日生劇場開場60周年記念公演 オペラ『メデア』日本初演 愛から憎しみへ、正気から狂気へ、人間の業とその奥深さ。

日生劇場は2023年に開場60周年を迎えるが、その記念公演の最初を飾る5月公演は、ケルビーニ作曲オペラ『メデア』(原題:Médée)日本初演。ケルビーニの音楽と演劇が融合したドラマティックな構成で、ギリシア悲劇に基づく王女メデアの壮絶な復讐劇が紡がれていく。

18世紀末から19世紀の初めにパリで活躍したイタリア出身の作曲家ルイジ・ケルビーニ。彼の代表作である『メデア』は、1797年にパリで初演されたフランス語のオペラで、ギリシア悲劇の傑作を原作としたケルビーニの代表作。「劇的音楽の頂点」と称された本作は、1820年代に入ってパリでロッシーニ旋風が巻き起こり、一時埋もれていたが、1953年、稀代の歌姫マリア・カラスが主役を演じたことで復活を遂げた作品でもある。

物語の舞台は古代・コリント。舞台の中央に椅子。序曲、慌ただしさが続いたかと思うとちょっと穏やかな曲調だったり、変化に富んだ楽曲。舞台上に子供のシルエット、遊んでいる様子、このシルエットがだんだんと大きくなり、消える。それから1幕の幕開き。コリントの王女・グラウチェ、白いドレス姿、静かに現れて中央の椅子に手をかけて座る、浮かない表情。幕が開き、大勢の人々が登場、彼女は武将・ジャゾーネとの結婚を控えていた。侍女が彼女の心を晴らそうと「元気を出して」ソプラノで歌う。周囲の明るさをよそに王女は「明日が不安でたまらない」と悲しげに歌う、ここは難曲。心配の種はジャゾーネの前妻・メデア。そこへ父である国王・クレオンテとジャゾーネが現れて彼女を慰め、人々は彼女の美しさを褒め称える。だが、コルキスの地名を聴くと顔を曇らせ、「怖い」と歌う。華やかなシーンだが、同時にこれから起こる不吉なことも予感させるシーン、赤い花びらが印象的だ。

そこへ前妻・メデア登場、人々は逃げてしまう。照明も変わり、曲も変化、一変して空気感が変わる。「ジャゾーネは私のもの」とメデア、だが「下がれ!」と国王に一喝される。ジャゾーネと二人きりになり、メデアはもちろん復縁を迫る。ここで歌われるアリアは名曲。だが、ジャゾーネの心はすでにグラウチェに傾いており、復縁などあるはずもない。むしろ、「消えろ」と罵るジャゾーネ、メデアも引き下がらず、二人は激しく歌う。1幕のラスト、ここは迫力のあるシーンとなっている。

孤立するメデア、彼女の理解者は侍女のネリスだけ。ジャゾーネとの間にもうけた2人の息子、可愛い盛りだが、夫によく似ている。夫婦が仲むつまじければ、それも楽しみの一つになるのだが、ここではそうはいかない。そんなメデアに対して国王・クレオンテは国外追放を命じる。

2幕、大きなメデアのシルエットが段々と等身大になってそれから幕開き、という趣向。メデアの粘りつよい懇願、根負けした格好でクレオンテは1日だけ追放の猶予を与える。この2幕では侍女・ネリスのアリアが聴きどころ、「お苦しみを私が受け止めましょう」と歌うが、彼女の温かさと優しさが滲み出ている曲。ジャゾーネが現れ、悲しみと昔の思い出を歌うが、結局はやはり別れることに。

一人になったメデアは、雷鳴が轟く中、ネリスに王冠とペプロス(古代ギリシャの女性が着る服)を贈るように言うが、これが3幕の大きな悲劇、この物語の最大のクライマックスへ連なっていく。

栗山民也は「表と裏、悲劇と喜劇、愛と憎しみ、正気と狂気、これが『メデア』の中心です」と語っているが、メデアはジャゾーネを愛したが故に彼の行動に対して憎しみを抱いていき、まだ幼い息子たちは、愛する子供たちである一方で、憎しみを抱いた夫の子供でもある。愛と憎しみ、彼女の魂は引き裂かれ、狂気となって悲劇的な結末を迎えてしまう。宮殿に火を放って自分も含め、そこに居合わせた夫を始め、人々を巻き込む。

変化に富んだ楽曲、アリアは難易度も高く、聴きどころが多いが、そういった音楽的なところを堪能しつつ、物語の奥深さを噛み締める。歌い手も第一線で活躍中の面々が揃う。メトロポリタンオペラでは、なんと2022年に初演のオペラ『メデア』、この公演、この演目、”レア”であることは間違いない。

概要
日生劇場開場60周年記念公演 NISSAY OPERA 2023『メデア』
全3幕(イタリア語上演・日本語字幕付)日本初演・新制作
作曲:ルイージ・ケルビーニ
台本:フランソワ = ブノワ・オフマン
イタリア語訳詞:カルロ・ザンガリーニ
原作:エウリピデス ピエール・コルネイユ

指揮:園田 隆一郎
演出:栗山 民也
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

日程:2023年 5月27日(土)・28日(日) 各日14:00開演(開場は開演の30分前)
会場:日生劇場
出演 5月27日(土)/5月28日(日)
メデア:岡田 昌子/中村 真紀
ジャゾーネ:清水 徹太郎/城 宏憲
グラウチェ:小川 栞奈/横前 奈緒
ネリス:中島 郁子/山下 牧子
クレオンテ:伊藤 貴之/デニス・ビシュニャ

第一の侍女:相原 里美(両日)
第二の侍女:金澤 桃子(両日)
衛兵隊長:山田 大智(両日)

スタッフ
美術:二村 周作
照明 : 勝柴 次朗
衣裳:前田 文子
ヘアメイク : 鎌田 直樹
振付:田井中 智子
音響 : 佐藤 日出夫(エス・シー・アライアンス)
字幕・翻訳 : 本谷 麻子
演出助手 : 橋詰 陽子
舞台監督 : 大澤 裕(ザ・スタッフ)
合唱指揮 : キハラ 良尚
副指揮 : 大川 修司、粟辻 聡、矢野 雄太
コレペティトゥア : 平塚 洋子、星 和代、髙田 絢子

※やむを得ない事情により出演者等が変更になる場合があります。予めご了承ください。

主催・企画・制作:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
協賛:日本生命保険相互会社

◆特設ページ:https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2023_info/medea/
舞台撮影:三枝近志