《座談会》「VR能 攻殻機動隊」 伝統を超えた電脳の世界へ_ 奥秀太郎(演出), 川口晃平(観世流能楽師), 藤咲淳一(脚本)

日本が世界に誇るSF漫画の最高傑作の一つ「攻殻機動隊」、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』として1995年にアニメ化され、多展開されているコンテンツ。初の舞台化は5年前、3Dを使った数ある2.5次元舞台でも画期的なものであった。演出は奥秀太郎、脚本は藤咲淳一。奥秀太郎は「次のステップへ進みたいというのはもちろんありました」と語る。それから、2016年に能×3D映像公演「幽玄 HIDDEN BEAUTY OF JAPAN」、2017年には平家物語「熊野」「船弁慶」、特に弁慶のエフェクトは斬新であった。そして2018年の3D能エクストリーム、スペクタクル3D能「平家物語」と繰り返しチャレンジ。そこから、伝統芸能 × 最新技術、VR能「攻殻機動隊」、2020年8月にいよいよ!そのベールを脱ぐ!公演について奥秀太郎さん(演出)、川口晃平さん(観世流能楽師)、藤咲淳一さん(脚本)、作品について、能についてなど貴重な座談会を行った。

――かつて3Dで「攻殻機動隊」を上演なさって、そこから能に至った経緯をお聞かせください。

奥秀太郎:5年前、当時2.5次元という形で「攻殻機動隊」を3Dを使って舞台化することをやらせていただきまして、それをやっているうちに次のステップへ進みたいというのはもちろんありました。その後、古典芸能……3Dのお能をやらせて頂く機会がありました。お客様に能面型の3Dメガネをかけていただく形だったんですが。古典と3D映像をより親しみやすい形にするということで何作品かやらせていただきましたが、そうしているうちにさらなる次元に進みたくなりまして。能についていろいろ勉強させていただくうちに、かつて僕が中学生のころから大好きだった「攻殻機動隊」とうまくコラボレーションできたら面白いものができるのではないかなと思いました。心の広い多くの方のおかげで(笑)、実現に向かっているという感じでございます。

――2.5次元作品をいくつも手掛けている藤咲さんですが、能でやるというお話を聞いたときはどうでしたか?

藤咲淳一:現代劇だったらまだ同じ言語なのでわかるんですが、「攻殻機動隊」というSFを能でやるという、“言葉の問題”をどうするか、能は古語ですからね。「攻殻機動隊」原作の持っている世界観……根底に流れている部分が日本の国創りのようなものにつながる部分もあって、そこの共通点で能の昔の語りなどが「攻殻機動隊」とマッチングできるのであったら誰も観たことがないものなので面白いのかなと思いました。2.5次元舞台のときも『どうやって立体にするの?』から始まっているので、実験的な部分と「攻殻機動隊」の懐の深さというものがうまく結びついて、誰も観たことがないものになるのだったら、チャレンジすることに関しては面白そうだしやってみようかなと。

――「船弁慶」などの古典演目と、今回のようなSF、アニメを題材にした作品を演じ比べてみての感想は?

川口晃平:3D能は、先程奥監督がおっしゃっていましたが、いわゆる映像効果を使っているものの、通常の能楽堂でやっていることとはそれほど変わりません。演じている僕らも例えばホールなど能舞台でない場所で演じるということは多々ありますし、歌舞伎座でもやったことはあります。その時はその中で“能の演技”をそのままやっていたんです。しかし、今回はまず新作です。今まで取り組んできた3D能は波であったり車大道だったり海であったりお客様のイマジネーションを肉付けしてあげるという形でしたが、今回は、全くイチから。ですからより特殊効果、映像効果を前提に“能”を作っていかなければならない。そこが難しいところでありますね。他のジャンルと違い、非常にシンプルなことしかしない芸能である“能”ですので、そこがうまく行けば、どの瞬間でもどこから観ても美しい“能”の理想とVRが絡むことによりさらに美しいものが出来上がっていくのではないかと期待しています。”100%”と”100%”のぶつかり合い。そこからさらに何百へと昇華できる“VR能”を作っていければと、我々能楽師一同は考えています。

――実際に能になった「攻殻機動隊」を観て、完全なる新作だと思いました。脚本家から見て能としての可能性についてはどう見ていらっしゃいますか?

