谷佳樹,君沢ユウキ,桧山征翔,森田順平出演『わが友ヒットラー』、狂気と愛、そして裏切り、時代の波が男たちを飲み込んでいく

日本を代表する小説家・劇作家三島由紀夫が、晩年に執筆した傑作戯曲『わが友ヒットラー』。アドルフ・ヒトラーが政権を獲得した翌年に起こした突撃隊粛清(レーム事件、長いナイフの夜とも言われている)を元にした作品で全3幕、27日まで上演されている。
物語の舞台は1934年6月30日夜半の「レーム事件」前後のベルリン首相官邸の大広間。登場人物は、アドルフ・ヒトラー、エルンスト・レーム、シュトラッサー、グスタフ・クルップの実在人物の男性4人。
大音量の音楽、ワーグナー、明快で力強いリズム、ヒットラーは元々ワーグナーのファンであったが、これを政治利用することを思いつき、多くの国民が集まる場に持ち込んだ。幕開き、ヒットラーが演説をしている。バルコニーで演説、彼の両脇にエルンスト・レーム、シュトラッサー、観客に背中を向けている状態。そのバルコニーの後ろの部屋、杖をついた男、彼の名はグスタフ・クルップ。

退屈そうな様子、レームに合図、レームはヒットラーに遠慮しつつ、クルップのところに行く。レームとクルップの会話、この時はヒットラーの演説の声は聞こえなくなる。この二人の会話。レームは軍人、しかも軍人になりたくてなった、骨の髄まで『軍人』。彼は突撃隊の幕僚長、クルップに「突撃隊の使命は終わったのだと…アドルフが、いやアドルフがそう考える筈がない」と言う。ここで再び、ヒットラーの演説、二人は何やら喋っているが、観客には聞こえない。「鉄のハンマーを振り上げて大ドイツの再建に邁進すべき時なのである」、力のこもった演説、観衆の拍手。そして再びレームとクルップの会話、レームはアドルフとの友情を信じており、軍は彼にとっては居心地のいい場所、いや、それ以上、「男の天国」と言い「突撃隊は革命」とも言う。見た目も男らしく、熱血漢、ヒットラーを信じきっていることがわかる。彼は再びバルコニーに戻り、クルップは、もう一人、シュトラッサーを呼ぶ。「なんですか、クルップさん」とシュトラッサー。

クルップは彼に言う「犬猿の仲と言われる君とレーム君がむかしのようにヒットラーの左右に侍っているのが不審でならないのだよ」シュトラッサーはクールで知的、クルップはレームとシュトラッサーとの会話から何かを探っているような。出だしから不穏な空気、「ドイツ万歳、ドイツ万歳」演説を終えたヒットラー、クルップは彼の演説を誉めるが、ヒットラーは「見ておられなかった証拠ですね」と切り返す。ちょっと背筋が寒くなるようなやりとり。クルップは去り、ヒットラーとレームの会話、そして彼はシュトラッサーを呼び、話をする。

それからクルップ、この4人の関係性や考え方、それぞれのやりとりで観客はその輪郭を知る。そして2幕、3幕と連なっていく。2幕の出だしはうってかわって至って穏やかな、ヒットラーとレームがコーヒーを飲み、タバコをふかして談笑。ただ、この時点で既にヒットラーは決意している。

突撃隊員に7月末日までの休暇を取らせるという。自分の運命が、このあとどうなるのか、レームの言葉、「俺を傷つけるのは弾丸だけさ」。レームが去り、クルップとの会話、そして二人が去り、レームとシュトラッサー。登場人物4人が一度に揃うことはない。だから、見えてくるものがある。愚直なまでにヒットラーの友情を信じ、硬派なレーム、その真逆とも言える知性と洞察力を持つシュトラッサー、狡猾で彼らをよく観察し、己の立ち位置を考えるクルップ。

タイトルの『我が友』は無論レームから見たヒットラー。そして当のヒットラーはレームとの友情と政治的な判断、情勢、3幕でレームとシュトラッサーは既に粛清されている、それは歴史を紐解けばわかること。ヒットラーの、その決断に至るまで葛藤があったことは想像に難くない。もしかして2幕冒頭は、さしずめ『最後の晩餐』(もっともレームとヒットラーの場合は朝食だが)、シュトラッサーは既に自分がどうなるか、これから何が起こるのか、2幕ではもはやわかっている発言。レームは右、シュトラッサーは左、それが政治状況では何を意味するのか。また作家・三島由紀夫のこの作品執筆当時のことを考えると、興味深い。
たった4人の登場人物、台詞も長い。どの役も難しい役どころ。配役が絶妙、レームとヒットラーの会話、ヒットラーは時折困ったような風情を見せる。しかし、レームは熱い、そこに気が付いていない。シュトラッサーはレームのように熱くならない、クルップのしたたかさと洞察力、ヒットラーが一筋縄ではいかないことは先刻承知。照明が彼らの心情や状況を雄弁に語る。舞台後方にシルエットが浮かび上がるとき、観客は、不穏で穏やかでない空気を受け止める。2幕から3幕へと移行する時は照明で舞台が真っ赤になる。地響きのような音、3幕はヒットラーとクルップの会話のみとなる。

ヒットラーの二人に対する言葉、そしてラストの言葉。史実では、このレーム事件の後、政治的基盤を盤石なものにしている。「政治的中道」をスローガンに偽りの平和を作り出すため、友人すらも粛清し思い通りのナチス・ドイツを作り始めるヒットラーの狂気。この戯曲を執筆した2年後に三島由紀夫は切腹自殺。三島の私設自衛隊楯の会の思想も見えてくる。愛と裏切り、野望、時代の波。一筋縄ではいかない戯曲だ。

概要
日程・会場: 2022年3月19日(土)~3月27日(日) すみだパークシアター倉
出演:
谷佳樹 君沢ユウキ 桧山征翔 森田順平
スタッフ:
作  三島由紀夫
演出 松森望宏
美術 平山正太郎(センターラインアソシエイツ)
音楽・音響 西川裕一(float)
音響 石神保
照明 倉本泰史(APS)
衣裳 藤崎コウイチ
映像編集 佐野公子
演出助手 石川大輔
舞台監督 金安凌平 西山みのり
制作 菅沼太郎

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