6月14日(金)より東京劇術劇場 シアターウエストにて上演される『ポルターガイスト』は、10代の頃に才能ある芸術家として注目されながらも今や世間から忘れ去られている青年の“ある1日”の物語。フィリップ・リドリーが描いたダークでコミカルなこの一人芝居にソロパフォーとして挑む永田崇人を訪ね、稽古場へと向かった。
中央に少し高くなった四角形のステージ、その上には一脚の椅子。周囲にはイーゼル、キャンバス、画材、電気スタンド、古びたアルバムや新聞紙などが雑多に置かれている。あとはひとりの俳優と、ひとりの演出家。これがここの全て。最小限のスタッフが見守る中、定時を少し過ぎ永田の「今日、何やるんですか?」に「何する?」と演出の村井雄。この芝居について「24時間毎日LINEでやり取りしている」と笑うふたりのバディ感を感じさせるゆるっとした導入の空気が心地よい。
少しのすり合わせののち、頭からやっていくことに。「エネルギッシュに行けるヒントを探ろう。詰まったり忘れたりは全然いい。昨日までの2割マシで」と村井。「2割り増し!? やってみよう!!」と気合いをいれる永田。場面は主人公の青年・サーシャが最悪の状態で目覚める朝のシーンから。
開始早々、目の前の永田はサーシャの不機嫌な状態を大音量のマシンガントークで展開! セリフ、状況説明、合間に挟まれるパートナー・チェットとのやり取り……それは例えるならスタンドアップコメディーや落語のよう。なるほど年齢も性別も様々な計10人のキャラクターはこうして演じ分けられるのかと、本作の構造をドンっと体感で分からせてくれるラウドな始まりだ。
演出席の村井は最高の観客。時に同じようにアクションし、瞬時に移動の指示なども出しつつ、ゲラゲラと笑い永田の演技に200%で反応する。それはひとりで闘う俳優にとって素晴らしい“安心毛布”。間違いもはみ出しも気にせずにトライできる環境もバッチリ整っている。
忘れても詰まっても基本セリフは止めない。少し巻き戻してみたり、時には「ああ〜っ!!」と一瞬気持ちを振り切ることで本筋に立ち返り、永田がセリフの途中で冷静に「立ち位置はここ?」「これ、こっち向きがいいですか?」と村井に動きの確認をするところでさえセリフの一部と思ってしまうくらい、途切れぬスピード感とテンポがすごい。サーシャとチェットのやり取りの中に電話で新たなキャラが加わったり、スッとサーシャの独白に移ったり、さらに人数が増えたり。会話の流れ、少しの体の向きの変化、声色、ボリューム調整、立ち位置の移動や身振り手振りを活用し、そこにいる人たちや変わりゆく風景を観ている人の脳裏に浮かび上がらせていく。
稽古時間60分を前に、フルパワーでしゃべり演じ続けていた永田が「これ、無理だ!!」とフリーズ。「だよね。これはもうスピードハラスメント、スピハラだ」と村井。大笑いするふたり。「本番のため、今はちょっとこのままブーストしていこう」の村井に「このペース、すごくいい。これでできたら本番のテンポも自信を持って臨めますね」と永田。しばしの休憩、ドリンクのボトルを空にしながら、俳優も演出家も楽しくてたまらないという熱量を途切れることなく放っている。
アイロニカルなサーシャの視線で捉えられた周囲の人々、周囲の景色、自分自身の心。まるで違う人々がぎゅーっとひとりの人間になってしまった面白みと恐ろしさと哀しさがどんどん転がっていく物語の引力。その中心にいるのが永田だ。“体当たり”だけでは到底できない高度な表現である。ちゃんと伝え、動き、反応し、アクシデントすら飲み込んでこの世界を届け切るスキルと心身のタフネスが求められる。「最初から最後まで通すのはもちろん必須です。そして、ただやり切るだけじゃく、どこで抜いてどこで上げてどこで休んで…という全体の緩急を掴まなければダメですよね。仕上げに向けてはマラソンランナーみたいなペース配分も作っていかないと」という稽古前の永田の言葉が思い出された。
村井の手元の台本は付箋まみれですでにクタクタ。永田はひと足さきに2冊目をもらい「これは綺麗に使おう」と嬉しそう。稽古はさらに続々と登場人物が増えていくバースデーパーティーのシーンへと突入。「△△は邪魔するやつだからセリフが出にくいんだけど、□□がグイグイくるから割とスムーズだよね」という一人芝居ならではの永田の発言に「それ、おもしろい」と、さらにこちらの心も動く。全てのキャラクターの様子は本番で見届けよう。カオスでパワフルでコミカルでチャーミングなサーシャの一日に遭遇する日が待ち遠しい。
永田崇人コメント
稽古は今ちょうど半分を過ぎたあたり。「よかったあと○日ある」、もしくは「もうあと○日しかない!」と、過ぎゆく時間を数えつつ毎日膨大な量のセリフと格闘しています。記憶の定着のためには眠ることも大切、睡眠はしっかり取って健康に過ごしていますので、どうかご心配ないよう。あ、もし電車の中でブツブツと何かを呟いている僕を見かけてもそっと見守ってくださいね(笑)。この作品は決して難しい内容ではありません。オモシロも多いし、クスッと笑えるやり取りもたくさんあります…が、ふとした時にその言葉の裏にあるモノに気づくと全く違う景色が見えてくるんです。何度も観ることでわかることもたくさんあります。お客様にはその多層な手触りも楽しんでもらいたいですね。良い作品になると確信しています。『ポルターガイスト』、自信を持ってお届けいたします!
STORY
姪の誕生日パーティ ある日の午後
主人公サーシャはパートナーの売れない俳優チェットとに古びた狭い部屋で暮らしている。
異父兄フリンの娘ジャミラ5歳の誕生日パーティに招待され、嫌々、車で向かう。
会場では案の定、サーシャが天才画家と呼ばれた少年時代のアート遍歴を執拗に語らせられ、無教養な配管工・ダギーは、サーシャの10代の頃の作品が掲載されているYouTubeまで必死に探しだす。兄フリンとサーシャの食い違う兄弟の記憶。昔馴染みのミセス・クルカルニも飼犬プードルの思い出話と共に参戦して、何気ない会話がサーシャの芸術性や画家として成功しなかった理由などの話題に傾き、サーシャをさらにイライラさせる。
サーシャの危うい雰囲気を察してか、ネーヴ(義姉)が、カラオケの告知に来たり、ケーキを配ったりと皆の気を反らして、サーシャのピンチを救うかのようにふるまう。
ついには痴呆症のネーヴの父が突然サーシャの触れられたくない過去を思い出す。
追い詰められたサーシャが、2階の部屋で一人きりになった際にとった行動とは?
パーティの間中、部屋にこもり絵を描いていた芸術家気質の姪のロビンがやっと出てきて、サーシャに語りかける。
10代の頃の自分、母の死、義兄、義姉の思い・・・閉ざしていたサーシャの心がふいに開かれる。
サーシャとチェットは人知れず帰宅する。その夜、ネーヴからの電話が「今日もまた家に幽霊が出て、知らない間に部屋を荒らしていったようだ。」と伝える。
サーシャはスケッチブックの新しいページを開く。今度はキャンバスに油絵で大きな作品を描こう。
チェットが描くための広いスペースは何とかするさ、とキスをしてくれる。そんな楽観的なチェットがサーシャは大好きだ。
公演概要
石井光三オフィスプロデュース ポルターガイスト
日程・会場:2024年6月14日〜6月23日 東京芸術劇場・シアターウエスト
作:フィリップ・リドリー
翻訳:小原真里
上演台本・演出:村井雄
出演:永田崇人
問合:03-5797-5502(平日12:00~18:00)
公式HP https://poltergeist2024.com
取材・文:横澤由香
写真撮影:武藤奈緒美