藤咲:もともとは士郎正宗先生の原作があって、漫画からセリフを抜粋して世界観に沿った物語を構築していますけれども、その言葉が“能”のものになったときに改めて“能も懐が深い”と思いました。能は人間の心情などを語っていく伝統芸能ですから、どんなものでも形を変えれば能になる……たとえば500年先になったら現代の要素も能として演じられる可能性があるかもしれない。時代を経て、先んじてやってきたものなのだと感じました。今、まさに50年先を体感しているのではないかなと。「攻殻機動隊」が2030年くらいを設定にした物語、まさに10年後の世界を描いています。僕らが未来を先んじてみていることに能という表現を使うことは、新しい出来事を覗き見しているようにも思えるし、「攻殻機動隊」の世界観って歌自体も和っぽい要素とか、アジアの要素が入ってきている。海外のものとは違って、もともと日本にあったもの。人間や社会がどのように変わっていくのか。新しいものを見つける話なので、そこが漫画でもない、アニメでもない、“能”という形で先に進んでいる。古典ですが、そこに未来を発見するのってすごく面白いなと。

ーー以前、2.5次元の「攻殻機動隊」を観て“あの世界観も舞台になっているな”と感じたんですが、今回能になって世界観の芯はあるんだけれど、新しい世界が生まれたような感じがします。能は明治以降に作られたものを「新作」と呼んでいますが、21世紀に入って、SFが伝統芸能の新作になりましたね。

川口:VR技術はいわゆる最先端であり、能はユネスコの文化遺産になったように現存する世界最古の演劇なんですね。日本でいちばん古い、世界でもいちばん古いものと最先端のものが組むという面白さがあると思います。能というのは基本的に物語はいわゆる“スピンオフ”で、例えば平家物語に少しだけ出てくるような人物をピックアップして、その人の生死を描いていくなど、このように、物語を作る上ではかなり融通がきくんですね。何年か前にはギリシャで『ホメロス』もやりましたし。能は、今回もそうですがいろいろなものを舞台化する道具になれます。しかも能のすごいところは、ギリシャ人の演出家の方が話していたんですけれど『今の近代演劇では神様だとか、亡き人だとか、妖精といった存在を舞台上に登場させることができない。ただ、能はいま世界中にある演劇の中でいちばん洗練されているだけでなく、そういった異界の存在を舞台上に存在させることに秀でている。しかもそれが専門の』と。そういった関係から未来の存在を現代に、それも一番古い手法で降ろして登場させるということではうまくいくのではないかと、自信が我々にはあります。

――『葵上』も、小袖が葵上、つまり生霊に祟られ寝込んでいることを一枚の小袖で表現、シテは六条御息所の生霊。そういった表現が能の面白さではないかと思います。

川口:そうですね。象徴性を非常に重視しています。『葵上』は、世阿弥の時代は登場人物がもっと多かったし、大道具も使っていた。それを、この600年で登場人物を減らし洗練させていった。最終的には着物一枚で葵の上という人物を表現し、シテ・六条御息所という女性の悲しみであったり恥じらいの気持ちであったり、六条御息所の想いを抽出して観客に見せるという。そういった表現が能の得意分野ではあると思います。

――「攻殻機動隊」のヒロインの草薙素子も人間ではありませんからね。普通は結びつかないと思われる存在なのに、よくよく見ると能の表現に非常に近い存在なのではないかなと思いました。

奥:それこそが「GHOST IN THE SHELL」……素子は「GHOST」で、それこそが人間であって、周りを包む殻は人間としての部分ではない、何をもって人間とするのか……という深い意味を持つ作品だと思います。そのあたりの部分が能楽と共通した哲学のようなものがあると考えていたので、素晴らしい作品にしなくては、と日々精進しています。

――能というのは演劇ではありますが究極の引き算、あらゆる要素を削ぎ落としてテーマ性を抽出した形で昇華させるというものですが、そこが「攻殻機動隊」の世界観と実は非常に近い存在ではないか、と思いました。

