2023/2024シーズンは、プッチーニの『修道女アンジェリカ』とラヴェルの『子どもと魔法』、珠玉のオペラ2本立てで開幕。
「人間の愛の中でもっとも純粋な“母と子の愛”」(大野和士芸術監督)をキーワードに、20世紀初頭ヨーロッパの彩り豊かな音楽を、ダブルビルならではの洒脱なコントラスト、そして贅沢にも揃う豪華歌手陣が出演。
プッチーニの『修道女アンジェリカ』は、我が子と引き離されたアンジェリカの孤独と絶望、そして神秘的な奇蹟がプッチーニならではの豊饒な音楽で描かれる感動的な作品。女声のみのキャストが織り成す精緻な音楽、そして最終シーンの混声合唱を伴う神々しい音楽の美しさは特筆ものです。対する『子どもと魔法』は“管弦楽の魔術師”として、また洗練されたバレエ音楽でも知られるラヴェルが「ファンタジー・リリック」と呼んだ、子ども目線で子どもを取り巻く世界を描いた幻想オペラ。ラヴェルならではの華麗な音楽で、子どもの心の冒険が描かれる。
指揮・演出は国内きってのオペラ指揮者であり、近代作品、20世紀作品も得意とする沼尻竜典と、オペラの読み込みの名手粟國淳の鉄壁のタッグが『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』に続いての登場。内省的な『修道女アンジェリカ』からオペラならではの仕掛けいっぱいで遊び心あふれる『子どもと魔法』へと鮮やかに展開する、ダブルビルならではの音楽的、視覚的なコントラストが楽しみ。
アンジェリカ役には、トスカなどドラマティックな役柄でスター街道を駆け上がり、スカラ座、メトロポリタン歌劇場などで主演を重ねるキアーラ・イゾットンが、21年『トスカ』以来の出演。公爵夫人には情熱を秘めた、毅然とした表現が好評を博す齊藤純子が登場します。『子どもと魔法』の子ども役には、同役を特に得意とし、世界中の歌劇場、オーケストラから引く手あまたのフランスの“子ども”歌い、クロエ・ブリオが登場。お母さん役にフランスから齊藤純子、そして小林由佳、河野鉄平、三宅理恵ら近年重要な成功が続き勢いに乗った歌手に加え、塩崎めぐみ、郷家暁子、中村真紀、伊藤晴、盛田麻央、十合翔子ら国内オペラ界トップ歌手たちが華やかに揃うのも楽しみ。
『修道女アンジェリカ』は登場するのは女性のみ。修道院、前半は修道院での生活が描かれる。顔は隠れてよく見えない。だが、さまざまな仕草でちょっっとずつ彼女たちの個性や考えていることが透けて見えてくる。男子修道院と女子修道院とがあり、いずれにおいても修道士・修道女は独身を守る。よってここで描かれている修道女たちも事情は色々抱えているが、中身は普通の女性。かつて羊飼いだったジェノヴィエッファは「羊に会いたい」、食い意地の張ったドルチーナは「美味しいものが食べたい」というあたり、禁欲的な生活を送りつつも脳内はそんな感じ、ちょっと微笑ましくもあり、あまりにも普通でほっとする。アンジェリカは「自分には何の願望もない」と言う。だが、皆、うっすら知っている、何かのっぴきならない事情がありそうなことを。そんな折に面会者が修道院にやってくる。
どうやらアンジェリカに会いに来た様子。そして修道女全員が舞台からいなくなり、彼女のおばに当たる公爵夫人とアンジェリカの2人に。そこでアンジェリカの過去、思いが明らかに。そして公爵夫人から聞かされる様々な事実にアンジェリカは絶望し、最終的には自殺を図る。前半で「アンジェリカは花と草を使った薬のレシピをいつも持っている」という台詞があるが、中世の修道院では様々な薬草が栽培され、修道女が薬を調合して治療を行っていたので、当時の修道女は医学や薬学を修めることができるほどの高い知的レベルだったそう。アンジェリカは現代でいうところの『薬剤師』だったのかな?と想像するとラスト、アンジェリカは自分で自殺用の薬を調合、その前半の台詞が”伏線”であることがわかる。
曲は、アンジェリカが絶望して自殺をしようと決意するところから奇跡のラストまでは劇的でドラスチックな展開、プッチーニならでは。最後の最後は笑顔でこの世をさる。自殺はキリスト教では違法行為。キリスト教では「死」を罪の対価、この「罪」を償うために人は「生きる」のであると解されている。そういった宗教的な背景を押さえておくと『修道女アンジェリカ』もわかりやすくなる。セットは象徴的で後半の黒い十字架は物語の雰囲気とその裏にある思想などをそこはかとなくイメージさせてくれる。
休憩を挟んでラヴェルの『子どもと魔法』。こちらも1幕もの。主人公はヤンチャな少年。抽象的な映像から始まり、幕があく。ママに怒られる、勉強しないで遊んでばかり。ママはシルエット、小言が多くなるにしたがってシルエットが大きくなる。少年は”キレる”、思い切り”悪さ”をする、ものを投げたり、動物をいじめたり、やりたい放題。そうしたら、椅子が突然!喋る、動く!そこからは、もう玩具箱がひっくり返ったような大騒ぎ!
