『わが友ヒットラー』は、三島由紀夫の戯曲、全3幕。アドルフ・ヒトラーが政権を獲得した翌年に起こした突撃隊粛清(レーム事件、長いナイフの夜とも言われている)を元にした作品。1968年に文芸雑誌『文學界』12月号に掲載、初演は翌年の1969年1月18日、劇団浪曼劇場第1回公演として紀伊國屋ホールで上演された。
ヒトラーに厚い友情を抱いているナチスの私兵・突撃隊幕僚長のエルンスト・レームと、全体主義の移行のために「中道」姿勢を国民に見せておく必要から極右のレーム処分を考えるヒトラーとの対比を会話劇で描く。
物語の舞台は1934年6月30日夜半の「レーム事件」前後のベルリン首相官邸の大広間。登場人物は、アドルフ・ヒトラー、エルンスト・レーム、シュトラッサー、グスタフ・クルップの実在人物の男性4人。
2021年6月に緊急事態宣言の発出を受けて中止となった舞台『わが友ヒットラー』リベンジ公演、一部キャストを入れ替えて2022年3月にようやく上演、演出の松森望宏さんのインタビューが実現した。
ーーこの作品を選んだ理由。レーム事件が背景になっていますね。
松森:この『わが友ヒットラー』は実は2021年1月に上演予定でありました作品で、ご存じの通り当時は新型コロナウイルスの影響によりお正月から緊急事態宣言が発出され、公演を継続することが困難になってしまい延期となりました。その時2022年3月に公演の延期を決めまして、満を持してのリベンジ公演となります。
CEDARというユニットは古典作品を中心に上演していこうというコンセプトがございまして、名作ではありますがなかなか上演機会の少ない作品を選び上演してきました。過去にアメリカの作家(夜への長い旅路/オニール作)、ドイツの作家(群盗/シラー作)、フランスの作家(建築家とアッシリア皇帝/アラバール作)、ロシアの作家(悪霊/ドストエフスキー原作)などを上演してきましたが、そろそろ日本人作家の作品を正面から取組みたいという思いがありまして、その時には絶対に三島由紀夫作品をやりたいと思っていました。僕自身学生時代から三島作品にはふれており、2020年は三島由紀夫没後50年でもありましたため、そういった思いからもチャレンジしてみようと企画いたしました。僕は以前三島由紀夫の戯曲『熱帯樹』という作品を演出したことや、演出助手で『朱雀家の滅亡』(新国立劇場)という作品にも携わったことがありましたので、三島作品を今回上演することができるのは非常に熱い思いを持って取り組んでおります。
2022年現在、国際情勢は日に日に緊張感が増してきています。世紀の怪物アドルフ・ヒトラーを今回題材にすることになり、否が応でも現在の国際情勢との関連性を見出してしまいます。しかしこの『わが友ヒットラー』という作品は、政治的な側面を描いた作品だけではなく、三島由紀夫の私戯曲として捉えるべきであると僕は思っております。
本作はアドルフ・ヒトラーが、ナチ党突撃隊幕僚長であり友人のエルンスト・レームと、ナチ党左派のグレゴール・シュトラッサーを粛清し、党内の反乱分子を一掃した歴史的事件【長いナイフの夜(レーム事件)】を下敷きに書かれています。三島由紀夫がこの戯曲を執筆したのは1968年。この年は三島由紀夫の私設自衛隊「楯の会」が結成された年でもあります。この「楯の会」に対する三島由紀夫の想いが色濃く戯曲に反映されているように僕は感じています。劇中登場するアドルフ・ヒットラーはまさに三島由紀夫そのもの、エルンスト・レームは楯の会や森田必勝になぞらえているのでしょう。劇中レームが誓う「ヒットラーに対する絶対の信頼」は、三島由紀夫が楯の会に願った「魂からの忠誠と信頼」であり、その想いの果てはいつか破滅するという予感をこの作品に託しているように思えます。『わが友ヒットラー』執筆の2年後、1970年に三島由紀夫は市ヶ谷で割腹自殺を遂げました。
ーーレームはまさか自分が粛清されるとは全く思ってなかった様子で、1幕ではヒトラーと意気揚々と喋ってたり、「大統領になって欲しい」と言ったりしています。しかし、ヒトラーの反応、またシュトラッサーとクルップ、それぞれの思惑がほんのりここで見える気がします。2幕ではヒトラーとレームが2人でコーヒーを飲んでたり。シュトラッサーは2幕になるとヒトラーのことがわかっていた発言。レームにヒトラーを追い出してレーム自身が党首になるようにいい、また2人とも死ぬともいいますね。3幕はクルップとヒトラーの会話、この時点では2人(レームとシュトラッサー)は粛清されています。このヒトラーを含む4人の関係性について。
