ミュージカル『GREY』インタビュー プロデューサー 宋元燮 × 作曲 音楽監督 桑原まこ

意欲的な作品を発表し続けている制作会社conSept。『深夜食堂』『いつか〜one fine day』、『Hundred Days』、『Fly By Night〜君がいた』、『サイドウェイ』など小ぶりながらも良質な作品創りを続けている。そして、2021年12月には100%オリジナルミュージカル『GREY』を上演する。全くの白紙からディスカッションを重ねて立ち上げた作品。その企画の立ち上げのこと、またミュージカルには要の楽曲創りについてプロデューサーの宋元燮さんと作曲の桑原まこさんの対談が実現した。

――企画の発端についてお聞かせください。

宋:話の中身自体を最初から決めていたわけではなく、2019年に『いつか~one fine day』という作品を上演していたときから、板垣さんと次は完全オリジナルを作りたいね、という話をしていたんです。月イチくらいは会ってネタ出しをしていて。定期的に意見交換をしながら構想を練っていた感じです。僕自身、完全なオリジナル作品を誰かにまるっとお願いしたことがありませんでしたから、お互いに興味がある分野の話とか持ち寄って、その中でテーマを探せたらいいね、と積み上げていき最終的に方向性が定まったのは去年の冬あたり、コロナの状況が再び悪化し始めたころでしょうか。

――そこから設定や脚本などが決まったと。

宋:人物設定をして、プロットを作って。それぞれ始めてから1年くらいかかりました。

桑原:オリジナルを0から作るのって本当に大変なことですよね。

宋:桑原さんに関しては、板垣さんとディスカッションしている段階ですでにお話をしていたんです。でも方向性が決まっていないからずっと待っていただいていて……。

桑原:どんどん変更されていくプロットを楽しみにしていただけなので、特に待ってはなかったですよ(笑)。

――台本はいつ頃に出来上がった?

宋:5月にベースとなるプロットが出来上がって準備稿ができたのはだいたい8月頃でした。準備稿から更に手直しをしたりして、現時点で2.5稿の状況で進んでいます。

――ということは、8月ごろに曲が作られたと。

宋:はい。最終段階のプロットの時点で既に数曲は取りかかれると桑原さんが話していたので、最初の曲があがってきたのは予想より早くて8月だったと思います。

桑原:そうですね。だいたい7月あたりに一度見せていただき、そこからまた手直しも入っていたので、作り出せたのは8月に入ってからです。でも半年前までには編成を決めないとミュージシャンは押さえられないので、あらすじだけ追って、あとは直感でミュージシャンを決めて……ということはやっていました。

宋:最初にミュージシャンを押さえるとき、こちらからも使いたい楽器の提案はしていたものの、脚本ができていない段階だったし、深くお話できることがなかったんです。

桑原:絶対この楽器は欲しいというイメージは、物語の質感によって想像できますからね。それ以外まだ情報が少ない段階では、日々の生活でアンテナを立てて過ごします。そうすると自然に閃きが。そこまで行けば話は早くて、ミュージシャンがありがたいことに順調に見つかったりするんです。

宋:あのプロットでどの方向に行こうかって決められたのはすごいですよ。

桑原:私は絶対にドラムを入れたくて。板垣さんとこれまでやってきた間柄で考えると、そろそろドラムがいるだろうなあって勝手に思っていたから(笑)。

――曲はすでに出来上がっている?

桑原:そうですね。今現在(10月)ではあと1曲を残して出来上がっている段階です。楽曲をどこに入れるかは、脚本の段階で……作家さんによっては違うかもしれないんですけれど、板垣さんは構成も全部ご自分で考えられているので「ここでこの人が歌う」と歌詞がすでに入っている状態なんです。なのでそれに合った曲を作るだけですね。同じフレーズをどこでどう使うかについては、私が台本を見て独自に判断しています。

宋:僕が過去に経験したもの、オペラですが作家と作曲家のディスカッションで構造が変わることがあったりします。何回も曲を入れ替えたりすることはありますね。個人的にミュージカルを作ったのは『いつか~one fine day』が初めてでしたが、それでも桑原さんと板垣さんのようにディスカッションをせずとも出来上がるパターンというのは珍しいと思います。

桑原:お互いにこうしたいっていう明確なビジョンがあるからかなと思います。

宋:実際に、放っておいたとしてもちゃんと話が先へ進むんです。プロデューサーが間に入って何か調整するタイミングがほぼなかったんじゃないでしょうか。呼吸が合っている感じ。