時計やらポットやら茶碗(中国製なのでチャイナ服)やら、皆、少年に”やられた”ものたち。暖炉からは火の粉や灰が!「焼き殺してやる!」かなり怖い、これをバレエダンサーが群舞で。
壁紙を破ったおかげで、私たちの愛が引き裂かれたという羊飼いの男女に破いた本からはお姫様が!それから教科書からは老人が現れ、立て続けに算数の文章問題を出して支離滅裂な歌を。観てる方はひたすら笑える展開。
庭に出た少年、一瞬、安心するも寄りかかった樹木が子供が傷つけたところから樹液が流れて痛いといい、どんどん動物たちが登場し、庭は大騒ぎ。だが、動物たちは仲良し、そんな姿をみた少年は「ママ!」と叫んだら…動物たちや木が子供に向かって!もう乱闘騒ぎ、そんな折にリスが怪我。少年はリスを介抱する。少年は一見乱暴で癇癪持ちで我儘に見えるが本当は優しい少年。ラストはハッピーエンド。バレエとオペラの融合、しかもちっとも難しくなく、むしろ楽しく笑える作品、オペラ初心者や子供たちにはうってつけ。出演者に子供も、カラフルな衣装とダンスがキュート、音楽も多彩で華麗な曲もあれば、軽やかなPOPな感じの楽曲も。
対照的な2公演だが、どちらも親子を描いている作品。それぞれ1幕ものなので、サクッと気軽に観劇できるオペラ作品だ。
作品について
『修道女アンジェリカ』とは
『修道女アンジェリカ』(1918年)は、プッチーニ晩年の「三部作」の二作目で、生々しい悲劇『外套』、コメディの『ジャンニ・スキッキ』と対比を成す、宗教的、感動的な作品。ラストシーンの混声合唱を除き登場人物すべてが女声だけで演じられ、静謐で叙情的な空気に満ちた作品です。修道女たちの穏やかな情景に始まり、貴族階級にいながら未婚の母となり、ひとり修道女となったアンジェリカの過去が明らかになっていくやり取り、アンジェリカの絶望と悲嘆へのドラマティックな展開、そして贖罪の思いと神秘的な奇蹟のシーンが、プッチーニならではの雄弁な管弦楽で一気に表現されます。
『修道女アンジェリカ』ものがたり
夕暮れの修道院。修道女たちがアンジェリカは面会を待ち続けていると噂していると、アンジェリカの叔母の公爵夫人が訪れる。アンジェリカは実は未婚の母であり、そのため息子と引き離され修道院へ入れられていた。その子どもが亡くなったことを知り、悲嘆にくれるアンジェリカは毒をあおるが、すぐ自殺が大罪であることに気づき絶望する。罪を悔い、聖母に祈りをささげると奇蹟が起こり、天使の合唱の中、アンジェリカは息子に導かれ息を引き取る。
『子どもと魔法』とは
ラヴェルの『子どもと魔法』(1925年)は作曲家自身が「ファンタジー・リリック」と呼んだ、オペラとバレエの要素を融合させて作曲された作品。時代の寵児であった女性人気作家コレットの台本をもとに、悪さばかりしてお母さんを困らせていた子どもが身の回りの物や庭の生き物たちに仕返しされ、思わず口から出た「ママ」という言葉をきっかけに悪夢から解放される物語。子ども目線で展開する趣向も楽しく、子どもを取り囲む森羅万象が、ラヴェル得意の華麗な管弦楽や軽妙なリズムと和声、時にエキゾティックな節回しで息を吹き込まれ、活き活きと動き出します。
『子どもと魔法』ものがたり
宿題がいやで文句だらけの男の子。男の子はポットやカップを割ったり、リスや猫をいじめたり、暖炉をひっかき回したり、壁に落書きしたり、時計を壊したり本を破いたりと暴れ放題。すると椅子が「乱暴な子はまっぴら」と動き始め、時計にポットとカップ、火まで「焼き殺そう」と追いかけてくる。壁紙からは落書きの羊飼い、破れた本からお姫様、そして教科書から算数の問題を出す妙な老人まで登場。男の子が庭に逃げ出すと今までいじめた生き物たちが飛びかかってきて大騒ぎに。怪我してしまったリスを男の子が手当てすると、生き物たちは子どもの優しさに気づいて、「坊やはいい子になった」と言って消えていく。
概要
新国立劇場2023/2024シーズン開幕公演 オペラ
令和5年度(第78回)文化庁芸術祭オープニング・オペラ
『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』
日程会場:2023年10月1日(日)/4日(水)/7日(土)/9日(月・祝) 新国立劇場オペラパレス
スタッフ・出演
指揮:沼尻竜典/演出:粟國淳/出演:キアーラ・イゾットン、齊藤純子、塩崎めぐみ、郷家暁子、小林由佳、中村真紀、伊藤晴、今野沙知絵(以上『修道女アンジェリカ』)、クロエ・ブリオ、齊藤純子、田中大揮、盛田麻央、河野鉄平、十合翔子、三宅理恵、杉山由紀、濱松孝行、青地英幸(以上『子どもと魔法』)ほか/合唱:新国立劇場合唱団/児童合唱:世田谷ジュニア合唱団/管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
公式WEB:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/suorangelica/
舞台撮影:寺司正彦
提供:新国立劇場