劇団創立から一貫してオリジナルミュージカルの創作を続けてきた音楽座。再演をしても同じものにはせずに常に“新しい”再演を繰り返し、そのたびに新たな発見があり、何度も足を運ぶファンも多い。オリジナルにこだわる理由やVRなどの新しい手法にチャレンジする理由など創立から音楽座を支えてきた石川聖子さんにお話をお伺いし、音楽座の“確信”と“革新”に迫ってみた。
「最初に伝えたい想いや考えがあって、それをミュージカルにしたのです。どんなものをやったらウケるだろうか、と考えて作品を創ったことは一度もない」
――創立が1987年、立派な老舗の劇団ですが、創立当時からオリジナルにこだわっていらっしゃいますね。翻訳ミュージカルをやることも可能なはずなのに、それを一切やらずにオリジナルにこだわっていらっしゃる。誰もが知っている翻訳ミュージカルだと興行的に見ても経営的にも集客しやすい、例えば「ウエストサイド・ストーリー」のような世界的にヒットした作品ならPRもしやすいし、何より作品ファンがすでに存在しているわけですが、あえて有名翻訳ミュージカルを上演せずにオリジナルにこだわり続ける理由をお聞かせください。
石川:確かに外国でヒットしたミュージカルだとお客様にはわかりやすいし、みんな安心して観に来られる。興行的には間違いないですね。でも、先代の代表は最初に伝えたい想いがあって、それをミュージカルにしたのです。どんなものをやったらウケるだろうか、と考えて作品を創ったことは一度もない。自分の考えていることをミュージカルとして生み出したいから結果的に劇団を持つことにもなりましたし、そのためだけに音楽座ミュージカルをずっと創り続けてきました。やりたいことをやるためには資金が必要で、しかもミュージカルを創るにはすごくお金がかかる。しかも採算を取るのはなかなか難しい。ですから他の事業を立ち上げて、ある程度資金を持つことによって成立させていこう、と考えました。自分がやりたいことをやるからには経済的にも自分が責任を持たなければならないと思ったのです。
――とにかく伝えたいことがあるからオリジナルにこだわっていらっしゃるということですね。
石川:はい。
「舞台を観ている皆さんが感じることは千差万別、多様です。それぞれの人にはそれぞれの物語がある。だから同じミュージカルからも感じることはそれぞれなんです。これは把握しきれないエネルギーみたいなものですね。『これをなんとかして手に入れたい』と考えました」
――また、町田のアトリエでVRも実施していらっしゃり、幾つか実験的な演目をやっていらっしゃいますが、VRに関しては相当早いですよね。
石川:2017年2月にVRとライブステージを融合させた「リトルプリンス~星の王子さま~」をやりました。
――そのVRのきっかけは?
石川:現代表の相川タローが、今までのミュージカルにはない、新しいことに果敢にチャレンジすることが生き残ることのきっかけになるかもしれない、と。体感する、感動する、そこにある空気感。これをもっと視覚的に刺激を与えた時に違うエネルギーが、ひょっと出てくるのではないか、と考えてアルファコードの水野代表と話しました。水野さんに『率直に伺いたいんですが、VRっていったい何ですか?』と尋ねたところ、『空気を保存すること』という答えが返ってきました。相川が最初に見たVRは秋葉原の大通りの風景。単に車の上にVRカメラをつけて、まっすぐに走っているだけの映像を見せていただきました。その風景についての説明が・・・・・・『実はここの世界観をカメラが全部保存しているんです』と。カメラは360度撮っているので、そこに起こった全てのドラマが存在しているんです。分子レベルで言えば、何億っていうものが、この中に“物語”として存在している。音楽座ミュージカルそのものだと思ったんです。
――確かに。VRは360度ですから、そこに写っている人、車、全てに物語がある、という考え方ですね。
石川:そうなんです。舞台を観ている皆さんが感じることは千差万別、多様です。それぞれの人にはそれぞれの物語がある。だから同じミュージカルからも感じることはそれぞれなんです。これは把握しきれないエネルギーみたいなものですね。『これをなんとかして手に入れたい』と考えました。それでとにかくミュージカルとVRを掛け合わせてみようということになったんです。「リトルプリンス~星の王子さま~」は王子と飛行士の話かもしれない。しかし、主人公の周りで踊っているそれ以外のキャラクターにもそれぞれ物語がある。例えばその時に渡り鳥がどんな表情でどういう動きをしているのか、追いかけることができるのは面白い。
――町田で拝見しましたが本当に面白かったです。圧倒的な迫力で世界観が迫ってくる感じでした。
石川:ありがとうございます。ただ、技術的な問題もありますし、ゴーグルも必要ですし・・・・・・初めての試みで苦労しましたが、チャレンジしたことは大きいことだと思います。物語は多様なものであることに改めて気付かされました。一般的にミュージカルでは主人公が主観的に何かを体験し、そこに共感する物語の作り方が主流です。でも、世界はそんなに単純ではないですよね。音楽座ミュージカルにはそもそも“アンサンブル”という発想がないんです。街の人であろうと、カフェの人であろうと、皆それぞれの人生があり、影響し合って生きている。ですから一斉に踊る人、歌う人、っていう括りは一切ないんです。登場人物はみんなそれぞれの背景を持っていますから。お客様の中には主役だけではなく『あの人を追ってみよう』と思って、2回、3回と観にいらっしゃる方々も。照明は主観的な目線で入れていきますので、当たっているところにどうしても目がいきますが、実は暗めのところでも、いろいろとやっている(笑)。『それが面白い、そこを面白い』という方もいらっしゃいます。実は世の中は、世界は、それが現実だと思うんです。それをどうやって手に入れるか、というチャレンジでした。
――先ほどの秋葉原のVRですが、あれも漫然と見ていれば、『車が通って人が歩いている』ですが、よく目を凝らして見ると、『あそこにカップルがいる、リュック背負って何かを探しているオタクがいる、お上りさんがいる、外国人がコスプレして歩いているとか』多様な人々が同じ瞬間に同居している。VRだとそれが丸ごと保存されるということですね。
石川:通常の映像ですと編集者の意図が入って切り取られますが、VRは360度すべてが見える。VRという手段を得たことで、音楽座ミュージカルを通して今、表現しようとしていることについて考えるいいきっかけになりました。
——音楽座ミュージカルを通して表現しようとしていることとは?
石川:秋葉原のVRの例でいうと、そこに映っているひとりひとりが「個」として存在しながら、その瞬間の「街」秋葉原を作っている。それぞれが「個」であると同時に「全体」であるという、主観と客観をあわせ持った作品を創りたいと考えています。一見対立するもののように見えますが、実はどちらも必要でしょう。最近、「良い」とされていることが別の視点で考えると必ずしも良いこととは限らない、善悪をひとつの視点では判断できないということを誰もが感じはじめているように思います。何が正解かなんて、誰もわからない。そんな世界で生きるには、主観と客観の二つの目を持ち、もがき傷だらけになりながらも、今、この時を全力で生き切るしかない。12月から上演を予定している「SUNDAY(サンデイ)」で描こうとしているのも、そんなテーマです。
「何もしないで埃をかぶったまま置いておくと、結局作品は死んでしまいます。そういう意味合いでいくと作品が変わっていくことによってパーマネント化するチャンスが出てくる、そういうことなのかもしれないですね」
――作品を繰り返し再演していらっしゃいますが、常に違う作品に生まれ変わる。作品は変わっていくものだから、芝居の構成、見せ方、提示の仕方をも変えていくことですね。
石川:そうです、時代の中で作品は生まれますから。
――シアタークリエで「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」を2020年に上演しましたが、外部での作品上演は初めてですね。いつもの音楽座のキャストとは全く違う俳優での構成ですし、演出家も全く違う、作品の提示や見せ方に変化が生じ、意外性もあって面白い試みだと思いました。
石川:拝見いたしましたが、面白かったですね。同じ脚本でも、着目するところが変われば、これだけ話に変化があるんだなって思いました。これはすごく勉強になりました。
――残念ながら拝見していないのですが、全く同じ話なのに、同じ展開でも役者のテイストが違うから、多分、違うものを観ている感じになるのかな?と。
石川:その通りです。確かに「シャボン玉〜」ですし、脚本も音楽も使ってくださっているのですが、演出家の思想や場面の捉え方、また演じ方も全然違うので、新鮮な驚きがありました。
