《インタビュー》木下グループpresents「No.9ー不滅の旋律ー」演出:白井晃 (再UP)

2020年、今年は偉大な音楽家ベートーヴェン生誕250年にあたる。類い稀なる才能ゆえに波乱の人生を送ったルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。ピアノソナタ「悲愴」「月光」交響曲第五番「運命」、第六番「田園」、そして最後の交響曲である第九番まで、国も時代も超えて愛された数々の楽曲群を生み出し、多くの音楽家に多大なる影響を与えてきた。“楽聖”と呼ばれたベートーヴェンはどんな時間を生きたのか。その波乱の生涯と苦悩を新しい視点で描いた「No.9-不滅の旋律-」が再々演を迎える。主演は稲垣吾郎、表現者としてさらなる進化が期待される。共演にはベートーヴェンの秘書のマリア役で高い評価を受けた剛力彩芽、そのほか、片桐仁、岡田義徳、深水元基、橋本淳、奥貫薫、羽場裕一、長谷川初範らが集結、そして新たなキャストとして前山剛久が加わり、『テセウスの船』で天才子役と謳われた柴崎楓雅が幼少期のベートーヴェンを演じる。初演からこの作品の演出に携わっており、数多くの作品を手掛ける白井晃に初演時の苦労やベートヴェンに関する自身の思いなどを語っていただいた。

――今回三度目の上演ですが、初演時の感想や苦労した点を教えて下さい。

白井:中島さんと相談しながら台本は仕上げました。ベートーヴェンは、人類史に残る作曲家なので、その曲をどのように盛り込んで構成するかが非常に難しかったですね。後半の物語の展開から「No.9」というタイトルをつけているように「第九」が「喜びの歌」に至るまでの展開を台本とベートーヴェンの楽曲を使ってどのように構成していくかが、五年前の稽古の中でも、相当僕自身が苦労した点でした。そんな中で生のピアニストを入れたいというプランを、この作品を作る上での力にさせてもらったというのはあります。

――ベートーヴェンは音楽史に残る偉大な作曲家ですし、今年は生誕250年というアニバーサリーイヤー、NHKでも番組特集が組まれていましたよね。番組内では当時の楽器を使って、当時の人数で演奏をしていたんです。そしたら意外とテンポが今よりも早くて現代的な印象だったんですよね。

白井:こんなの不可能だっていうくらい速いんですよね。楽器編成を変えれば可能だということなんでしょうね。現ベルリン・フィルの指揮者のキリル・ペトレンコの演奏もとても速かったからそこも意識したんでしょうね。

――白井さんにとってベートーヴェンという作曲家の印象は、お芝居をする前とでは変わっているのではないでしょうか?

白井:子供のころはクラシックの勉強もしたりしていましたから、単純に偉大なイメージが強かったです。私が小学生のころは、カラヤンがベルリン・フィルの指揮をしていた時期でしたが、しょっちゅうベートーヴェンの交響曲を聞きながら指揮のマネをしたりしていました。第1楽章から歌えるくらいになっていました(笑)。なので非常に親しい音楽家だと感じてはいました。その後クラシックではなく演劇の道にすすんだので、自分がまさかベートーヴェンの世界に入るとは夢にも思っていませんでしたけれど。この作品をやるようになっていろいろ勉強はしたんですが、ベートーヴェンが芸術、音楽に対して追求する様には感銘を受けましたし、おこがましいかもしれませんが共感もします。

――主演の稲垣さんの印象は?

白井:極めて冷静な人だと思います。普段も紳士でおだやかですし。ご自分でもおっしゃっていたんです、「僕になんでベートーヴェン役を?僕は怒ったりものを投げつけたりする人ではないのに」って、笑って。だからこそ稲垣さんが外に出さない激情のようなものを作品を通してだけ出してくれればと思っていたんです。表面よりも内に秘めたるものがたくさんあって、こういうシチュエーションが与えられると、ご自分とはちょっとかけ離れたエネルギーがドーンと出るだろうなと、そういう魅力がある方だなと。いろんな役者さんがいますけれどね。普段からエネルギーがいっぱいで、一緒にいると暑苦しいくらいの人とか(笑)。稲垣さんはまったく正反対で、普段は物静かで舞台に上がると爆発するような。「こんな中身を持っていたのか」と驚きがあるし、掘れば掘るほど多彩なキャラクターが見つかる魅力的な鉱脈を持っていますよね。非日常的な自分と出会って、フィクションの中を自由かつ大胆に生きられるような気がしますね。僕は、恥じらいを持つ俳優さんの演技は信じられるんです。初演の時だったんですが、稽古場では初めは物静かで淡々とされてたのに、本番初日ではこちらが驚くような豹変ぶりでした。すでに初演再演と経験させていただいているので共有できている部分は多いですけど、今回はさらにもっと深くアプローチしていきましょうとお話ししているんです。「この表現をちょっと変えたらどうか」と細かな調整をしている段階です。外からみたら大して違わないかもしれないけど、小さなことの積み重ねで内面に大きな変化があるんじゃないかな、と思っています。

――今年はコロナで特別な年になってしまいましたけれど、どのカンパニーも演出の部分で試行錯誤しながらというところが見受けられます。今回の演出にあたって考えていることは?

白井:大幅に演出を変えるということは思っていなくて。もちろん新作の場合はいろいろ工夫をして違う観点からやってみようということはあるんでしょうけど。今は、初演再演と積み重ねてきたものを踏襲しながら、まずはそれを安全な形で稽古をし、本番を迎えられるようにしたいし、観に来られたお客様たちにも安心して「やっぱり生の舞台っていいよね」と思っていただけるようにしたいなと思っています。例えば配信などでは味わえないこと。一番気にしているのは音楽の響き方ですよね。劇場にいるからこそ味わえるピアノの音。生の音や役者の良さを感じていただけることを意識しています。初演はアップライトピアノでやっていたんですが、今回はセミコンと呼ばれる少し小さめのグランドピアノを使っています。そうするとやっぱり響きも全然違いますし。そういったところでお客様に違いを味わっていただければ。客席のことに関して言えば安心して観ていただける工夫……気づかれないかもしれませんが、俳優間の距離を持たせたりとか、舞台の張り出している部分をやめたりとか。稽古場でも無理がなく危険がないように、大きな声では歌わずにやったりしています。そして、劇場に足を運んだからこそ味わえる「体感」があるんだということをお伝えしたいなと思っています。スピーカーから出てくる音では触れられない感覚もあるんだということをね。

――演劇はその場にいて、みんなで同じ舞台を観て共感してこそではありますし。今回ベートーヴェンという音楽家を扱っているわけですから、音楽が重要になってくる。なので「生」であることにフォーカスがあたっているというか。劇場でその臨場感を味わっていただきたいというところですね。

白井:本当にそれに尽きますし、演劇がこれからどのような表現方法があるのかわかりませんが、生だからこそできることがもっともっとあるはずです。僕なんかよりもっと若い表現者の方々がこういう映像を通じての表現だとか積極的にやっていますよね。それはそれで素晴らしいことですしそういう表現が発明されるきっかけにもなる。ただ、僕はやっぱり、生身で足を運んで観劇をするものを作ってきましたし、それを積み重ねてきた人間なので、自分の使命としては劇場空間がある限り、劇場への信頼を取り戻していくことを考え続けたい。この、劇場に人が集まることによって得られるものに身を捧げたいですね……とは言っても僕の演劇人生はあと10年15年くらいだろうから、それ まで精一杯突き詰めていこうかなと思っています。

――インタビュー記事を読んで行ってみようかなという方に、メッセージをお願いいたします。

白井:やはり、この作品は、人間の生の喜びがどこにあるのか、を伝えることですので。新型コロナウィルスの感染禍があって、今みんなの心が萎縮してしまっている気がしています。何かをやろうという気持ちとか意欲が縮こまっているところがある。この作品は生きることへの喜びを訴えているだけに、この場に来てその喜びを一緒に感じていただければと思います。それに、こういう時期だからこそ、5年前に作ったときよりもこの作品の意味合いというか共感してもらえる部分が膨らんでいるように思えます。こちらは万全の対策をしている自信がありますから、劇場に向けて一歩踏み出す勇気を持っていただければうれしいなと。きっとそれに見合った感覚を劇場の外の現実に持ってかえっていただけるのではないかなと思っています。ぜひとも足を運んでください。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

<公演概要>
公演名:木下グループpresents「No.9―不滅の旋律―」
[出演]
稲垣吾郎 / 剛力彩芽
片桐 仁 村川絵梨 前山剛久
岡田義徳 深水元基 橋本 淳 広澤 草 小川ゲン 野坂 弘 柴崎楓雅
奥貫 薫 羽場裕一 長谷川初範
演出:白井 晃
脚本:中島かずき(劇団☆新感線)
音楽監督:三宅 純
[東京公演]
日程:2020年 12月13日(日)~2021年1月7日(木)
会場: TBS赤坂ACTシアター
チケット発売中
お問合せ:キョードー東京 0570-550-799
主催:キョードー東京/TBS/イープラス/木下グループ
公式サイト:http://www.No9-stage.com
2018年舞台撮影:岩田えり
構成協力:佐藤たかし
取材:高 浩美