大鶴義丹,藤田朋子,大森博史etc.出演ハロルド・ピンターの初期戯曲 『The Birthday Party』演出 松森望宏 インタビュー

CEDAR共同企画プロジェクト第3弾 CEDAR×僕たち私たちがノーベル文学賞 を受賞し20世紀後半を代表する英国不条理劇の大家ハロルド・ピンターの初期戯曲『The Birthday Party』を上演する。出演は大鶴義丹,藤田朋子,大森博史ほか、実力派キャストが集まった。俳優北野由大率いる演劇ユニット「僕たち私たち」と、演出家松森望宏率いる CEDARの共同企画となっている。今回上演予定作品「The Birthday Party」はノーベル文学賞 を受賞し20世紀後半を代表する英国不条理劇の大家ハロルド・ピンターの初期戯曲。追い詰められた人をめぐる 不条理を、恐怖とユーモアのうちに描く独特の作風は、まさに人間の本質をえぐってくるよう。この作品の演出を担う松森望宏さんのインタビューが実現した。

ーー戯曲選びについて。不条理劇としては著名な作家であるハロルド・ピンターの「The Birthday Party」をチョイスした理由についてお聞かせください。

松森:10年前の2012年、新国立劇場演劇研修所を修了した北野由大さんに誘われて、三好十郎の『胎内』という作品を演出上演しました。その作品は僕の初演出作品だったのです。当時28歳だった僕は演出助手としての現場経験しかなく、演出については右も左もわからずただがむしゃらに自分の作りたい世界に猛進していたころだったと思います。そんななか、当時研修所のヘッドコーチでした池内美奈子さんからイギリスで行われるInternational Student Drama Festivalという演劇祭に『胎内』を出品してみないかというお話をいただきました。応募してみると審査員がわざわざイギリスからお越しになり、あれよあれよと審査通過。日本からはいくつか応募があったようですが、僕らの作品がイギリスでの本選に進むことができました。イギリスのフェスティバルでは英国内から10作品、海外から10作品の、計20作品が上演で競いあいました。結果としてはありがたいことに僕らの『胎内』は最優秀演出家賞・俳優賞・音響賞と3つの賞を受賞することができました。そのフェスティバルでは他作品を観劇することができ、他の団体の作品を観劇しに回ったのですが、そのなかで上演されていた作品のひとつに『The Birthday Party』があったんです。今回共同企画の北野由大さんと一緒にその上演を観劇し、英語もろくに理解していなかった僕は作品を見て、とても不思議な感覚を覚えました。不条理劇が何たるかやピンターのことなど何もわかっていませんでしたが、普通の演劇ではない妙に奥行きを感じる本当に不思議な舞台だと感じたのを覚えています。実はその想いが10年間ずっと心に残っていまして、あの感覚は何だったのかを再確認するように、北野さんと『The Birthday Party』をやろうと持ち上がりました。
上演を決めたのは今年2月。そう、ロシアがウクライナに侵攻したまさにその時でした。ハロルド・ピンターは非常に政治的な劇作家だとは知っていましたが、北野さんとの上演を本格的に決意したのはそのニュースが飛び込んで間もなくでした。ユダヤ系のイギリス人であったピンターは、この初期戯曲にとても多くの政治的抑圧とそれに従属することへの拒否の精神を存分に詰め込んでいます。テレビモニターの先の戦火に戦慄を覚えながらそのことを強く実感したのを覚えています。この物語に内包することは【服従】。
『The Birthday Party』はある組織の男たちゴールドバーグ(大鶴義丹)とマッキャン(北野由大)が、海辺の下宿に居候しているスタンリー(渡邊りょう)の精神を破滅させ服従させ連れだすというプロットです。物語上では田舎の下宿という非常にプライベートな関係性に矮小されていますが、この話は政治体制への批判的寓話だということを徐々に理解するようになりました。ナチスドイツが行ったユダヤ人虐殺という20世紀最大の犯罪が、海辺の一軒家での一晩の話に置き換わっていて、それは日常目の前にある危機であり、汚いものには蓋をして見ないようにして過ごしている私たちの生活に警鐘を鳴らしている、目をそらしていることに対する強烈な暴露だと感じるようになりました。

ーー出だしは穏やかですが、だんだん雲行きが怪しくなっていきます。また、イギリス特有の階級や出身地などの要素もありますし、イギリスならではの特有の会話もあります。演出プランについてお願いいたします。

松森:ピンター特有の言葉遊びやピンターポーズ(沈黙)、ユダヤ教やキリスト教などの宗教的感覚、アイルランド人への差別など、この物語にはたくさんの英国ならではの価値観が十二分に詰まった作品です。英語の原文を紐解くと、ちょっとした言葉遣いが階級差や差別感を表したりしています。日本語に翻訳された内容だけではわかりにくい、ネイティブじゃなければ理解できないような肌感覚でのやりとりが続いていたりします。極力そのニュアンスを稽古で検証し、なるべく日本語に反映させるべく日々キャストの皆様とディベートを重ねて稽古をしています。立ち稽古そっちのけで、徹底的にみんなで議論し検証しながら稽古を進めているのですが、その稽古が毎日刺激的で、たくさんのことを心に落とし込むことができているような気がしています。ここまで作品への理解が深まっていくことは本当に稀なことで、貴重な体験を日々させていただいております。
 しかしそこまでしても英国人ではわかるニュアンスも僕ら日本人に細胞レベルまで理解することには限界があります。というか、イギリスと日本という環境が違う以上、肌感覚でイギリスのことを理解するのは稽古1カ月という短期間ほぼ不可能です。ですので、僕は人間ならば誰にでも共通して理解できることを日々探っています。時代も超え国境も超え、人間の本能レベルまで突き詰めて考えた先に人間の光と影が立ち上がるのではないかと考えるに至りました。
 今回の演出テーマは「記憶」です。それは人類が残した負の記憶。大戦の記憶、虐殺の記憶。僕たち未来を継ぐ者が忘れてはいけない反省を記憶装置として舞台上に立ち上げようと思っています。ピンターの根底にある体制への反抗は、時代がめぐり、令和の時代で記憶のタイムカプセルとして、その本能的感情のみが浮き彫りになり、純粋な戯曲の魂が今世代や次世代へと繋がっていくと信じて日々稽古場に向かっています。

ーー登場するキャラクターの立ち位置や思惑について。最後の方で「ステキなパーティだったのよ」というところはかなりシニカルな印象を受けました。途中からやってくる2人の男はかなり怪しいですね。

松森:2人の男、ユダヤ系のゴールドバーグ(大鶴義丹)とアイルランド人のマッキャン(北野由大)は何らかの組織に所属しており、その組織とは何なのかが作品では語られることはありません。ですが、とても大きな狂暴性をその組織や彼らから感じ取ることはできます。きわめて紳士的にふるまうその裏側は、ひとりの男の精神を崩壊させるまでの狂暴性を平然とやってのける二面性を持っています。彼らはいったい何者なのか、それは見てのお楽しみ。
 舞台設定はイギリスの海辺の下宿です。おそらくイギリスでも相当な田舎町で、主人ピーティ(大森博史)とその妻メグ(藤田朋子)が経営しています。そこに1年前くらいから居候をしているスタンリー(渡邊りょう)がいます。近所の田舎娘ルル(松田佳央理)もこの家に出入りしています。今日はスタンリーの誕生日らしく、誕生会を開くのですが、その誕生会は急転直下暗黒の誕生会へと変貌します。正直本当のことを言っている人は誰もいないんじゃないかと思うほど、みんなが本音をしゃべりませんし、平気で嘘をつきます。それぞれが何かの事情を隠しながらこの場にいて、何とか心の平衡を保とうとし、今を生きることに精一杯努力しています。その様子がおかしさを生み、恐怖を生む。一言では語りえないほどの奥行きを持った作品です。

ーーお稽古も進んでいるかと思いますが、キャストさんのことなど。

松森:今回の稽古は基本的にはずっとテーブルに着席して、ただひたすら相手から受ける感情や返す感情の確認を行っています。そして、疑問点は全員で議論してきます。とても不思議な内容の作品ですので、とにかく全員でしっかりと話をして共通の解釈をしていっています。この稽古がとても心地よく、ひとりひとりの感覚やアイディアがどんどん広がり、この作品に対する理解がとても深化していくのを実感しています。1シーンにとても多くの時間をかけながら、焦らずじっくり、感情の動機を深いところまで見つめ探っています。キャストの皆様もとても繊細に相手役から出る空気の変化を感じ取ってくださっており、全員が密度の高い稽古に集中していて、壮絶な作品になる予感が今からしています。
 大鶴義丹さん演じるゴールドバークはとても紳士的にふるまっていますが、裏組織で高い地位まで上り詰めた人物。紳士的な側面からにじみ出る危険な香りを繊細に演じてくださいます。相棒のマッキャン役を演じる北野由大さんはとにかくストイックに行動の目的を探しながら役作りを行っています。下宿の主人ピーティ役の大森博史さんは自由な身体に身を置き状況に乗りながら演じることで田舎の穏やかな下宿主人を軽やかに演じてくださいます。妻のメグ役の藤田朋子さんは真摯に台本と向き合いとても繊細な機微を丁寧に丁寧に紡いでくださいます。下宿の居候スタンリー役の渡邊りょうさんは複雑でそれでいて謎が多い過去を持つ難しい役を稽古場でのセッションを通じて敏感に感じ取りながら演じてくださいます。近所の田舎娘ルル役の松田佳央理さんは今作唯一の一般市民的感覚を等身大でキュートに演じてくださいます。実力派ぞろいの稽古場でのセッションは、華麗にシームレスに感情の波の振幅を生み出していっています。

ーー締めの言葉を。不条理劇、難しそうだな、と思われている方々に向けて。

松森:不条理劇と聞くと何だか難しいような気になるかもしれません。でも実際は全くそんなことはなく、おかしな状況に笑えるところもたくさんあります。日常生活は理屈だけで語れず、毎日変なことや予想もしないことがどんどん起きていきます。僕たちはそれを毎日体験しているのです。そんな日常で見過ごしてしまう危機を目の当たりにすることで、ハッとすることがあるかもしれません。堅苦しい難しい舞台だと思わずに、何も考えずに劇場にいらしてください。ちょっとだけ日常の見え方が変わるかもしれません。そんな舞台をお届けできたらと思います。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。

物語
とある海辺の下宿屋を営んでいる、二人の老夫婦。
その宿には一年程前から自称ピアニストと言い張る 男が下宿をしている。ある日、その宿に何者か分からぬ、紳士二人組が現れるが自称ピアニストはそれに 怯え脅威を感じ始める…その日が自称ピアニスト の誕生日らしく、皆でパーティーを開 くも当の本人 は違うと言い張り、次第に追い詰められていく…。自称ピアニストは一体誰なのか?紳士二人組は一体 何者なのか…?

概要
日程・会場:2022年12月17日〜12月25日 新宿シアターモリエール
作:ハロルド・ピンター
翻訳:平田綾子
演出:松森望宏
出演:
大鶴義丹 ゴールドバーグ
藤田朋子 メグ
北野由大 マッキャン
渡邊りょう スタンリー
松田佳央理 ルル
大森博史 ピーティ

CEDAR公式サイト:https://www.cedar-produce.com