川口:世阿弥が作った複式夢幻能という形がありまして、現代人が登場して、途中から物語が過去にさかのぼり現代に戻って夢が覚めて終わる、というものがあります。その逆ですよね。過去ではなく未来に行って、現代に戻ってきて終わる。今回はバトーがワキにあたりますがシテ・素子と関わっていく。僕としては能として成立するように、と考えながらやっています。

 

――現代でも古典でもいろいろな作品がありますけれど、どんなにいい作品でもそのまま放っておいていたら続いていかない。こういう形にすると「攻殻機動隊」というコンテンツも能という演劇のジャンルもともに未来につながっていくきっかけになると思います。

奥:本当に。「攻殻機動隊」という作品は今年30周年で、そういう意味では常に進化を繰り返していて未だに最先端の媒体で、最新作が上映されているように常に最新のフォーマットでやってきている作品。いつまで進化が続くのかわからないほどの作品ですよね。ここで日本の伝統芸能である能と融合することでさらにそれぞれにとって次の展開、次元に到達することができるのではないかと。僕もいちファンとしてその行く末を見てみたいなと思っていたのもあり、さらに舞台表現はお客様の反応であったりそういうところ……客席も含めて一つの作品だったりするんですよね。それがまさか新型コロナウィルスで、こんな恐ろしい時代に突入してしまって。そういった時代があるがゆえに生まれる作品もあると思うので。新型コロナウィルス流行の後の演劇や伝統芸能、3次元カルチャーの第一歩にできないかなと考えています。これがもちろん「攻殻機動隊」のすごさだと思いますが、たくさんの才能が結集したという点では感謝しかありません。必ず新しいものが見られるのではないかなと思います。

川口:時代をうつす鏡が“演劇”でもありますから、新型コロナウィルスの影響で日常が一度破壊されて、日本人の新しい生き方、ライフスタイル、考えを作っていかなくてはいけない。そこへ一石を投じる作品になっていければいいですね。新作能、コラボレーション、VR能という一つの新しいジャンルというものをぶちあげられたらいいかな、と。また、海外展開を視野に入れてみたい思いがありますね。

藤咲:「攻殻機動隊」は人間の形をしているけれど人間ではない“器”に“魂”が宿るというお話なので、そういった意味では能面の表現、ビジュアルとマッチングするのではないかなと考えていたのが最初にありました。人間の頭の中に最低限の要素だけ残して頭の上で物語を広げていくというスタイルが、創作するときのスタイルと一緒。種をまいて、頭の中で大きく広げて花を咲かせなきゃというところ。そこに「攻殻機動隊」というSFのサイバーなエッセンスだったり、サイボーグだったりするものを古典の形で、言葉を借りてどうやって昇華させていくのかということに興味がありましたし、新しい表現としてこれから生まれて海外に行ったとき、それが日本の新しい挑戦として紹介されていったら面白いのではないかなと思います。それが昔に戻るのではなく、新しさを提供することで、「スシ、ゲイシャ」じゃないけれどVR能が日本にしかできないものとして、新しいひらがなの教科書とかに出てくるくらいになればいいなと思います。能って上演時間は短いんですね。それに「攻殻機動隊」の魅力をどれだけ落とし込めるかというのが挑戦でもあったんです。一番「攻殻機動隊」では扱ってこなかった部分、原作の中で映像化していない部分を能という形では表現できるのではないかなと思っています。ちょっと原作の方から抽出してきてそれがうまく花咲かせればいいな、と思っています。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

【公演概要】
公演期間:2020年8/21(金)〜23(日)
21日はプレス向けプレビュー。
会場 世田谷パブリックシアター

原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社 KC デラックス刊)
演出:奥秀太郎 / 脚本:藤咲淳一
3D 技術:福地健太郎(明治大学教授) / VR 技術:稲見昌彦(東京大学教授)
出演:坂口貴信 川口晃平 谷本健吾他
観世流能楽師
プロデューサー:神保由香 盛裕花 / 製作:VR 能攻殻機動隊製作委員会

公式サイト:http://ghostintheshellvrnoh.com/

取材・文:高 浩美
構成協力:佐藤たかし
撮影:斉藤純二