『黄昏』いつかは死が訪れる、家族、人と人との関係、想いが湖を柔らかく照らす。

『黄昏』(たそがれ、原題: On Golden Pond)、1981年製作のアメリカ映画で、日本での公開は翌年の1982年。こちらの方を記憶している映画ファンは多いことだろう。元々は舞台作品、1978年2月にブロードウェイで舞台化されたアーネスト・トンプソン(英語版)の同名の戯曲
『黄昏』(原題:On Golden Pond)。父と娘の確執を取り扱った作品、映画ではヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダの共演、そしてヘンリー・フォンダの相手役として大女優のキャサリン・ヘプバーン。大ヒットとなり、1981年度の第54回アカデミー賞では作品賞を含む10部門の候補となり、そのうち主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の3部門で受賞、キャサリン・ヘプバーンが史上最多となる4度目の主演女優賞、ヘンリー・フォンダが当時としては史上最高齢の76歳での主演男優賞と記録ずくめであった。また、式の数ヶ月後の1982年8月12日、ヘンリー・フォンダは心臓病で死去している。
この作品の映画化権を取得したのはジェーン・フォンダ、しかも父親のために。さらにキャサリン・ヘプバーンを推薦したのもジェーン・フォンダであった。
この『黄昏』(原題:On Golden Pond)、日本でも何度か上演されたが、2003年、杉浦直樹、八千草薫でル・テアトル銀座で上演、演出は高瀬久男。2004年にはNHKドラマで同じ杉浦、八千草というキャストで「輝く湖にて」として舞台を日光中禅寺湖に移して制作・放映されている。また、八千草薫、杉浦直樹と聞くと山田太一原作の『岸辺のアルバム』を連想するファンもいるかもしれない。今年はノーマンに石田圭祐、ノーマンの10歳年下の妻・エセルは高橋惠子、42歳になる娘のチェルシーは瀬奈じゅん。チェルシーのパートナー、ビル・レイに松村雄基。ビルの息子・ビリーに林蓮音(Jr.SP/ジャニーズJr.)、郵便配達のチャーリーに石橋徹郎。演出は鵜山仁。
舞台には物語の舞台となる別荘。ソファやテーブルにカバーがかかっている。この別荘の持ち主であるノーマン&エセルの夫婦がひと夏を過ごすためにやってくる。ノーマンは年齢は80歳に手が届こうとしており、一方の妻・エセルは夫より10歳ほど若い。カーテンを開けたり、扉を開けたら網戸が外れたり。電話を確認する、「電話はまだ生きてる」、もちろんダイヤル式。エセルは溌剌としており、テキパキと物事をこなし、一方の夫・ノーマンは動作が少々鈍い。他愛のない会話、暖炉の棚に置いてあった人形のエルマーが落ちていた。エセルはそれを元の場所に戻しつつ「可哀想ね」「私の初恋の人」という。人形の歳は65歳、エセルが子供の頃から大事にしていた人形、ずっと共に歩んできた。エセルはそれなりに年をとった風貌だが、人形は変わらない。ずっとエセルを見守っていた存在、だから彼女にとっては”人形”以上。夫のノーマンは気難しい毒舌家の元大学教授、ちょっとシニカルな発言・ジョークが多く、それをエセルは軽く受け流す。窓の外を見るとつがいの水鳥、「アビよ!」とエセル、二人で窓から見える湖とアビを眺める、なんでもない光景だが、幸福感に満ちている。そこへ馴染みの郵便配達のチャーリーがやってくる。いかにもお人好しな感じの中年男、45歳。彼らの娘・チェルシーは42歳、つまり、チャーリーは彼らにとっては子供ぐらいの年頃、楽しげな会話。彼はチェルシーからの手紙を持ってきた、チェルシーに新しいボーイフレンドができた様子、別荘にくる、という内容であった。ちょっと浮き足立つ二人が可愛らしい瞬間。そしてやってきた、娘とその彼氏、彼氏の連れ子。ノーマンとチェルシー、少々わだかまりがある様子。チェルシーのパートナー、ビル・レイは緊張気味、ビルの息子・ビリーは年頃の少年らしく屈託がない。チェルシーは両親にしばらくビリーを預かってほしいと言う。
大きな出来事は起こらないが、確実な変化が起こる。チェルシーがパートナーとその連れ子を連れてきたことで、彼らの間にさざなみが立つ。連れ子のビリーとノーマン、ビリーは最初、ノーマンに向かって「すげー歳だ」と。無理もない、ノーマンは80歳、ビリーにとってはとてつもなく、な歳の差。だが、ノーマンはそんなビリーと楽しく釣りに興じる。魚を釣るという共同作業で二人は急速に距離を縮めた様子にエセルも目を細める。そして別荘での夏が終わろうとする…。そんなおり、ノーマンが…という流れ。
ノーマンとエセルの夫婦関係、そしてノーマンとチェルシーの父娘関係、チェルシーはビルと一緒になることで”家族”になる。今風な言い方で言えば”ステップファミリー”。そんな彼らとノーマン夫婦、家族の在り方、老いるということ、人と人との関わり合い、関係を築くこと、さまざまな問いかけをしている作品。唯一、家族ではない郵便配達のチャーリー、彼はチェルシーと幼馴染、どうもチェルシーが好きな様子だが、報われない(笑)、それでも温かくチェルシーらを見守っている、なんとも言えない愛を感じる。夫婦は長く連れ添っていると、この時間が永遠に続くのかもしれない、という錯覚に陥る。エセルもその一人、だが、確実に、10歳年上のノーマンに忍び寄る死の影に初めて怯える、ノーマンを失うことの怖さ、言いようのない寂寥感、だが、ノーマンの方は達観しているようにも見える。原題の「On Golden Pond」、ラスト、湖面に反射する黄昏時の柔らかな陽光を二人が見つめる、その後ろ姿、高橋恵子と石田圭祐、しみじみと、ゆったりとした空気感。いつかは死が訪れる、最後まで共に歩みたいと思う二人の姿は心に響く。紀伊國屋ホールでの公演は6月26日まで。長野公演は7月9日。

物語
ノーマンは80歳を迎えようとしている。そして彼より10歳若い妻のエセル。今年もあのゴールデン・ポンドでひと夏を過ごすために訪れた。ふたりにとって48回目の夏。しかし今年のゴールデン・ポンドはいつもと違っていた。老いを意識したノーマンにとって・・・・・
たまに二人を訪れるのは平穏な湖を守る郵便配達のチャーリー。彼は彼らの娘チェルシーとの思い出を語るやさしい隣人でもある。そこにノーマンと互いに反発しあっていた娘のチェルシー・セイヤー・ウェインが訪れた。彼女のパートナー、ビル・レイと彼の子供ビリー・レイとともに。お互いに素直になれないノーマンとチェルシー。ふたりを温かく見守るエセル。チェルシーに淡き思いをつのるチャーリー、そして新しい家族とともに。
傷つけあい、いたわりあいながらも、家族の絆を探すひと夏。ゴ-ルデン・ポンドの夕日は、老齢なふたりの人生をさらに輝かせる。

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