松森:この物語の登場人物は4人。ヒットラー、レーム、シュトラッサー、クルップです。
彼ら4人は実に複雑な立場にある人物たちです。三島由紀夫がこの4人を設定して戯曲を創作したことは、見事というほかはないでしょう。ナチ党にはもっとたくさんの関連人物がいますから。
アドルフ・ヒットラーは私たちもよく知るナチス・ドイツの総統です。彼はいま首相の地位にあり、大統領の座も狙っています。レームは、ナチスの党の警護から始まった自警集団「突撃隊」のトップである幕僚長です。シュトラッサーはナチス内ではナンバー2の地位を確立していましたが思想がかなり左寄り(共産主義)のためたびたびヒットラーと対立し、ついには離党してしまいます。クルップは、工業地帯エッセンで大重工業企業のクルップ社のトップに立つドイツ経済界実業界の領袖です。
ヒットラー内閣の危機が訪れているところから作品は始まります。その原因は、友人レームの突撃隊です。党内でヒットラーが絶対的な地位を手に入れるためにはトラブル解消が必要不可欠なことでした。このヒットラー最大の友人レームが親友であるために、ヒットラーは引き裂かれていきます。
ーー見どころは?俳優陣について、また、現在の稽古の様子など。
松森:今回稽古は会話劇ということもあり、非常に濃密で集中力の高い稽古を行っております。立ち稽古の前には必ず一度相手の目を見てセリフを言い合います。相手から確実に感情をキャッチするエクササイズを行っています。段取りや立ち位置などはこの舞台の場合あまり重要ではなく、一番大切なのは相手役から熱量を受けとり、その場で起こった感覚で返していくという、演劇に必要なとても根源的なところから稽古を進めています。正直言うとそれ以外必要ないと思ってしまっているほどです(笑)。
ヒットラーを演じてくださいます谷佳樹さんは、いつも集中力を高め相手とのセッションを全力で楽しんでいます。レーム役の君沢ユウキさんは、男らしい荒くれの側面と心優しい慈しみ深い側面を自在に織り込み役に深みを持たせてくれます。シュトラッサー役の桧山征翔さんは、策謀家でキレのあるシュトラッサーという難易度の高いキャラクター創作を苦しみながらもガラス細工のようの繊細に立ち上げてくれています。クルップ役の森田順平さんは、どっしりと構え、つねにヒットラーを掌握・翻弄してくださいます。静謐な会話劇ではありますが、各人の思惑や熱量を十分に帯びている稽古となっておりますので「これぞ演劇!」というような作品をお客様にお届けできるのではないかと思っています。毎日新たな発見の連続で稽古がとても充実しています。
ーー最後に読者に向けてメッセージを。
松森:およそ50年前に書かれた文豪三島由紀夫の熱い思いが、いま僕たちの稽古場で、2022年現在の感覚で蘇ろうとしています。激突する演技バトル、魂の叫びが、いまのコロナ禍で弱ってしまった心を勇気づける、そんな作品に仕上げたいと思っております。
現在のコロナ禍や国際情勢など、未来を生きていく私たちには課題が山積しています。しかし、私たちは同じ過ちを繰り返さぬために、歴史に学び、歴史を見つめ、断固たる決意をもって前に進んでいかなければならないのでしょう。猛烈な演技バトル、ぜひ劇場でご体験ください。
ーーありがとうございました。公演を楽しみにしています。
INTRODUCTION
日本を代表する小説家・劇作家三島由紀夫が、晩年に執筆した傑作戯曲『わが友ヒットラー。アドルフ・ヒットラーが、独裁政権を獲得する直前におきた粛清事件「長いナイフの夜」。国民を欺くため「政治的中道」をスローガンに偽りの平和を作り出すため、友人すらも粛清し思い通りのナチス・ドイツを作り始めるヒットラーの狂気がおぞましく現れる、三島の才能をいかんなく発揮した氏の代表作です。突撃隊幕僚長エルンスト・レームの男の友情、そして三島の私設自衛隊楯の会の思想が溶け交じり合い、愛と裏切りに満ちた世界が大きく時代を動かしていきます。
概要
日程・会場: 2022年3月19日(土)~3月27日(日) すみだパークシアター倉
出演:
谷佳樹 君沢ユウキ 桧山征翔 森田順平
スタッフ:
作 三島由紀夫
演出 松森望宏
美術 平山正太郎(センターラインアソシエイツ)
音楽・音響 西川裕一(float)
音響 石神保
照明 倉本泰史(APS)
衣裳 藤崎コウイチ
映像編集 佐野公子
演出助手 石川大輔
舞台監督 金安凌平 西山みのり
制作 菅沼太郎
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