上條恒彦, 平田満, りょう, 小島聖 出演『HEISENBERG』演出 小山ゆうな×古川貴義 トーク

トニー賞受賞作家・サイモン・スティーヴンスによるオフ・ブロードウェイのヒット作を小山ゆうな、古川貴義のダブル演出で日本初上演する。「他者との関係性の揺らぎ」を2組の演出家とキャストが描き出す。

『HEISENBERG』というタイトルが示すように、ドイツの物理学者であるヴェルナー・カール・ハイゼンベルクの「不確定性原理」を下敷きにしたこの作品は、「二つの離れた粒子の運動量や相関関係を正確に測り決定する事は出来ない」という意味を男女の関係性に置き換えて語っている。本公演では、ウィットに富んだコメディタッチの会話の中から「互いの関係性が常に揺れ動き変化するさま」をじんわりと炙り出す。
本公演のみどころは、演出家・キャストが2組に分かれ上演するという点。
1人目は、読売演劇大賞優秀演出家賞など数々の受賞経験を持つ小山ゆうな。2人目は、箱庭円舞曲・代表を務め劇団外でも演出や脚本提供など幅広く活動している古川貴義。
そして、肉屋の店主である70代の男性・アレックスを演じるのは、上條恒彦(小山ゆうな演出チーム)と平田満(古川貴義演出チーム)。
風変わりな40代の女性・ジョージーを演じるのは、りょう(小山ゆうな演出チーム)と小島聖(古川貴義演出チーム)。
2組の演出家・キャストが「互いの関係性が常に揺れ動き変化するさま」をそれぞれどう描いていくのか、この作品を演出する小山ゆうなさんと古川貴義さんのトークが実現した。

――こちらの戯曲を読んだ感想は?

小山:登場する人物が、大人な2人というのが特徴ですよね。そして科学者の名前が付けられたタイトルにもまず惹かれました。とはいえ深い戯曲なので、まだこれからこの戯曲の面白さを沢山発見していくんだろうなと思っています。

古川:初読では、正直、何が面白いのかぜんぜんわからなかったんです(笑)。「演出してみませんか」と言ってもらえたものの……さて、どうしよう、と。でも(プロデューサーの)宋さんがおすすめしてくださるのだから、なにかあるのは間違いない。もう一度読んでみたら、むちゃくちゃおもしろかった。この戯曲の登場人物が吐くセリフや取る行動からは、絶対にその人の本音や感情が分からないようになっているんです。“行間”と言ってしまうと安直ですが、セリフとセリフの間、登場人物と登場人物の間にこそ、作者の企みが隠れていると気づいた。それでもう一度精読したら、「これもそうだ」「あれもそうだ」と、書かれていることすべてがハイゼンベルクの不確定性原理という仕組みにつながっていく。衝撃でした。今はもう大好きな戯曲です(笑)。

――この戯曲は、100人が読んだら100通りの答えが出るような、とても個性的なものだと思いますし、確かに最初はとっつきにくい印象を受けますが、何度か読むうちにすんなり入っていけるような……

古川:読むぶんには、軽妙ともとれるやり取りが続くので、イギリス風のウィットに富んだ対話なのかな?と読めるんです。でも(だからこそ?)、二人とも本当のことを一切言っていないような印象を受ける。逆に、本当のことしか言ってないようにも読める。台詞には、何が本当かは書かれていないんです。
たとえば、「音楽は音と音の間に存在している」というセリフがあります。音符単体がいくつ並んでも音楽にはならない。音符と音符の間の揺らぎこそが、私たちを楽しませてくれる“音楽”なのではないか?と。セリフもそうです。セリフ自体が何かを表現しているのではなく、セリフとセリフの間にこそ、大事なものがある。面白さは、感動は、いつも何かと何かの間にある。だから、観た人、読んだ人によって感想がそれぞれ変わるんでしょうね。

小山:確かにそうですね。音と音のあいだに、というセリフですが、私はリチャード・リンクレーター監督の「ビフォア・サンライズ/恋人までの距離(ディスタンス)」という映画を思い出しました。この映画の中の「もし魔法というものがあるとしたら、それは人と人の間に存在するもの」という台詞があり、この人と人の間にあるものをどう表現するかが私が演劇創作の際常に大切にしたいなと思うものになっているのですが、今回は正にその事を作家も大切にしている戯曲なのだなと思いました。

――登場人物2人についても、どこか揺れながらも近づいたり離れたり、というところが意外なリアリズムがありますけれども。

小山:2人とも傷を負っているから、コミュニケーションに臆病になっていたり、弱い部分がありますよね。そうした弱みを少し見せられる相手かもしれない、でもそれすらできないというところの取引がある。サイモン・スティーブンスの戯曲にしては、そういう意味では、ずいぶんと純粋に「愛」に寄った作品だとも感じます。

古川:いわゆるエンターテインメントで恋愛関係を描く場合だと、戯曲線が滑らかなアップダウンになっていることが多いんですね。出会いがあって、盛り上がりがあって、ピンチがあって解決があって、結ばれたり破局したりと、展開が滑らかで自然な波になっている。しかし滑らかだからこそ、リアリティを損ねていることもある。
その点この作品は、戯曲線がガタガタしてるんです。『えっ。そのタイミングでそれ言っちゃうの?』みたいなずらしが随所にあって。それが実はズレではなくて、キャラクターを表していたりもする。この、コミュニケーションの波がガタガタしているのって、まさに僕らの日常なんですよね。誰かとコミュニケーションを取ろうとして、発言のタイミングを間違えて関係が悪くなったり、頑張ろうとして空回ってしまったり、意外なきっかけで心の壁が取り払われたり。リアリティを感じるのは、そういうところかもしれません。僕ら自身が、生身の人間がスケッチされているんだなと。

――女性の方が少し言葉遣いが乱暴だけれど案外人見知りっぽいかもしれないし、男性の方は慎重でありつつも、案外大胆なのかもしれない。2人の性格についてはどう捉えていますか?

古川:実は、それを言葉で規定しようとすると、(登場人物の)アレックスから「違う」と言われてしまうんですよ。「俺の性格を決めつけるな」と。まあ、偏屈ですよね。二人とも。僕はこういうこじれている人、大好きなんですが(笑)。
小山:演じるのがりょうさんと上條恒彦さんだから、どんな演じ方をしてくださるのか楽しみというのと、どんな傷をこの人たちが負っているのか…というところが、何が本当で何が嘘かもわからない。稽古する中で見つけていければいいですね。

――話を盛るところなんかも、人としてありふれていますので、親しみを感じることができますね。

古川:いそう、といえばいそうですよね。お客さんが、何かしら「自分もあの感じやっちゃったことあるな・・・」と、共感してもらえるような。引っ掛かるポイントはそれぞれ違うと思うんですけど。

小山:親しみを感じる部分と、駅でいきなり、見知らぬ男性にキスするとかずいぶん大胆な人だなと思わせる部分もありますよね。しかも最終的にはこの知り合ってまも無い2人がで旅をするんです。起こっていることはドラマチックですよね。

古川:偶然、求めていることが噛み合ってしまうんですよね。傍目から観たら全然上手く行っていないように見えて。

――キャストの組み合わせもまた、おもしろいというか。チームになってそれぞれ演出をするわけですけれども。今現在こうしてみようという希望はあったりしますか?

小山:俳優さんたちがどうかということにかなりかかっています。そこから生まれるものをシンプルに、飾ることなく俳優さんの力だけで観られたら面白いと信じています。この4人を小さい劇場で観られるというだけでもすごいことですよね。古川さんのチームを観ることも楽しみだったり。

――俳優さんの雰囲気に合わせる演出もアリなのではと思います。

古川:どうなるでしょうね。平田さんと小島さんと一緒に、この戯曲を掘っていくのが本当に楽しみです。まだまだ発見がありそうで。

――まったく違うタイプの俳優さんたちが演じられるというのは、観る側にとってもシーンによっても、印象がガラリと変わるでしょうね。

小山:お互いの様子を観たいのはやまやまなんですが……。

古川:通し稽古をやるまでは、別チームのやつは観ないようにしよう、と(笑)。

――セリフも結構、センセーショナルというんでしょうか、刺激的です。

古川:こんなに物量があって、こんなに表現も過激だったりするのに大事なことはほとんど言わない、お客様の想像にお任せする部分が大きくて…つくづくすごい本ですよね。しかも舞台セットは、“なるべく簡素にするように”って指定されてるんです。人物そのものに集中しろ、人物と人物の間を見ろ、という作家の狙いなんでしょう。舞台作品自体に何かがあるのではない、舞台作品と観客との間にこそ、それはある、と。

――舞台上のセットも限られているとなると、なにかプランは考えていらっしゃいますか?

小山:シンプルに、というところは古川さんとも共通していると思います。どう見せるかはそれぞれですが。

古川:僕は、観客の皆さんが「これはお芝居である」と自覚できる状態を常に作っておきたいと考えています。舞台上で起こっていることに没頭しつつも、「自分は今、演劇を観ている」という状態を客観的に感じられるように。

――小道具が少ないからこそ、いろんな見せ方ができるといったところでしょうか。

古川:劇中に、「写真を撮って“凍らせておく”っていうアイディア」というセリフがありまして。僕らも1人の人間としては存在しているけれど、細胞は常に入れ替わっている。同じ瞬間はそこにはないわけです。それを写真に撮って「凍らせる」と。舞台も、いちおうは台本通り、稽古で積み重ねた通りに進行しますけど、演じる俳優さんたちは生身の人間なので、昨日と今日で細胞は違うし体調や気分も違う。何より、昨日よりも1日、歳を取っている。同じ公演、同じことをやっているようでいて、同じ瞬間は絶対にないんです。それを観るのが演劇の醍醐味でもある。変化していくというよりも、同じことをしているはずなのに常に違うものであるということを、忘れずにいたいです。

小山:それって演劇のテーマでもありますよね。「違ってはいけない」を強要されても俳優さんも困りますよね。常に同じではないということを受け入れたうえで、セリフや演じる内容は同じ。演劇としての「純度が高い」ものが観られるのではないかなと思います。

古川:それがタイトル「HEISENBERG」の回収でもありますね。すべてにおいて、ハイゼンベルクの不確定性原理に行き着く。おそるべし、サイモン・スティーブンス。

――最後にメッセージを。

古川:小山版と古川版、その間にある揺らぎを観てほしい……。まあ、両方観てほしいってことです(笑)。

小山:この空間でこの俳優さんたちを観られるということがすごいことなのではないかなと。すごく貴重な体験になると思います。それこそお芝居を観たことない人にこそ観てほしいですが……。

古川:ですね。演劇ってこんなに豊かな表現ができるんだと。それを感じられる本だし。

小山:何もない空間でもいろんなことができちゃうんだ、というのを体験できるいい機会ですよね。そんなに長いお芝居ではないので。やはり両方観てほしいなって思います。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

あらすじ
多くの人が行き交うロンドンのセント・パンクラス駅で、ニュージャージー州出身の40代女性・ジョージーは、肉屋を営む70代の男性・アレックスの首の後ろに突然キスをする。突飛な行動を謝るジョージーに対し、アレックスは「気にしてないから」と彼女との会話を終わらせようとするが、ジョージーはまくし立てるように身の上話や恋愛遍歴を語りだす。アレックスは相槌を打ちながら、風変りな彼女の話に耳を傾けた。
その出会いから5日後、アレックスの肉屋にジョージーが訪ねてきた。積極的なジョージーに気後れするアレックスだったが、だんだんと彼女との会話を楽しむようになっていく。数回のデートを重ねたのち、2人は一夜を共にする。その翌朝、ジョージーはアレックスに近付いた本当の目的を告白し――。

概要
conSept Dialogue in Theater #2
『HEISENBERG(ハイゼンベルク)』
日程・会場:2022年7月29日(金)~8月14日(日) 中野 ザ・ポケット
脚本:サイモン・スティーヴンス
翻訳:小田島創志
演出:小山ゆうな(雷ストレンジャーズ)、古川貴義(箱庭円舞曲)

CAST
ジョージ役
りょう
小島聖
アレックス役
上條恒彦
平田満

協力:アルファエージェンシー、ケイセブン中村屋、研音、N・F・B
宣伝:小沢悠未、川辺陽向香
宣伝協力:吉田プロモーション
制作:横田梓水、田中理恵
票券:田中理恵
プロデューサー:宋元燮
企画・製作・主催:conSept
問合せ:info@consept-s.com

公式HP: https://www.consept-s.com/heisenberg/

取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし