松尾貴史主演 二兎社公演45『鷗外の怪談』鴎外の心情、立場、そして時代の空気。

永井愛近年の代表作の一つであるこの作品を出演者を一新して上演中!

現代では文豪として知られている森鴎外、だが、彼は実に多くの仕事をしており、多岐にわたる。軍医としての実績、陸軍省医務局長まで上り詰めており、さらに医事、文学等について啓蒙、批評、報道に努めた大ジャーナリストとしての仕事もあり、ドイツ美学の訳述と、美術審査の仕事もこなし、ヨーロッパ文学翻訳の業績、国家に責任をもつ立場からの、思想上、政治上の諸発言、晩年の歴史研究、日本の近代文学者の中でも類を見ない多面性。幼い頃から論語や孟子、オランダ語といった英才教育を施され、官立医学校に入学するためにドイツ語を習い、12歳の時に、2歳年を多く偽って、現在の東京大学医学部の予科に入学する。本科に進み、医学の勉強をする傍ら、文学を読み始め、漢詩や漢文に興味を持ち、和歌も作っていたという。陸軍の軍医部長として日露戦争に出征、40代で陸軍のトップにまで昇りつめる。一方で小説の執筆活動も続け、陸軍軍医としても小説家としても活躍するように。表現の自由を求める文学者でありながら、国家に忠誠を誓う軍人でもあるという、相反する立場を生きた鷗外。この『鷗外の怪談』(2014)は森鷗外を家庭生活の場からを描き、その内面の謎に迫った作品、ハヤカワ「悲劇喜劇」賞および芸術選奨文部科学大臣賞(永井愛)を受賞するなど、高い評価を受けている。

永井愛近年の代表作の一つであるこの作品を、出演者を一新し、7年ぶりに再演。
森鷗外役には、二兎社『ザ・空気 ver.2』(2018)で総理のメシ友である保守系全国紙論説委員を好演した松尾貴史をキャスティング。
当時としては破天荒な鷗外の妻・しげに瀬戸さおり、鷗外の前に何かと立ちはだかる母・峰に木野花、そして鷗外を権力の中枢に引き上げた親友・賀古鶴所に池田成志と、実力ある個性派俳優たちが集まり、さらに味方良介、渕野右登、木下愛華と、舞台・映像で活躍する若手俳優も二兎社に初登場する。
森鴎外の妻・しげ(瀬戸さおり)のモノローグで始まる。鴎外の書斎、当時ではいわゆる”ハイカラ”な丸いテーブル、おしゃれな椅子、机に本棚には本がぎっしり。身重、もうすぐ子供が生まれる。夫のことを「パッパ」と呼ぶ勝気な女性。鴎外の母・峰(木野花)、こちらも負けず劣らず勝気「危険な思想は書物を通して広まる」といい、鴎外にやや過干渉気味。当時は紙、つまり新聞や雑誌が主たる媒体で、そこから情報を得ていた。嫁と姑、登場しただけで「夫の鴎外は苦労しただろうな」と察しがつく。ここには、実にクセのある人物が出たり入ったり。森鴎外を”先生”と呼ぶ永井荷風(味方良介)、親友・賀古鶴所(池田成志)、弁護士で文芸雑誌「スバル」を発行した平出修(渕野右登)、女中のスエ(木下愛華)。

ちなみにスエのみが架空の人物で、あとは実在の人物である。1幕では、森鴎外を取り巻く人々の関係性や性格がよくわかる。永井荷風は森鴎外を生涯、師と仰ぎ、森鴎外もまた、永井荷風の才能を認め、荷風が主宰する雑誌「三田文学」の刊行を後押しするなどした。そんな関係性が1幕で見てとれる。賀古鶴所は森林太郎より7歳年長だが、何らかの理由で進級が遅れ同期卒業となり、寄宿舎では同部屋だった。年上だが同期、頼れる間柄、また森鴎外を軍医に進めたのも賀古鶴所と言われている。そして平出修、1910年に鴎外から一週間にわたって無政府主義と社会主義に関する講義を受けたと言われており、大逆事件の弁護人を務めている。これらの人物が鴎外の書斎に出たり入ったり。そして彼らと鴎外の生き方の違いもそこはかとなく見えてくる。また森鴎外の過去、処女作の『舞姫』の主人公は鴎外自身と言われている。鴎外は1884年、派遣留学生としてドイツへ旅立つ。ベルリンなどに4年滞在したのち帰国。処女作『舞姫』、森鴎外のことはよくわからなくてもこの作品のタイトルは知っている、という人は多いと思う。この『鴎外の怪談』にもエリスの影がちらつく。しげとの約束を果たせなかった下りでは、しげが「裏切り者!」と叫び、鴎外「……」。そんなこんなが1幕では描かれ、2幕では大逆事件が描かれる。大事件なので、もちろん号外が出る。不穏な空気が流れ始める時代、1911年の1月のこと。永井荷風は森鴎外に言う「言論と思想の自由を」と。森鴎外は二つの顔を持つ。一つは文豪・森鴎外、もう一つは軍医である森林太郎。1907年にはすでに陸軍省医務局長(人事権を持つ軍医のトップ)に就任している。自分の立場と自分が信じる、信じたい思想。「でたらめな裁判」という言葉も飛び出す。事件と直接無関係な社会主義者多数を巻き込んだ。この舞台では鴎外が欧米諸国との違いを嘆く。ここから、いわゆる「冬の時代」に突入する。森鴎外、永井荷風は事件を風刺する作品を書いており、この物語には登場しないが、石川啄木はこの事件の本質を見つめ、社会主義の研究をしている。
家人である鴎外、そして小説家、陸軍軍医、その狭間で苦悩する鴎外。時折、細かい笑いを挟みつつ、そこはかとなく”闇”を浮き上がらせる。キャストも揃い、松尾貴史が後半は苦悩をにじませる。若手の活躍、池田成志、木野花といったベテランがしっかりと脇を固める。タイトルは『鴎外の怪談』、幽霊は出ない。様々な意味を含む”怪談”うすら寒い、怖い話とでも言うのだろうか。この事件から100年以上が経過、多くのテーマを内包、東京公演は12月5日まで。そのあとは年内は、長野、山形、滋賀にて公演、年明けからは兵庫、山口、静岡、愛知、北海道を回る。詳細はHPを。

<公演概要>
[日程・会場]
<東京公演>
2021年11月12日~12月5日 東京芸術劇場シアターウエスト
(東京芸術劇場との共催)
<全国ツアー>
2021年12月16日~2022年1月24日
長野、山形、滋賀、兵庫、山口、静岡、豊橋、北海道で公演予定
[配役]
森林太郎…松尾貴史
森 しげ…瀬戸さおり 永井荷風…味方良介 平出修…渕野右登 スエ…木下愛華
賀古鶴所…池田成志 森 峰…木野花
[スタッフ]
作・演出:永井 愛
美術:大田 創/照明:中川隆一/音響:市来邦比古/衣裳:竹原典子/ヘアメイク:清水美穂
公式HP:http://www.nitosha.net

撮影:本間伸彦