ジャパニーズミュージカルの金字塔であるミュージカル「生きる」が満を持しての再演となる。しかも黒澤明生誕110周年の節目、今年2020年はコロナ禍で全ての人々が多大な影響を受け、現在も続いている。その中での再演には大きな意義がある。主演はミュージカルのみならず、演劇でも”レジェンド”な市村正親、鹿賀丈史。脇を若手実力派の村井良大やMay’n、唯月ふうか、そして的確な演技で定評の新納慎也と小西遼生が小説家を演じる。また助役役として山西惇が再びキャスティング。10月9日の初日に先駆けて公開ゲネプロが執り行われた。
幕あき、”市井の人々”が登場する。力強いコーラス、人々のたくましさを感じる。この作品のストーリーテラー的ポジションの小説家(新納慎也/小西遼生)が登場する。「出会いは偶然じゃない」と歌う。出会いは運命と感じることもある、そんなことを思う歌詞だ。
戦争も終わり、時代も落ち着き、高度経済成長にさしかかろうとしていた時分、主人公は平凡な男、渡辺勘治(市村正親/鹿賀丈史)、市役所の市民課長で定年も近い年齢、決まった時間に起床し、仏壇に手を合わせ、食事をして着替えて出かける。黙々と通勤し、淡々と仕事をこなして定時に帰る。息子である光男(村井良大)夫婦と同居している。光男の妻・一枝(May’n/唯月ふうか)は夫を立てつつも現代的な生活に憧れている主婦、子供もできて、古くなった家を建て替えるか、別居するか話し合っている。特別な家族ではない、ごくありふれた光景だ。
市民課に街の主婦たちがやってくる、公園を作って欲しいと。しかし、これもありそうな光景、あちこちの部署をたらい回しされる。職員たちは新しいことや面倒臭い事はしたくない、毎日をつつがなく、何事も起こらない日々を過ごしたい。そんな気持ち、状況をテンポの良いミュージカルナンバーで綴っていく。無気力な日々を送っていた渡辺勘治は体調が思わしくないので医者に行き、そこで軽い胃潰瘍と告げられる。実際には胃癌と悟り、死を身近に感じ、市役所を無断欠勤。街を彷徨い、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホールなどを巡ってみるが、だからと言って楽しいわけでもない。
突然の行動に息子夫婦は戸惑いを隠せない。そんな折、市役所の部下の小田切とよ(May’n/唯月ふうか)、役所をやめて転職しようとしていた。彼女と何度か食事をするうちに彼女の闊達さや生き方に惹かれていき、自分にも何かできるのでは?と考えるようになる、というのがだいたいの流れ。
初演と比べると展開やテンポがよりスムーズになり、キャラクターの印象も輪郭がはっきり。主人公の渡辺勘治は1幕の幕切れで歌い上げる場面、初演でも印象的なシーン、それまで無気力な毎日を送っていたが、真の意味で生きることに目覚め、キラキラと輝き出すところは秀逸、鹿賀丈史の回で拝見したが、全身で生きることの喜びを表現、その勢いで2幕の主人公の行動力へ自然に繋がっていく。
映画を見ていれば結末もわかるのだが、印象的なミュージカルナンバーの数々、観客は物語に引き込まれていく。市役所の同僚たち、助役(山西惇)、ヤクザ者、街の主婦たち、息子夫婦、彼らもそれなりに必死に生きている。2幕の渡辺勘治の”諦めない姿勢”、己のタイムリミットが近い、何かを成し遂げたい、誰かの役に立ちたい、公園を作ること、ささやかな夢かもしれないが、そこに生きることの意味や意義を己が感じることこそがまさに『生きる』。そして親子間のすれ違い、光男は急に父が変わってしまったことに戸惑い、驚き、そして反発もする。”若い女と一緒にいる”との噂を聞き、”みっともない”と思うのは誰しもがわかる感情だ。そんなごく普通の息子・光男を村井良大が好演する。ひたすら前向きで元気な小田切とよ、唯月ふうかが持ち前の明るさで演じる。また出番こそは少ないが光男の妻・一枝、May’nが家を守る良妻でありながらも、戦後の自由な空気を吸った女性らしく、夫に自分の意思を伝える役柄を品よく演じているのが印象的。また俗物の塊のような助役、山西惇が扇子を手にしながら、”清濁併せ呑むのが生きる術”と言わんばかりの役人風情、いわゆるヒール役であるが、どこか憎めない”小者”感がクスリと笑える。またアンサンブルのチームワークもよく、一人一人が個性的。小説家、締め切りが守れない、どちらかというと破滅型、だが正義感が強く根は真面目、しかもストーリーテラー的ポジション、難しい立ち位置、小西遼生が、がっちりと固める。
わかりやすいハッピーエンドではないが、主人公は本懐を遂げたわけであり、彼の人生はその幕切れ近くで輝き出した。何かやるのに時が早いとか遅いとかはない、そう思った時こそが好機、そして真の意味で『生きる』。葬式の場面では相変わらずな助役、市役所の職員たちであるが、渡辺勘治の姿に感化され、心の奥底では何かがふつふつと沸き立っているのかもしれない。ラスト、ブランコに揺られている主人公、それを見て膝を落とす息子、雪が降りしきる。日本製のミュージカル、繰り出されるナンバーの数々、しっかりとした構成。また映像が昭和のあの時代の空気を醸し出す、電柱、一般家屋、今はあまり見なくなった風景が物語の世界観を縁取る。原作に負けず劣らずのミュージカル『生きる』、シンプルなタイトルには多くのことが詰まっている。
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【10月12日(月)鹿賀丈史バースデー企画】
10月12日(月)は鹿賀丈史さんが70歳のお誕生日を迎えるにあたり、 本人にはサプライズのスペシャルカーテンコールを実施が決定。 この日のスペシャルカーテンコールのみ写真撮影OK。
【WOWOWにて特集番組が放映】
“市村正親×鹿賀丈史 『生きる』 ~激動の2020年、 このミュージカルにかける~”
https://www.wowow.co.jp/detail/171293
10月22日(木)17:35
10月23日(金)18:50
※いずれもBS1にて無料放送
▼出演者、 演出家コメント
[市村正親(渡辺勘治役/ダブルキャスト) ]
ようやく、 演劇界も活動できるようになりました。 今はその嬉しさに浸っています。
ですが油断は禁物。 キャスト・スタッフそしてお客様含め全員が、 健康に過ごして大千穐楽を迎えられるように、 徹底した予防をして乗り切りたいと思います。
お客様も、 マスクをしたままの観劇に、 会話は控えて、 とご苦労をおかけしますが
芝居の中身は2年前よりもさらに濃いものにしてお届けしたいと思いますので、 どうか劇場でのひと時を心から楽しんでください。 “どんな時でも生き抜く力”を、 お客様と共有できますように。 お待ちしています。
[鹿賀丈史(渡辺勘治 役/ダブルキャスト)]
今は人と会いにくい状況で、 思い悩む方もいるでしょう。 その中での『生きる』は初演とは一味違い、 よりメッセージ性が強くなっています。 ミュージカルですがリアリティのある歌を追及し敢えて崩したりもして。 皆様の心に訴えかけるものになっていると思います。
日生劇場には私も20代の頃から通っており、 本当に素晴らしい劇場です。 今は感染対策など、 面倒と思われることもあるかもしれません。 「ブラボー!」という声も出せないかもしれません。
ただ、 生の空間で、 我々演者とお客様との心と心はこれ以上ない程一体化しています。 これ以上の近づき方はないわけで、 観て頂ければお客様もそう思える作品になっていますので。 お楽しみに。
[村井良大(渡辺光男 役) ]
ついにミュージカル『生きる』開幕しました。
劇場に帰って来れた事、 役者として板の上に立てている事、 お客様とお会いできる事、 こんなにも幸せなことはありません。 しかし、 まだスタートラインに立ったばかりです。 無事に終わらせる事も役者としての大事な仕事。 最後まで気を引き締めて、 毎公演挑みたいと思います。
この作品は「生」のエネルギーが満ち溢れています。 お客様にはたくさん笑って、 怒って、 たくさん泣いていただきたい。 人生は喜怒哀楽。 人間の生き様全てが詰まったミュージカルです。
是非、 劇場で渡辺勘治に会いに来てください。
[新納慎也(小説家 役/ダブルキャスト) ]
演劇はその時代の情勢や感情や空気感をも巻き込んで心に響くものだと実感しています。 今の状況だからこそ感じられるモノもきっと劇場にはあります。 しかも魂の真髄に染み入るこの『生きる』という作品。 これはまさに奇跡です。 この作品で心を揺さぶられ、 今こそ劇場に足を運ぶ意義を存分に堪能していただきたいです。
[小西遼生(小説家 役/ダブルキャスト) ]
いよいよ2020年版、 ミュージカル『生きる』の公演がスタートいたしました。 劇場に入り、 ステージから広い客席を眺め、 本番のセットや照明、 スタッフさんたちが気持ちを込めて作るその一つ一つを久々に体感し、 舞台空間への愛おしさを改めて思い出しました。 小さな公園を作るというささやかな願いに残り短い命をかけて懸命に生きた渡辺の姿を、 エンターテインメントとしてのこの作品の面白さを、 いち登場人物として、 時には語り部として、 この時世に劇場へ足をお運びくださる皆さまにしっかりとお伝えしていきたいと思います。
[May’n(小田切とよ・渡辺一枝 役/ダブルキャスト) ]
前回は初めてのミュージカル出演でしたが、 この素晴らしい作品を絶対に伝えたい!という想いで精一杯努力し、 最後まで楽しく2人の女性を生きさせていただきました。
私自身、 実際にお客様にお会いできることがとても久しぶりで、 劇場に立てることにもとてもワクワクしています。
毎日色んなことがありますが、 この作品を見たあなたが少しでも、 今日を明日をワクワクできますように!
