の旗本で剣の達人、飯島平左衛門を父の仇と知らずに奉公。
平左衛門から剣の手ほどきを受け、忠義を尽くす。
萩原新三郎
美男の若い浪人。
士官もせず、親の残した遺産で、なに不自由なく町家で趣味的な暮らしを送っている。幽霊となっても通ってくるお露を恐れ、新幡随院の住職・良石和尚に悪霊封じの仏像とお札をもらうが……
[中村七之助 三役]
飯島露(お露)
平左衛門の美貌の一人娘。医者の山本志丈の紹介で、美男の浪人・ 萩原新三郎と知り合い、互いに恋に落ちる。身分違いの許されぬ恋を嘆き、新三郎を慕うあまり焦がれ死んでしまうが、想いの強さから成仏できず、幽霊となって新三郎のもとに通い、逢瀬を重ねる。
お国
飯島家の奥方付き女中だったが、お露の母である奥方の死後、平左衛門の側女となった。
美貌の持ち主だが稀代の悪女。平左衛門の目を盗み、隣家の次男坊・宮辺源次郎と密通し、平左衛門を謀殺して飯島家の乗っ取りを策すが、主君に忠実な黒川孝助に見咎められ、平左衛門共々殺してしまおうと画策する。
お峰
伴蔵の女房。肚が座っているが、欲深い悪妻。
伴蔵からお露の依頼を聞き、事もあろうに幽霊に百両の報酬を要求。金を受け取ると、主人である新三郎の家から魔除けのお札を外し、仏像をすり替えてお露を手引きした。新三郎がお露にとり殺れると、悪事の露見を恐れて夫婦で栗橋宿に逃げ、お露からせしめた百両で商売を始めるが……。
[山口馬木也]
飯島平左衛門
牛込に屋敷をかまえる江戸城書院番・千二百石の旗本で剣の達人。
病死した妻との間にもうけた一人娘のお露と暮らしている。
[木場勝己 ニ役]
山本志丈
飯島家出入りの医者であり、萩原新三郎の文学の友。
柳島にて、新三郎とお露を引き合わせる。
旅の連歌師
登場人物の人生模様が織りなす因果応報を語る謎の旅人。三味線弾きとともに、あの世とこの世を行き来する。
<作品紹介>
日本を代表する怪談『牡丹燈籠』。原作は明治に生きた江戸落語の名人・初代三遊亭圓朝。 幕末の草子作家・浅井了意の手になる怪奇譚集『御伽婢子』(中国明代の怪奇小説集の中の『牡丹燈記』を翻案したもの)を元に、深川の米問屋に伝わる怪異談や、牛込の旗本屋敷で実際に起こったお家騒動を巧みに組み合わせ て作り上げた、初代圓朝の傑作人情噺。 講談や落語で語り継がれ、歌舞伎で上演され、幾度も映画化されて日本の夏を涼しくしてきたこの有名な怪談。若 侍の萩原新三郎に恋い焦がれて死んだ美貌の娘・お露の幽霊が、死後も牡丹の燈籠を下げて夜毎新三郎を訪れ、 最後はとり殺してしまう…… 「女は下手に燃え上がらせると恐ろしい」という、怖〜いお話。 日本の幽霊には足がないというのが定番ですが、お露は美しい素足に下駄を履き、カラン、コロンと夜道を忍んで来るという、実に人間的で艶めいた幽霊。 しかしこの有名な『お露・新三郎』の怪談話、圓朝作の『怪談牡丹燈籠』のごく一部にしか過ぎない。 完全版はお露の父とその忠臣、稀代の悪女とその間男、強欲な町人夫婦…… 男と女の欲と色が交錯するドロドロの人間ドラマになっている。むしろ最後には「幽霊より人間の方が怖い」と感じさせてしまうあたり、落語というよりは世話物文学の傑作と呼ぶべき名作。全二十二段、二十年に渡る長編愛憎劇。単純に勧善懲悪を諭すでもなく、人倫の道を説くでもなく、欲望に抗しきれない生身の人間の愚かさをリアルに描いていくタッチに容赦がなく、他の怪談話とは一線を画す名作と言ってよい作品。各登場人物のキャラクター造形も緻密で個性的。 歌舞伎でいう「しどころ」(演じ所)が多く、役者の魅力を存分に発揮できる原作でもある。
【概要】
赤坂大歌舞伎 怪談 牡丹燈籠
CAST 中村獅童、中村勘九郎、中村七之助 山口馬木也 木場勝己 ほか
STAFF
原作 :三遊亭圓朝
脚本・演出:源孝志
音楽 :阿部海太郎
美術 :堀尾幸男
照明 :服部基
音響 :井上正弘
衣裳 :前田文子
主催:TBS/松竹株式会社/BS-TBS /TBS ラジオ
企画協力:ファーンウッド/ファーンウッド21
製作:松竹株式会社
公式HP:https://www.tbs.co.jp/act/event/ookabuki2020/
ヘアメイク:中村優希子(Feliz Hair)
スタイリスト:寺田邦子
取材・文:Hiromi Koh
撮影:金丸雅代