――それは作品のパーマネント化だと思うんです。私も先日「改竄・熱海殺人事件」と「飛龍伝2020」を拝見しましたが、「飛龍伝」の演出は岡村俊一さん。「改竄・熱海殺人事件」は中屋敷法仁さん。岡村さんはつかさんと非常に親交が深い方ですが、中屋敷さんはそうではない。中屋敷さんのを見た時に、話は確かに同じですが、よりショーアップされテンポも現代的。岡村さん演出には『つかさんだったらきっとこうするんじゃないか?』的な要素がありました。セリフに『新宿御苑』とか『桜を見る会』という言葉が出ましたが、それは最近の話。そういう時事ネタを差し込んでいくのがつかさんだから、ここは『つかさんだったらきっとそうする』的なリスペクト、そういう意味で踏襲しているのだなと。そして演出は今流行りの見せ方を取り入れていて、途中でタイトルがドーンと出てきたり、ダンスも今流行りのコリオで、よりショーアップ化されていました。この2作品を拝見して、これこそが作品のパーマネント化だなと感じました。その時代や状況に合わせた提示で知らない世代にアピールできてその結果、作品は未来に伝わるんだなと思いましたね。
石川:これは、パーマネント化なんですね。
――脚本と音楽、あとは何やってもいいよと。そうすれば使いやすいし、新しい解釈や考え方、見せ方が出てくる。
石川:新しいものが生まれます。
――芯は同じなんだけど、違うものが出てくる。
石川:そうです。
――『こういう風にしてつかこうへいさんの作品は未来に続いていくんだな』、感動しましたね。岡村俊一さんや中屋敷法仁さん、キャストさんのつかこうへい作品への愛や尊敬の念を感じました。
石川:東宝の皆さんは真摯に作ってくださったので、ありがたかったです。作品を未来に残すことは大変。何もしないで埃をかぶったまま置いておくと、結局作品は死んでしまいます。そういう意味合いでいくと作品が変わっていくことによってパーマネント化するチャンスが出てくる、そういうことなのかもしれないですね。こういう事がどんどん起きてくると、作品は未来に繋がっていきますし、作品の幅も広がる。まさにパーマネント化ですね。
――作品を広めることにもなるし、作品は未来へ続いていくという道筋、それはいろんな方法がある。そしてVRを使った新しい表現。舞台を観ていると単純な映像演出でも10年前と今とでは映像のレベルが違う、明らかにクオリティが違う。日進月歩で進んでいく技術、そういったものを駆使する方向性も未来に作品をつなげていく方法の一つではないかと思います。例えば、有名なSF作品「攻殻機動隊」に出てくる技術、光学迷彩が21世紀になってリアルにできるようになりましたが、例えば、魔法使いが出てくる話もリアルに作れますよね。
石川:リアルにね(笑)。
――消えてね、その瞬間にまた出てくるとかね。
石川:そうですね。
「作品としてクオリティの高いものにするには骨太なものを入れていかないと抽象度が高くならない。哲学や思想、そこに真実がある」
――両方が歯車として回っていくと作品が変化しつつも、残っていける。あとはビジネス的に上演権というのを持っていれば。日本2.5次元ミュージカル協会が発足したのが2014年、協会が目指しているのはディズニーのビジネスモデル。要するに上演権を貸し出す。
石川:海外含めて、ということですね。
――その上演権ですが“1ミリ”たりとも変えないというのもありますが、それとは違う、表現方法は変えてもいい、脚本と音楽だけ変えないでねっていうことですよね。それは生き残り方の一つ、もちろん、一寸たりとも変えずに脈々と作品を伝えていく考え方も“あり”ですね。
石川:そういうこだわり方もあります。日本の文化、コミケ含めて、原作があって、それをどういう風に二次創作していくか、そうやっていろんな文化が生まれているのが日本の土壌です。若い人はそういう土壌で育っていますからね。
――真逆ですよね。
石川:セットや衣裳・演出などすべてを変えずにそのままやると、もしかして当事者としてはやる気が起きないかもしれない。自分だったらこれを材料に何が生み出せるか、という条件だったらすごく張り切る、頑張れる。それは“自分ごと”になるから。真似するだけでは魂が入らないと思うし、それではつまらない。ちょっと違う物になるかもしれないけど、自分ごとになっている人間たちのぶつかり合いやエネルギー、そういうところがすごく重要だと思います。
――後世に残っていく作品とはどういうものだと考えていらっしゃいますか?
石川:いかに削いでいくかがポイントになると思います。説明すればするほど、誰かがイメージしたものをただ見るだけになってしまって、これだと残らない。それぞれが作品を観ながら自分自身でイメージする、その時はじめて自分のものになります。どのくらい説明的なものを省いていくか、ですね。重要だなって思われているセリフをガンガンカットするので、最初はみんな「エーーー」っていいますよ。社内では“カッター石川”って言われているくらいです(笑)。でも、実際に舞台になる時は演じる俳優がいて、照明や音響、そして演出が入ります。観客が言葉より深い部分で作品を感じてもらえれば価値が高いし、その方がいいんです。
――3月に「攻殻機動隊」(VR能)の会見が行われまして、『引き算で考える』と。能は究極の引き算、基本的な能の考え方ですね。引き算をして生き残れるもの、VRという最新テクノロジーを使い、アニメを題材にしても、能そのものはこれからも生き残っていくんですね。
石川:時代を超えて脈々と続いていくものを目指したいですね。作品としてクオリティの高いものにするには骨太なものを入れていかないと抽象度が高くならない。哲学や思想、そこに真実がある。観る人が嘘やチャチなものだと「共感しない」「幼稚なもの」と感じるでしょう。そこが問われると思います。音楽座ではワームホールプロジェクト(注)という独自のシステムで作品を創造しているのですが、そこでは、代表はもちろん、俳優、スタッフ問わず年齢も立場も超えた様々な人を意図的に加えて作品について話をしていきます。一見、わけがわからないことやいい加減に感じるような言葉が飛び出したりもするんですが、それがブラッシュアップさせることにとってすごく重要なんです。思いもしなかった視点が与えられますから。ワームホールプロジェクトの面白さはそこですね。この組織のあり方が一番気に入っています。
――そろそろ最後の質問に。次回作『SUNDAY(サンデイ)』は?
石川:実は、例年4、5月は企業や学校での研修でスケジュールが埋まること、5月後半から公演を予定していたことなどがあり、今回の稽古は3月にはほぼ終えている状態でした。いったん、作品は出来上がっています。でも、このコロナ禍を受けて社会はガラリと様相を変えましたし、今まで常識だったことも覆ってしまいました。緊急事態宣言が解除されてうまく公演ができたとしても、はたしてこれまで創ってきた内容で良いかどうか。作品は時代のものですから。
――いい作品ですよね。
石川:ありがとうございます。この作品は、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』を原作にしたミュージカルで、ジョーン・スカダモアというひとりの女性が主人公です。自分は正しく生きてきた、そのおかげで皆幸せに暮らせていると思いこんでいる。でも、ある時砂漠でひとりきりの時間を過ごすことになって、自分にとって都合が悪いこと、見ないふりをしてきたことに向き合うことになるんです。原作は、さすがアガサ、という心理ミステリーの傑作。普遍的なメッセージを多分に含んだ小説です。「SUNDAY(サンデイ)」はその原作を、現代を生きる自分たちの視点から読み解いて音楽座ミュージカルらしい作品にしました。初演よりブラッシュアップされていますから、もっと面白くなっていると思います(笑)。
――無事に幕が開けば、お楽しみに、ですね。
石川:それに尽きます。
――ありがとうございました。
(注)ワームホールプロジェクト:変幻自在なクリエイティブチーム。一貫して音楽座ミュージカルの脚本・演出を担う。メンバーはプロジェクトによって常に入れ替わり、異なる感性を掛け合わせることで、一見非効率ともみえる場から新しい物語を紡ぎ出す。
【公演予定】
『SUNDAY(サンデイ)』
日程・場所:
[延期]
<大阪公演>
2020年5月27日(水)13:00開演 東大阪市文化創造館 大ホール
→2020年11月12日(木)13:00開演 東大阪市文化創造館 大ホール
<愛知公演>
2020年6月17日(水)18:30開演 名古屋市公会堂
→2020年12月10日(木)18:30開演 名古屋市公会堂
<広島公演>
2020年6月25日(木)19:00開演 上野学園ホール(広島県立文化芸術ホール)
→2020年11月16日(月)19:00開演 上野学園ホール(広島県立文化芸術ホール)
<東京公演>
2020年7月23日(木・祝)〜26日(日) 草月ホール
→2020年12月19日(土)11:00/15:00、12月20日(日)11:00/15:00 草月ホール
原作:アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」
脚本・演出・振付:ワームホールプロジェクト
音楽:高田浩、金子浩介
公式HP:http://www.ongakuza-musical.com
取材・文:Hiromi Koh
舞台写真:音楽座