音楽座ミュージカル「SUNDAY」人を愛せない限り、本当の人生はわからない。幸せだと思っていたものの正体は?

音楽座ミュージカル「SUNDAY」、草月ホールにて上演!12月28日から配信も!

原作はアガサ・クリスティ、メアリ・ウェストマコット名義で1944年に発表した長編小説。タイトルはウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集』第98番 (Sonnet 98) の一節(From you have I been absent in the spring)から採られている。
今年、2020年はアガサ・クリスティー生誕130周年にあたる。「オリエント急行殺人事件」も公演中、この「春にして君を離れ」はロマンス小説に分類されているが、ミステリーの要素もある。
主人公はジョーン・スカダモア(高野菜々)、生まれてからずっとクレイミンスターという田舎町に住んでいる。父は海軍の将官。ロドニーとは恋愛結婚、ジョーンは現在もロドニーが自分を深く愛していると信じている。また、子供の幸福を願い、夫や子供のことは誰よりも知っていると自負している。
舞台が始まる前にゲッコー役の広田勇二が前説を行う。ここは初演と同じであるが、かなりこなれた感がある。たいていの舞台の前説は本編と明らかに分断されているが、これはちょっと趣が異なる。前説を”歌う”、そして「自分だけは大丈夫と思ってるよね?」、そう自分だけは大丈夫、根拠のない自信は誰しもが持っている。「そして誰もいなくなった」と…。有名なアガサ・クリスティー作品に引っ掛けている。そこからすーっと”本編”に入る。
この物語の主人公ジョーンが登場する。「1938年、イングランド」とゲッコー。とかげなのだが、語り部的な立ち位置、あくまでも”的”、ここがポイント。始まってだいたい30分ぐらいで、キャラクターの考え、立ち位置、設定などがテンポよく提示される。

ジョーンはどこにでもいそうな主婦、夫に尽くしてきた、子供達もきっちり育ててきた、彼らの気持ちもよくわかっている、と思っているが、どうも様子が違う。息子は「本当の気持ちを聞いてくれない」と歌う。娘は年の差婚をする、もちろん、母は大反対するも、娘は決行し、家を離れてバグダッドに。そこから数年後、娘から便りが届き、バグダッドへ。ジョーンにとっては人生初の長旅であり、家を長い期間、留守にするのも初めて。そしてバグダッドへ行き、用事を済ませて帰る、その途中で…列車が動かなくなり、立ち往生する、というのがだいたいの流れ。

ジョーンの言葉の端々に彼女の”根拠のない自信と幸せ”が垣間見える。胸張って闊歩する。複雑な眼差しの夫、子供達。バグダッドからの帰路の途中で旧友に出会う。彼女の名はブランチ(井田安寿)、自由闊達で「人生はワインと一緒」と歌う。ここで流れる楽曲が1930年代風でダンスもジャズベースの振付で楽しい場面。「人を愛せない限りは本当の人生はわからない」という台詞が出てくる。ジョーンは家族を愛している、と自分ではそう信じている。だが、実際には?そして列車が立ち往生し、運休、しかも砂漠。ここにとどまるしかないジョーン。様々なことを思い出す。夫・ロドニー(安中淳也)、彼にはやりたいことがあった。それは農場経営。しかし、ジョーンは夫に弁護士事務所に入った方が年収もいいと諭す。結局、ロドニーは妻の言う通りにする。世間的にはロドニーは成功者であり、ジョーンはしたり顔。表面的にはいい夫婦だが、隙間風が吹く、それに気づかないジョーン。そこへゲッコーが登場し、「蜃気楼が出ている」と言う。砂漠だから…それは間違いないのだが、”いい夫婦”も実は蜃気楼のようなもの、と観客は気がつく。また、夫が弁護士として関わっている銀行家チャールズ・エドワード・シャーストン(新木啓介)。横領事件を起こして服役。妻のレスリー(森彩香)は子供を抱えて夫を待つ。「夫の失敗は妻の責任」というジョーン、彼女の”哲学”なら、レスリーはそういう評価になる。そしてバグダッドへの旅立ちの場面、回想シーン、「ねえ、あなた」と声をかけるがロドニーは振り返らない。ゲッコーが歌う「砂は零れ落ちる」と。「一人ぽっち?私が?!」とジョーン。

