『ミュージカル「手紙」2022』 インタビュー 脚本・作詞 高橋知伽江

本作品は東野圭吾の小説「手紙」(文春文庫刊)を原作としたオリジナル・ミュージカル。原作は2001年から2002年まで毎日新聞の日曜版に連載され、2003年に毎日新聞社から単行本が刊行された。発行部数は2019年時点で約250万部。2006年に映画化され、2018年にテレビドラマ化された。
舞台化は2008年、それから2016年、2017年にミュージカル版が上演され、2018年、2019年に中国・上海で上演された。
そして、今年、再び3月に上演。演出は藤田俊太郎が続投、キャスト陣は兄の罪によって加害者家族への差別に苦しむ弟・直貴に村井良大、弟のために強盗殺人を犯す兄・剛志はspi。そのほか、直貴に思いを寄せる女性・由実子には第74回カンヌ映画祭で4冠を獲得した映画「ドライブ・マイ・カー」でヒロインを演じた三浦透子。また、直貴のバンド仲間にはメンバー全員が楽器を演奏できるジャニーズJr.のグループ、7 MEN 侍中村嶺亜、佐々木大光、今野大輝、直貴の恋人・朝美は青野紗穂。脚本・作詞は『生きる』や『バケモノの子』を手掛けた高橋知伽江、作曲・音楽監督・作詞は本作で第24回読売演劇大賞上半期スタッフ賞ノミネートの深沢桂子
この作品の初演から脚本・作詞を手掛けている高橋知伽江さんのインタビューが実現、作品誕生から、今回の見どころなどを大いに語っていただいた。

――お話が遡って恐縮です。『手紙』という作品をミュージカルにしようと考えた経緯は?

高橋:最初に山田孝之さん主演の映画を観たんですけれども、観終わった瞬間、それこそ恋に落ちたかのように「絶対これはミュージカルにしなくては」と思ったんです。その段階で何故か、ということをはっきり考えていたわけではありませんが、誰にでも起こりうる話であり、ある日突然、ガラッと人生の色が変わってしまう普通の人たちを描いていることに衝撃を受けたのだと思います。「差別はいけないことだ」というテーマの作品はよくありますが、この原作では「差別は当然だし、それをこの世から完全にはなくせない」と突きつけられた問題に対して、もがきながら考えていく。偽善とか不誠実な感じが一切ないところに惹かれたのかもしれません。
そして、ストレートプレイでなくミュージカルにこだわったのは、この作品の中で「音楽」が希望の象徴として描かれているからです。弟・直貴がずっと差別されている中で希望を見いだせたのはバンド活動です。好きな音楽があれば生きていけるかもしれないという微かな希望。しかも兄弟の心の中、奥底に流れているのはジョン・レノンの『イマジン』(注1)、すなわち本当に差別のない世界を歌っている歌です。この作品の中には常に音楽が流れていると感じたので、ストレートプレイでは表現しきれないんじゃないか、と思いました。さらに、この原作が持つリアルなテーマをストレートプレイで描くと、セリフ一言一言がダイレクトに入ってくるからどうしても重いものになってしまう。ミュージカルであれば歌やダンスが入ることによって、観る方にとっても受け止めやすいかなと考えました。

――確かに、ストレートプレイだと観る側には重い題材かもしれませんね。映画から入ったということでしたが、原作で最も印象に残っているのは?

高橋:やっぱり、ラストが一番印象に残っているでしょうか。ミュージカルでも最後のシーンをどうするか、試行錯誤しました。初演と再演でも終わり方を変えています。今回も少し手を加えているんです、最後のシーンは。このミュージカルでは、希望を持てるシーン、「心が清々しくなる部分」を最後に持ってこようねと作曲家の深沢さんと話し合っていました。原作の東野さんは「最後について、僕はもうあれ以上は書けなかった」という趣旨のことをインタビューでおっしゃっていましたが、やはり悩まれたのだと思います。すごく難しい問題だけれど、その重さと一緒に沈んでいくのではなく、そういうことがありつつも生きていくんだ、と希望がある方を表現者として守りたかったですね。

――さて、今回は3回目の上演ですが、何か手を加えたところはございますか?