桑原:板垣さんは丁寧に構成考えられていますよね。なんでそうなるの?と疑問に感じるようなものはなかったです。読むだけで面白い台本があがってくるので信頼しています。それに聞き手のことをよく考えた言葉を使われるので、スッと入ってきます。しっかりした台本であれば、音楽も悩まず進めると私は信じてやっています。

宋:僕としては、曲が全部揃った段階でも台本と合わせて頭から通して聴こうと思っていて。僕はクリエイターじゃないので、作っているときにクリエイターの中でどう筋道が通ったかという感覚まではわかりません。なので、出演者の声になる前に自分の中に落とし込みたいんですよね。その後、出演者の声になったときの変化を体験して初日へ向かう。

桑原:作品にちゃんと向き合ってくれているってことですね。

宋:自分の中では時間かけてディスカッションして作ってもらった結果物でもありますから。稽古の段階、上演始まって初日の段階、千秋楽と3つの変化をきちんと覚えていたいんですよね。

――俳優さんの音域とかも考えられているのでしょうか?

桑原:昔は、そういうのがうまくできなかったんですよ。自分が行きたい方向へどんどん音域をはみ出してしまって。音域と作りたいメロディーを両立できるようになったのはつい最近です。それに舞台は毎日公演があるので、のどがつぶれないようになども考えないといけないですね。昔は周りが見えなくて、無理をさせてしまうメロディーを書いてしまったり、逆に低すぎてかっこよく聞こえなかったりと反省だらけでした。今は役者さんの動画を見たり、共演したことのある人であれば「この人はここが素敵だな」というところをたくさん発見するように心がけています。今回の矢田くんなら高音が本当に綺麗で、胸が締めつけられる。活かせるようにこだわりました。音域以外でイメージの話で言うと、今回は元アイドルの方が2名いらっしゃいますね。棲み分けについて板垣さんに質問したりしました。“この人が演じるこのキャラクターは正義感が強いからこういう感じで”と具体的なヒントをもらい、コード感などに反映させました。

宋:今回は、1カ月半くらいで25曲作っていただいているんです。ちなみに『いつか~one fine day』のときは19曲なので、はるかに多いですね。

桑原:『いつか~one fine day』のときは、流れるように曲が入ってきて、お芝居に集中できるような方法で書いていたんです。ですが今回は曲の力でスパイスを与えたり、次の展開に持っていったりしたいと考えていました。予定調和にならないようにというか、歌っている本人が高揚するような。むしろ、私の曲に私が驚きたかったんです。そんな、自分の枠を飛び出るような曲を書けるように頑張りました。

宋:僕も板垣さんと聴きながら「桑原さんこんな曲書くんだ」って驚いています。

――稽古はこれからということですが、実際に俳優さんが歌って見て違うなってときはあるのでしょうか。

桑原:キーを変えることはありますね。ここは動かしたくないというのももちろんあるんですが、今の段階では歌ってもらってからどっちのキーにしようか決めようと悩んでいる曲もあります。メロディーに関しても大工事はないと思いますが、気持ちや全体のまとまり的に合わないようなら変えることもあるかもしれません。

宋:キー変えるだけでだいぶ雰囲気も変わりますからね。

桑原:むしろ、今回はキーに無理がある俳優さんはいないと思います。みんな歌が上手な方ばかりですね。変えるとしたらより綺麗に響く、輝ける調を選ぶといった感じはあるのかもしれません。

宋:藤岡さんが『いつか~one fine day』のときに名言を残してましたよね。「曲によっては俳優がしんどそうに歌っている方がハマる場合もあります」って。

桑原:藤岡さんに「この曲、楽すぎますよね?」って言ったりもしました。ここは息が上がった方が役の気持ちにリンクするからって、辛いキーに変えたこともありましたね。同じ曲でも3パターンくらい藤岡さんと一緒に考えて、稽古で全部試して決めたりもしました。一緒に悩んでくださるので本当に心強い。

宋:単純にメロディーが綺麗だったり、キーが歌いやすいものだったり、耳障りよく聞こえればいいというだけではないということでしょうね。そこは歌っている人と作った人とのディスカッションで生まれる、なおかつ新作だからこそ出てくる部分というのはあるのだと思います。これがオリジナルでなかったらこうはいきませんよね。著作権的に一切いじるのは許されないことがほとんどですし。

桑原:こちらとしても試行錯誤を繰り返しながら作っていきたいのもあります。藤岡さんのように意見してくれる人ばかりだったらいいんですが(笑)。特に若い子だとやはり言えない部分もあるらしく。「ここどうなの?」とかこちらから歩み寄るようにしています。そう思えるようになったのは藤岡さんのおかげ(笑)。

 

――オリジナルはそういった柔軟な作り方ができるのが強みですね。

宋:実際、『いつか~one fine day』は再演のときに4曲くらい変わっています。

桑原:『いつか~one fine day』は、一度本番をやったから変えようって思ったのもあるんです。どうも役者の声が抜けない理由に、初演のときは千秋楽まで気づかなかったんですよね。それでキーを上げてみたり。どんなタイミングでも気づきってたくさんあるから、今回も稽古中には解決しなくて、本番中に見えてくるものもあるのかもしれませんね。

宋:桑原さんは実際に同じ舞台で弾いているからこそ、気づくんだと思いますよ。例えば実際に演奏しない作曲家で、初日と中日くらいしか観に来ないみたいなパターンだったら「今日抜けが悪かったね」というのもたまたま……ということもあり得ますし。

桑原:私が実際に弾くことを大事にしているのが、大学卒業したての頃に、たくさんの現場で稽古ピアノを担当させてもらっていたからです。稽古ピアノをしているからこそ気づくことってたくさんあるんですよ。ここは入りづらいなとか、毎回辛そうだなとか。だからなるべく役者たちと一緒にいたいというか、もしも少しだけ手を加えたらもっと良くなるところがたくさんあるのに、そこに気付けなかったら役者にも曲にも申し訳ないなーって。

――それでは、読者にメッセージを。

宋:conSeptとしては2作目のオリジナルミュージカルですが、2回とも桑原まこさんに作曲家として参加していただいています。前作『いつか~one fine day』とはまったく違ったテイストの楽曲に仕上がっていますし、彼女の持っている才能が物語の中で昇華された素敵な楽曲ですのでぜひ注目してください。そして、もちろん板垣さんの紡ぐ物語から始まる『GREY』の世界観とconSeptのmusical dramaシリーズならではの身近なテーマ性や会話劇のようなミュージカルの面白さもじっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。

桑原:いつものチームでお互いに尊重しながら、でも意見を言い合いながら、作品を作ることができています。今の段階ではまだ決定的なことは言えませんが、きっと役者さんが入ってからも信頼し合って進んでいけると思うし、私はそうやって作品を作っていきたいです。そんな愛するチームで作られる作品がどんな風に輝くのか、是非、楽しみに観に来ていただきたいです。

――ありがとうございます。公演を楽しみにしています。

<SYNOPSIS>
リアリティ番組に出演していた新人歌手が自殺した。 なぜそれは起きたのかの顛末を、 エモーショナルな楽曲に乗せて送る群像ミュージカル。
藍生(あおい/矢田悠祐)は小説家志望で構成作家。 欠員の出た番組に、 学生時代のバンド仲間shiro(しろ/佐藤彩香)を推薦する。 同じくバンド仲間だったカメラマン金銀(きらり/竹内將人)はそんな展開を喜びつつも心配げ。 番組プロデューサー橙(ともる/遠山裕介)や、 局アナの茜(アカネ/梅田彩佳)に可愛がられ、shiroはたちまち人気ものになる。 しかし番組スポンサーの一押しタレントより目立ち過ぎるという問題が起きる。
一方、 テレビ局の報道局員、紫(ゆかり/高橋由美子)はshiroに別の思いを持っていた。 彼女は三年前に交通事故で亡くした娘みどりと似ているのだ。 紫の別れた夫で、 番組を作った広告代理店の局担当、黒岩(羽場裕一)は番組存続のためshiroの人気を下げる命令を現場に下す。 皮肉なことにその責任が藍生に回って来ることで、物語は動き出す。

<出演>
矢田悠祐:西田藍生(にしだ・あおい) 役
高橋由美子:九条紫(くじょう・ゆかり) 役
佐藤彩香:shiro(しろ) 役
竹内將人:羽生金銀(はにゅう・きらり) 役
梅田彩佳:室井茜(むろい・あかね)役
遠山裕介:久世燈(くぜ・ともる)役
羽場裕一:黒岩冬一郎(くろいわ・とういちろう)役

<公演概要>
ミュージカル『GREY』
公演日程:2021年12月16日(木)〜12月26日(日)
会場:俳優座劇場
脚本・作詞・演出:板垣恭一
作曲・音楽監督:桑原まこ

ミュージカル『GREY』公式HP:https://www.consept-s.com/grey/
conSept公式:https://www.consept-s.com/

取材・インタビュー撮影:高 浩美
構成協力:佐藤たかし