そして2幕、印象的なシーン、白い衣装のコロスが踊る、不穏な空気をはらみながら。ジョーンは不安な表情を浮かべる。心がざわつき、苦しむ。そして女学校時代の回想。そんな様々な回想シーンが出てくる。チャールズが刑期を終えて出所。レスリーの生き様が描かれる。ジョーンとは対照的、ここのコントラストが秀逸。ロドニーは泣く。原作ではレスリーは1930年に死去しており、故人。回る盆を歩くジョーンとロドニー、近づきそうで近づかない、ビジュアル的に二人の関係を示す。ジョーンはロドニーを追いかけるも距離は縮まらない。ジョーンの価値観、ジョーンは家族に心を砕き、良妻賢母と思っていたが、実際には異なる。観客は1幕で気づき、2幕で確信する。

2幕の終わり近く、ようやく列車に乗るジョーン。隣に座っていた老婦人が言う「また、戦いが始まるんですって」。時は1934年、つまり、第二次世界大戦の足音が近づいてきた時代。え?と思うジョーン、(第一次世界大戦が)終わったばかりではないかと思う。老婦人は続けて言う「誰もが戦うの」、現代にとっても意味深な言葉だ。帰宅してジョーンは…。最後に歌う歌、「私が終わり、私が始まる」。観客に不思議な感情と思いを湧き上がらせる。自分とは?幸せとは?人生とは?様々な考え、思い、そして感じ方、観客の数だけ、解釈が存在する。そしてアガサ・クリスティらしさ、主人公の回想シーンはあたかもミステリーの迷路のよう。舞台では、その迷路を観客が五感でたどる。最終的な着地点はどこへ向かうのか、そんなミステリーっぽい楽しみ方もできる。
初演よりもよりすっきり、スピーディな印象。公演は本来は初夏に行われるはずであったが、延期され、この時期の公演。稽古期間も長きに渡り、作品として洗練され、芸術的にもレベルアップ。公演期間は短いが、12月28日より配信も始まるので、こちらでも!

ゲネプロ後に囲み会見があった。登壇したのは、高野菜々、広田勇二、森彩香。
まずは挨拶。
「ジョーン・スカダモア役です。弁護士の夫と子供が3人いる妻です。自分のおかげで家庭がうまくいってると信じこんでる中流家庭の良妻賢母です」(高野菜々)
「ゲッコー役です。とかげです。ジョーンの影的存在、行動形態の関係役ですね」(広田勇二)
「レスリー役です。ジョーンが理想と真反対な生き方をしている女性です。人からどう思われるかよりも自分がどう思うか、起こったことをどう受け止めるかという役です」
ゲネプロの感想については
「コロナ禍の中でやる、2020年1月から稽古をして初夏にやる予定でしたが、コロナで中止になりました。1年間『SUNDAY』をやらせていただきました。この東京公演で大千秋楽になります。カンパニー一同、この公演にかける思いは大きいです。コロナの状況で、この中できてくださるお客様はありがたいです、感謝を込めてやりたいです」(高野菜々)
「予断を許さない状況で、今日、ゲネプロですが、足を運んでくださいまして、これほど嬉しいことはないです。初日が終わった気分です」(広田勇二)
「人が目の前にお客様がいる、届けられる、影響しあえる、お客様と循環する、見守ってくださる!力をいただきました」(森彩香)
初演と比べて今回は?について、
「入団して初めての主役がこの『SUNDAY』、思い入れの深い作品です。40代後半の役どころで、実年齢とは相当かけ離れてて、難しく、初演は勢いで演じさせていただいたところがあり、今回はどう深めていけるのか…初演から脚本は変わらないのですが、最後の演出が大きく変わりました。今回は結局は人は一人では生きていけない、希望とか夢とかではないですね。私たちの日常の、楽しいことだけではない中で、人はどうやって生きていくのか、この演出から希望をもらいました。ジョーンは特別な人ではなく、身近な人を演じたいと。どうしたら共感していただけるか考えてチームで話して。これが大きく違う部分です」(高野菜々)
「結構出てはいるのですが、自分から発信する役ではないです。ジョーン自身が変わっていくのを、受け止めて演じています…なんでもあり!みたいな役です(笑)。ジョーンを観察することに注力しています」(広田勇二)
「レスリー役は2回目です。2回目だからできるわけではないです…できなさすぎて『なんか、違うねー』って言われて…ダメだしとアドバイスの受けとめ方を変えました」(森彩香)
役創りに苦労した点について、記者から質問。
「全部苦労した!」と広田勇二。森彩香は「レスリーは理屈で生きている女性ではないなって。与えらえた人生にとらわれていないんですよ。やらなきゃいけない、とか誰かにそう言われたから、こうしなきゃいけないっていうのがあると一生懸命になる。やはり、もっと大きなものが自分の周りにある、宇宙がある。その中の一部でしかない。この瞬間を生きるにしかない。そういう人生を生きるっていうのが苦労した点です」高野菜々は「役創り、ほとんど日常が…」と言いかけて広田勇二が高野菜々に向かって「割とジョーンみたいな人なんですよ。でもね…」といいそこで高野菜々が「1つ思い出すと、音楽座ミュージカルっていろんなところで責任をもたせてもらえるんです。演出家がいて、その人の指示に従うというのではなく、代表が『こういう作品にしたい』という思いはあるのですが、意見を出し合えるので。全員が場を張れる、任せてもらった時に、音楽座ミュージカルをなんとかしたいっていうのが他人事にはならない。ジョーンを演じるに当たってすごく役に立っています。コロナこともありますが、全部が自分の責任になるようになったのは役創りに役にたったなと思います」
記者から前説についての質問、
「ワームという演出会議で出ました。(初演では)携帯の音を実際に出したんですが、今年は舞台上で。意外とビビります」と広田勇二。「ちっちゃなところから作品に入ってもらえる」と森彩香。「『自分だけは大丈夫って思ってるよね』っていうところ、これから始まるドラマに対する視点をもう一つ創りました」よくある前説ではないので、しょっぱなから案外、ここは見どころ。
また、配信についての質問、実は生配信ではなく収録。よって実は「TAKE◯」と数回にわたって撮り直したシーンもあるそう。広田勇二によるとこの冒頭は「冒頭は7回、撮った」とコメント。さらに「普段、見れないところが撮れているので『おお〜』みたいな(笑)」、劇場で観劇するのとはちょっと印象が変わる、らしい、すごいらしい。。没入できる。さらに森彩香によると「生の息遣いと映像の…ジョーンになったように体感できる」とのこと。年末年始の配信なので!昨今、演劇を配信というのがポピュラーになりつつあるが、この良さについては「世界中で観れる!」(高野菜々、広田勇二)、音楽座ミュージカルのインターナショナル化!計画!
最後に締めの言葉。
「この作品がコロナ禍での自分の希望でした。ジョーンが自分の目の前にある絶望を引き受けて…彼女の生き方がものすごく希望。これからも希望になるのだろうなというのを確信しました。今だからこそ様々なことを感じて生でお会いできる機会があった時に、その時の思いを聞かせていただきたい。この状況の元、劇場にきた方々に観てよかったと思っていただけるように心を込めてやりますので、よろしくお願いいたします」(高野菜々)
「この状況できていただけるのは本当にありがたいと思います!改めてお客様の前で演じることを本当に改めてありがたいと。(配信は)これを機会に広く知っていただく!良さをわかっていただけたらと思います」(広田勇二)
「ホールまで観にきていただける方、配信を観てくださる方々に、細胞も魂さえもぐわっと!震える体験をしていただけたら!音楽座を鑑賞しただけでなく、『SUNDAY』がお一人、お一人の一部になるように心を込めてお届けいたします」(森彩香)

<初演レポ(2018年)>
https://theatertainment.jp/japanese-play/20187/

【公演概要】
音楽座ミュージカル「SUNDAY」
2020年12月19日〜12月20日 草月ホール
12月28日より1月3日まで舞台映像オンライン配信。
★ご購入・ご視聴の方法はこちらから
https://eplus.jp/sf/guide/streamingplus-userguide
原作:アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」
脚本・演出・振付:ワームホールプロジェクト
音楽:高田浩、金子浩介
公式HP:http://www.ongakuza-musical.com
写真提供:音楽座
文:高 浩美