村井良大,spi,三浦透子etc.出演『ミュージカル「手紙」2022』常に不安と隣り合わせ、『イマジン』は実現しない、それでも生きていく。

上演中の『ミュージカル「手紙」2022』、東野圭吾の小説「手紙」(文春文庫刊)を原作としたオリジナル・ミュージカル。2016年、2017年にミュージカル版が上演され、2018年、2019年に中国・上海で上演、そして再び、である。
開幕前、天井に1999年と出ている。年老いた女性が登場、「今日もテレビで」と歌う。テレビでは様々なニュースが流れる。事件、事故、キャストが次々と登場、「ワイドショーで無差別殺人」と歌う。テレビで流れる情報、どこか他人事のような、一般視聴者の大半はそんな捉え方であろう。この物語のメインキャラクターである兄弟、兄・武島剛志(spi)。高校生の弟・直貴(村井良大)。時代は1999年なので直貴のヘッドホンがある一定の世代には懐かしい型。誕生日にギターを贈る兄。「『イマジン』、弾けよ」と兄。両親はいない、肉親はたった二人。寄り添うように生きてきた。楽しそうな兄弟の様子とは裏腹に不穏な音楽。電話が鳴る、そこで知る、兄のやったことを。

原作通りにストーリーは進行する。原作を読んだ、映画を観た、あるいはこのミュージカルを以前に観劇したことがあるなら、展開も先刻承知。直貴の周辺は一変する。「悪夢なら覚めてくれ」と直貴。だが、悪夢ではなく、現実、当たり前だと思っていた日々がなくなっていく。先生からは「学校、続けられるの?」と言われ、大家からは家賃の催促、本音は出て行って欲しい、バイトもクビになり、進学どころではない、どうやって生きていけばいいのか、八方塞がり。どこに行っても「強盗殺人犯の弟」がついてまわる。兄からの手紙、服役中の日々の様子が綴られているが、その生活は穏やかそのもの。真面目な性格の剛志は律儀に手紙をよこしてくる。直貴は働き先で一人の女性に出会う。由実子(三浦透子)はまっすぐに直貴と対峙する。そんな由実子に対して「ほっといてくれ」と。由実子は言う「私にも家族がいないの」と直貴に言う。
節目ごとに西暦の年が映し出される。2001年、「大学おめでとう」の剛志の手紙。直貴はもがきながらも生きる。理解者もいる、由実子、そして親友の祐輔(中村嶺亜)、彼の誘いでバンドに入ることになり、デビュー寸前のところで兄のことがわかってしまう。

2002の数字、1999年から2002年の間に過酷な状況を体験する直貴。そして2幕の出だしは2005年、舞台上には看板、都内でも、いや日本有数の電気街、揃いのハッピを着た従業員の歌、その中には直貴もいる。チラシを手にして歌い踊る場面、明るい出だし。立ち飲み屋で由実子、祐輔と乾杯、ささやかな日常の光景、だが、職場で兄のことがわかってしまい、配置転換、さらに追い討ちをかけるように社宅でも噂が広がり、直貴は決断せざるを得ない状況になる、と言うのが大体の流れ。

常につきまとう「強盗殺人犯の弟」、出だしの楽曲「人殺しの家族になれば」、まさに紙一重、気が動転して殺人を犯してしまった剛志、だが、不注意で事故を起こし、人を殺してしまうこともある。平凡な日常を生きていても、いつ何が起こるかわからない。殺人を犯したのは兄であり、弟ではない。しかし、それでも、『気味が悪い』『厄介』『関わり合いたくない』などの理由で避けられてしまう。全てを「人殺しの家族」という理由で諦めなければならなくなる。壁だらけ、それでも生きていく。哀しく、辛い状況、何度も心折れ、それでもどうにか生きようとする弟、どんなに後悔してもしきれない兄。世間は大きな壁だらけ、偏見、差別、ひょんなことからそれらを真っ向から受けざるを得ないかもしれない日常の危うさ。ささやかな幸せは実はもろく、崩れやすいもの。一歩踏み出すと、そこはイバラの道。重く、辛い物語。幸いにも直貴は由実子という伴侶を得、また、祐輔という親友でよき理解者がいた。そして倉庫で社長と話すくだり、直貴は差別はなくならないのだと改めて知る。それでも生きていかねばならない。

ラストは2011年、あの震災があった年、祐輔は慰問コンサートを行なっていた。そこで何を歌うのか、この物語にたびたび登場する『イマジン』、直貴は、ジョン・レノンについてあまりよく知らなかったことを祐輔に呆れられるくだりがあり、また兄に『イマジン』を弾くように言われていた。ここで『イマジン』を本当の意味で知ることになる直貴、作品の根底に流れる、『イマジン』。ラスト、歌おうとする直貴、だが、”涙顔”になって言葉が出ない。それを見ている兄・剛志は手を合わせる。祈っているのか、すまないという思いから手を合わせているのか、そこは定かではないが、彼の心にも『イマジン』が突き刺さる。そして哀しみとそして達観したかのような複雑な表情を浮かべて静かに去っていく兄、この先、二人は再び会えるのか会えないのか、そこは見る人それぞれが考えること。舞台では『イマジン』の楽曲は一度も流れないが、観客の脳内には流れている。歌われていることはきっと実現しない、その先もずっと。
実力派キャスト、メインキャラクターを演じる村井良大、spi、村井良大はナイーヴで性根は優しく、傷つきやすい直貴像を、ラスト近くは大きな決意をするくだりでは、内面の変化を繊細に見せる。spiは無骨で兄弟思い、純朴で懸命に手紙を書き続ける姿は、まっすぐさを感じさせる。三浦透子の由実子、とにかく歌唱力は抜群、ただ上手いだけでなく、心情を的確に表現、泣ける、心揺さぶる歌声。また、リアルバンドの7 MEN 侍の面々、演奏シーンは劇中ライブなのか、本当のライブなのか、そこの境界線を飛び越えて!また、いろんなところでいろんな役に!!そして脇を固めるキャストもキャリアいっぱいの面々。
原作もそうだが、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。ただ、そこにあるのは抗えない実態、どんなことがあっても差別も偏見もなくならない。だから国が存在し、戦争や紛争が起こる。差別は社会的なもの、差別意識、差別行為、差別的実態、ここでは「犯罪者の弟」という見下し、「面倒だから関わり合いたくない」と遠ざけようとする。それが直貴を苦しめる。観客は、直貴の側になるのか、彼を差別する側になるのかは紙一重だということを見せつけられる、また、ひょんなことで”剛志”になってしまうこともある。それをわかりやすいミュージカルという形にして。2017年版もよかったが、さらに引き締まった印象。原作を知らなくてもテーマがストレートに伝わる舞台。時代設定もあえて今の時代に合わせない(二つ折りのガラケーが懐かしい!)、内容はいつの時代にもマッチしたもの、どんなにテクノロジーが発達しようと人は変われない。ロシアがウクライナと戦争状態になっているが、常にどこかで反戦を謳っていても、だ。だから、このミュージカルはいつでも”旬”。公演は27日まで。

あらすじ
この世界に たった二人だけの兄弟 どんな時も 二人で生きてきた。
弟の進学費用のために空き巣に入り、強盗殺人を犯してしまった兄・武島剛志。高校生の弟・直貴は唯一の肉親である兄が刑務所に15年間服役することになり、突然孤独になってしまう。兄が殺人を犯した事実はすぐに広まり、加害者家族となった直貴に向けられる周囲の目は一変した。高校卒業を控えたある日、直貴の元に服役中の兄から1通の手紙が届いた。それから月に一度、欠かさず手紙が届くようになる。兄からの手紙には獄中での穏やかな生活が書かれている一方、直貴は「強盗殺人犯の弟」という肩書により、バンド・恋愛・就職と次々に夢を奪われ苦しみ続けていた。年月が経ち家族を持った直貴は、ある出来事をきっかけに、ついに大きな決断をするのだった。

概要
公演名:ミュージカル「手紙」2022
原作:東野圭吾「手紙」(文春文庫刊)
脚本・作詞:高橋知伽江
作曲・音楽監督・作詞:深沢桂子
演出:藤田俊太郎
出演:村井良大、spi、三浦透子、
中村嶺亜(7 MEN 侍 / ジャニーズJr.)、佐々木大光(7 MEN 侍 / ジャニーズJr.)、今野大輝(7 MEN 侍 / ジャニーズ Jr.)、青野紗穂、
染谷洸太、遠藤瑠美子、五十嵐可絵、川口竜也
ミュージシャン:村井一帆(pf)、えがわとぶを(Bass)、萱谷亮一(Perc)、中村康彦(Gtr)、古池孝浩(Gtr)、 土屋玲子(Vln)、日俣綾子(Vln)、三葛牧子(Vln)
日程・会場:2022年3月12日(土)~3月27日(日) 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
主催・企画・製作:サンライズプロモーション東京 / MY Promotion / スペースポンド

公式HP:https://tegami2022.srptokyo.com
公式ツイッター: @tegami2022

©田中亜紀