[唯月ふうか(小田切とよ・渡辺一枝 役/ダブルキャスト) ]
全員でこの日を迎えることが出来て本当にホッとしています。 初演からさらにパワーアップした作品、 各々の役が深まっています!このご時世だからこそ突き刺さる言葉や救われる言葉が詰め込まれているので、 お客様により明確にメッセージが伝われば嬉しいなと思ってます。 千秋楽までカンパニー全員で生きます!
[山西惇(助役 役) ]
先ずは、 無事初日の幕が開いたこと、 ご尽力くださった全ての関係者の皆様、 ご来場くださったお客様に心から感謝申し上げます。 2年ぶりの再演は、 宮本亞門さんを中心に、 車でいえば丁寧なマイナーチェンジを重ねて、 結果、 排気量が倍増した自負があります。 これから上演を重ねて、 更に「生きる」の世界を色濃くお楽しみいただけるよう、 精進致します。
[宮本亞門(演出) ]
今までの人生にない、 感動の初日となりました。
生きている事、 そのものが、 どれほど素晴らしい事か、 多くの人の心に届いたと思います。
演出した私が言うのもなんですが、 初演より格段に面白くなっています。
市村正親さんと鹿賀丈史さんの演技は、 奥深く見事!豪華な生オーケストラの演奏も相まって、 楽しく、 心震わせて、 幸せを生で感じられる感動を、 是非、 劇場で味わってください! お待ちしております。
【公演概要】
ミュージカル『生きる』
http://www.ikiru-musical.com/
https://horipro-stage.jp/stage/ikiru2020/
<キャスト>
渡辺勘治役 市村正親 / 鹿賀丈史 (ダブルキャスト)
渡辺光男役 村井良大
小説家役 新納慎也 / 小西遼生 (ダブルキャスト)
小田切とよ役 / 渡辺一枝役 May’n / 唯月ふうか (ダブルキャスト)
助役役 山西惇
川口竜也 佐藤誓 重田千穂子
治田敦 林アキラ 松原剛志 上野聖太 鎌田誠樹 砂塚健斗 高木裕和 福山康平
飯野めぐみ あべこ 彩橋みゆ 五十嵐可絵 石井亜早実 河合篤子 中西彩加 竹内真里
高橋勝典 市川喬之
<スタッフ>
作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド
脚本&歌詞:高橋知伽江
演出:宮本亞門
<東京公演>
期間:2020年10月9日(金)~28日(水)
会場:日生劇場
主催:ホリプロ TBS 東宝 WOWOW
後援:BS-TBS TBSラジオ
企画制作:ホリプロ
<富山公演>
期間:2020 年 11 月 2 日(月)、3 日(火祝)
会場:オーバードホール
<兵庫公演>
期間:2020 年 11 月 13 日(金)、14 日(土)
会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール
<福岡公演>
期間:2020 年 11 月 21日(土)、22 日(日)
会場:久留米シティプラザ ザ・グランドホール
<名古屋公演>
期間:2020 年 11 月 28 日(土)~30 日(月)
会場:御園座
作品公式 Twitter https://twitter.com/ikirumusical
ホリプロステージ公式 Twitter https://twitter.com/horipro_stage
ホリプロステージ公式★ https://horipro-stage.jp/
舞台撮影:引地信彦
ⓒホリプロ
取材・文:高浩美