ガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』(The Phantom of the Opera)を最初に舞台化したのはケン・ヒル(英語版)、ぞっとするほど醜い怪人が無垢で美しい歌手・クリスティーヌに抱いた妄執愛を描いた作品。
もともとの小説はガストン・ルルーが「パリ・オペラ座に幽霊がいる」という噂をもとに書いた小説、しかもガストン・ルルーは元新聞記者、取材はお手のもので、劇評を手がけた他、海外特派員にもなり、日露戦争やロシア第一革命、また中東などにも赴いて記事を執筆したそう。小説の執筆は1900年ごろから。推理小説「黄色い部屋の秘密」で評判をとり、人気作家になり、その後に書かれた「オペラ座の怪人」は大評判となり、1925年には映画化もされた。以後、何度も映画化されることになる。ケン・ヒルはこの作品をミュージカル化することを思いつき、1976年初演、その後、1984年に改訂版を製作した。ここで実際に19世紀後半のガルニエ宮で実際に演奏されていたであろう音楽、グノー、オッフェンバック、等のオペラ・アリアに置き換えた。これが後に評判をとり、ロイド・ウェバーとマッキントッシュは舞台の評判をききつけて鑑賞したという。
日本初来日は1992年、そして1996年に二度目の来日を果たし、その後は何度か日本で公演したが、今回の公演は5年ぶりの来日公演となる。
天井にはシャンデリア、舞台上の緞帳はいかにも『オペラ座』という仕様。始まりは不穏な音、そして幕開きは舞台で若いバレリーナが稽古をしているシーンから。客席から劇場関係者が登場し、階段でつまずく等、早速観客の笑いを取る。新しくやってきた支配人は、過去の実績があり、自信満々。客席を巻き込んだジョークを連発、前列をさして「シャンデリアが落ちるとしたら、ここらへんか?」等、早くも客いじり。支配人たち、俳優、前からいるスタッフ、それぞれの思惑があるが、1曲目はオフェンバックの「パリの生活」より“案内人の名にかけて申しますが”より『ようこそ、リシャード様、光栄です』というナンバー、声を揃えて歌うが、心はバラバラだ。
原作やロイド・ウェーバー版を知っていれば、「ここが違う」「ここは同じ」と探すのも一興であるが、もちろん知らなくても十分楽しめる。キャスト全員歌唱力も高く、しかも『お笑い』ポイントではここぞとばかりにしっかりと客席の笑いを取る。ジョークとウイットに富んだやり取りと演技、しかもしっかりと泣かせどころもある。怪人の生い立ちと末路、世界のミュージカルスターであるジョン・オーウェン=ジョーンズ、世界レベルの歌唱力で観客の心を揺さぶる。原作は怪奇色の強いものであるが、様々な要素を含んだ内容故に、多様な切り口で映画化、舞台化できる作品。怪人の愛は妄想であるが純粋、だからクリスティーンが彼と愛を誓い合うところを目撃した怪人は激怒する、「裏切った!」と。彼女は決して怪人が嫌いなのではなく、ラウルを愛しているのだが、怪人とは音楽で結びついており、どこか心惹かれている。さらに彼を知っているというペルシャ人が登場し、彼の生い立ちやどんな人物かが明らかになっていき、最初は圧倒的優位であった怪人は次第に追い詰められていく。そしてロイド・ウェーバー版でも有名なシーン、オペラ座の地下の湖をボートで進むシーンは幻想的、クリスティーンは好奇心旺盛、仮面を剥ぎ取ってしまうところもあまりにも衝撃的な場面、ロイド・ウェーバー版でも映画でもここはハイライトシーンでよく知っている観客なら「ここで仮面を・・・・・」とわかるのだが、それでもドキドキしてしまうのは原作のパワーだろう。
原作は怪奇色が強い長編小説であるが、このケン・ヒル版は悲喜こもごもの人間模様、群像劇的なニュアンスもあり、人間の可笑しさや哀れさ、愛と打算、思惑と妄想、人間が持っている感情を浮き彫りにする。それ休憩を挟んで約2時間半ちょっとにして凝縮。世界中で上演されているのも頷ける。久しぶりの来日公演、渋谷の『パリ・オペラ座』に足を踏み入れてみるのは?いかが?
【概要】
ミュージカル「オペラ座の怪人~ケン・ヒル版~」
原作:ガストン・ルルー 脚本・作詞:ケン・ヒル
日程:2018 年8月29日(水)~9月9日(日)
会場:東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階) *生演奏・英語上演・日本語字幕あり
チケット:S席11,800 円/A席8,800 円/B席6,800 円(全席指定・税込)
主催:キョードー東京/ テレビ東京/ 読売新聞社
公式サイト: http://operaza2018.jp
お問い合わせ:
キョードー東京0570-550-799(平日11:00~18:00/土日祝10:00~18:00)
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文:Hiromi Koh