高橋:2つあるんですが、音楽面がすごく充実している点がひとつ。舞台の上でミュージシャン7人が生演奏します。11人のキャストに対して7人のミュージシャンとめちゃくちゃ贅沢。かつ新曲が2曲入りました。ライブのシーンで、直貴が最初にあこがれる朝美の歌と、彼が参加するバンドと、両方とも新曲を用意しています。また、直貴が入るスペシウムというバンドを演じるキャストが今回は7 men 侍というリアルバンド。そこにリアリティがあるんですよね。もちろん、演奏のレベルもかなり高くなっていますから、音楽面が非常に充実しているといえるでしょうね。

――リアリティが一段高くなっているということですね。

高橋:はい。今までバンドメンバーを演じたキャストの中には、楽器演奏が初めてという方もいらっしゃいましたが、今回は日ごろからバンドとしても活躍しているメンバーです。そこに直貴が加わってどうなるか、というのも見どころではないかと。ちなみに演出の藤田さんもバンドやっているので、そこもリアルですよね。

――そうした新しいキャスト陣もいる中、三浦透子さんはミュージカル初出演。

高橋:そうですね。初出演とはいえ、いい声をしていらっしゃいますよ。今までのヒロインとは違うタイプですね。

――村井さん、spiさんなど他のキャスト陣についてはいかがでしょうか。

高橋:藤田演出の特徴ですが、稽古場でのディスカッションが多いんです。皆さん、それに対しての熱意がすごくて。この作品について全力で取り組もうという意気込みが伝わってきます。ベテランの人たちはグイグイ引っ張っていますし、三浦さんや7 MEN 侍さんたちなど若い方たちもそれについていこうとしている。時代やその空気みたいなものを理解しようとがんばっていらっしゃいます。
今回の公演での変更点の二つ目は、時代設定を明確にしたことです。初演と再演のときにはいつの出来事なのかという設定を明確に表現していなかったんですね。でも再演から5年経ってみて、世の中の状況がその頃より悪くなっているというんでしょうか、SNSでも他者への差別発言が増えたり、かなり過去の言動を蒸し返されたり、一度押された烙印はいつまでも消えない…そういう時代になっているなと感じました。今回上演にあたって、そういう社会との関係性をどれくらいUPDATEするのか、演出家やプロデューサーと考えました。みんながマスクして出てくる案もありましたが、やっぱりそれはやめようということになり、小説が書かれた時期と作中の事件がほぼ同じ頃に起きたという設定にしてみてはどうか、ということになりました。そうしたら面白いことに、最初に殺人事件があったのは1999年、最後が2011年になったんです。1999年って、ノストラダムスの大予言(注2)で世界が終わるとされていた年。最後の2011年は、東日本大震災があって、そのダメージからなんとか立ち直っていこうねという年だったんですよね。ノストラダムスから「がんばれニッポン」で終わる時代設定を台詞でもわかるようにしています。それが今回の公演の特徴ですね。

――ほかの作品ではSNSの書き込みを映像で出すといったような演出、作品の時代背景をUP TO DATEすることがよくありますが、この作品については変えないほうがふさわしいかなとも感じました。

高橋:そうですね。それと稽古を見ていて思ったんですが、時代設定を過去にしているにも関わらず、やはり現代が見えるんです。剛志と直貴の兄弟の生き方から、ほんとうに貧しくて、誰にも助けを求められない現代の若者が見えてくる。コロナでバイトがなくなって、学校にも行けなくて、友達とも遊べない。そうした孤立した若者像そのものです。直貴の勤め先の社長が「人は人との繋がりで生きている」と彼をさとすんですけれど、それをしみじみと感じているのは実はここ2年くらいを生きてきた私たち。完全に「今」が見えるんですよね。すごく不思議な気持ちです。

――物語が持つ普遍的なテーマも、そこに絡んでいるのかもしれません。そろそろ時間が来てしまいましたが、最後にメッセージを。

高橋:ミュージカルというものに対して固定観念がある人も多いかもしれません。ファンタジーが多いとか娯楽性を重視したものとか。そうした考えをお持ちの方であれば、この『手紙』は目からウロコが落ちるような作品だと思います。初演のときは原作や実写映画ファンの方から「これがミュージカルになる?!」と苦笑や嘲笑まじりでたびたび言われましたし、開幕時には席が埋まりませんでした。でも開幕後、短い公演にも関わらず口コミで評判が広まって、あっという間に満席になりました。それほど話題になるくらい既成概念を打ち破ったのだと思います。ミュージカルは食わず嫌いの方にもぜひ観ていただきたいなと思います。一方で、娯楽性の高いミュージカルが好きな人も、ボーイ・ミーツ・ガールみたいなお話も含まれていますので、楽しめる作品ではないかなと思います。また、作品のテーマが、社会派というか、決してよその世界のことではなく、いつ自分に起こってもおかしくないドラマなので、緊迫感というかスリルがありますね。観た後は誰かに語りたくなる舞台です。今回3回目の上演ということで、細かいところまで見直していますし、特に充実した音楽の部分はぜひ体感していただきたいなと思います。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

(注1)1971年に発表されたジョン・レノンの楽曲。ジョンのソロ時代のアルバム『イマジン』のタイトル・ナンバーで、ジョンのソロ作品の中では極めて人気が高い。国家や宗教や所有欲によって起こる対立や憎悪を無意味なものとし、曲を聴く人自身もこの曲のユートピア的な世界を思い描き共有すれば世界は変わると訴えかけている。多くの人々に愛唱されてきているが、共産主義的思想という批判もあり、時にはラジオやテレビなどで放送禁止になったりもする。
(注2)1973年に祥伝社から発行された五島勉の著書。フランスの医師・占星術師ノストラダムスが著した『予言集』(1555年)に説いて彼の伝記や逸話を交えて解釈するという体裁をとっていた。その中で1999年7の月に人類が滅亡するという解釈を掲載したことにより、公害問題などで将来への不安を抱えていた当時の日本でベストセラーとなった。日本でのノストラダムス現象の幕開けとなった著作であり、オカルトブームの先駆けとなった。1974年には同名の日本映画『ノストラダムスの大予言』という映画も制作・公開。前年に公開された『日本沈没』の大ヒットを受けて東宝が製作した作品。

<あらすじ>
この世界に たった二人だけの兄弟 どんな時も 二人で生きてきた。
弟の進学費用のために空き巣に入り、強盗殺人を犯してしまった兄・武島剛志。高校生の弟・直貴は唯一の肉親である兄が刑務所に15年間服役することになり、突然孤独になってしまう。兄が殺人を犯した事実はすぐに広まり、加害者家族となった直貴に向けられる周囲の目は一変した。高校卒業を控えたある日、直貴の元に服役中の兄から1通の手紙が届いた。それから月に一度、欠かさず手紙が届くようになる。兄からの手紙には獄中での穏やかな生活が書かれている一方、直貴は「強盗殺人犯の弟」という肩書により、バンド・恋愛・就職と次々に夢を奪われ苦しみ続けていた。年月が経ち家族を持った直貴は、ある出来事をきっかけに、ついに大きな決断をするのだった。
<概要>
公演名:ミュージカル「手紙」2022
原作:東野圭吾「手紙」(文春文庫刊)
脚本・作詞:高橋知伽江
作曲・音楽監督・作詞:深沢桂子
演出:藤田俊太郎
出演:村井良大、spi、三浦透子、
中村嶺亜(7 MEN 侍 / ジャニーズJr.)、佐々木大光(7 MEN 侍 / ジャニーズJr.)、今野大輝(7 MEN 侍 / ジャニーズ Jr.)、青野紗穂、
染谷洸太、遠藤瑠美子、五十嵐可絵、川口竜也
ミュージシャン:村井一帆(pf)、えがわとぶを(Bass)、萱谷亮一(Perc)、中村康彦(Gtr)、古池孝浩(Gtr)、 土屋玲子(Vln)、日俣綾子(Vln)、三葛牧子(Vln)
日程・会場:2022年3月12日(土)~3月27日(日) 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
主催・企画・製作:サンライズプロモーション東京 / MY Promotion / スペースポンド
公式HP:https://tegami2022.srptokyo.com
公式ツイッター: @tegami2022
取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし