永田崇人一人芝居『ポルターガイスト』が開幕。タイトルの『ポルターガイスト』、ドイツ語「Poltergeist」、家の中で騒いで大きな物音をたてたり、家具を壊したりするという霊のことを指すが、この物語はホラーではない。登場するのはサーシャという人物のみ。いわゆるアーティスト、そんな彼のある日の出来事。
出来事と言っても何か特別な事件が起きるわけではない。姪っ子・ジャミラの誕生パーティに招待される。彼が朝、起きた時点から、「その日」は始まる。彼の視点から語られる、不機嫌な寝起き、誰しもそういう朝はあること。サーシャも片頭痛な朝を迎える。
頭が痛い上に行きたくもない誕生パーティに行くという用事がある。些細なことで不機嫌が倍増する。パートナーのチェットと共に車に乗って向かう途中も、当然のことながら不機嫌は続く、途中ドラッグストアーによって頭痛薬を買ったりするが、少々余分なものを買ったりもするところは「あるある」、ちょっとした息抜き。それから到着、不機嫌な顔をしていることはできない。表面上はそれなりにきちんと受け答えするが心の中では悪態をつく、その落差。だが、パートナーのチェットはわかっている。サーシャの繊細で壊れそうな心、チェットの懐の深さ、周囲の人々の空気読めない感、特にダギーの行動と発言はサーシャの癇に触ることばかりだ。
普通のストレートプレイなら登場人物の数だけ出演者がいるのだが、これは一人芝居、永田崇人が全てを担う。舞台上には、ほぼ何もない。周囲には街の風景のミニチュアぐらい。サーシャの感情の起伏と心の声、テンションが高い時は「これでもか」とエネルギッシュに、そして心がメランコリーになった時は沈んだ口調になり、”他の誰か”の場合は、声色や仕草などを変えて演じる、帽子やマフラー、エプロンといった小物を使って”キャラ変”する一人芝居も存在するが、これはそういったものは一切使わず、出ずっぱり、一瞬でも舞台袖にいくことはない。
だが、観客の脳裏にはこの作品の景色がふわっと浮かんだり。舞台は囲まれているわけではないが、それに近い形、プロセニアム、客席との距離感はかなり近い。時折、観客との掛け合いのようなシーンもあり、そこはエンターテイメント(早口言葉のような場面あり)、思わず拍手喝采。観客は基本、傍観者であるが、主人公とのそういった”絡み”もある。
行きたくなかったパーティ、案の定な展開に怒りと苛立ちMAXに達した時、サーシャの閉ざされた心の壁が不意に崩れる瞬間が。閉塞感でいっぱいだったサーシャに少し、光が射す瞬間。その光は微かなものかもしれないが、そんなとき、身近にいるチェットの存在でふと気持ちが晴れる。チェットは温かく、そして思慮深い、時にはエキセントリック苛立つサーシャを大きく包み込む。
スタンダップコメディのような雰囲気の時もあれば、一人掛け合い漫才のような場面もあり、シリアスな独白場面もある。永田崇人がとにかくエネルギッシュ。勢いよく語る場面では、本当によく動く。そして辛い胸の内を吐露するシーンでは、言葉、一つ一つに魂を込める。誰しも思い出したくない出来事もあれば、すぐそばにいる誰かに癒されることもあり、感情を爆発させたいこともある。
サーシャの気持ちに共鳴しつつ、様々な人物に対して「あるある」と思ったり「自分かも?」と思ったり。ラスト近くでタイトルの『ポルターガイスト』の意味もわかる。フィリップ・リドリーの巧みな構成と洞察力、特別な事件など起こらない、いわば”日常”、そこに真実がある。上演時間は1時間30分強。
STORY
姪の誕生日パーティ ある日の午後
主人公サーシャはパートナーの売れない俳優チェットとに古びた狭い部屋で暮らしている。
異父兄フリンの娘ジャミラ5歳の誕生日パーティに招待され、嫌々、車で向かう。
会場では案の定、サーシャが天才画家と呼ばれた少年時代のアート遍歴を執拗に語らせられ、無教養な配管工・ダギーは、サーシャの10代の頃の作品が掲載されているYouTubeまで必死に探しだす。兄フリンとサーシャの食い違う兄弟の記憶。昔馴染みのミセス・クルカルニも飼犬プードルの思い出話と共に参戦して、何気ない会話がサーシャの芸術性や画家として成功しなかった理由などの話題に傾き、サーシャをさらにイライラさせる。
サーシャの危うい雰囲気を察してか、ネーヴ(義姉)が、カラオケの告知に来たり、ケーキを配ったりと皆の気を反らして、サーシャのピンチを救うかのようにふるまう。
ついには痴呆症のネーヴの父が突然サーシャの触れられたくない過去を思い出す。
追い詰められたサーシャが、2階の部屋で一人きりになった際にとった行動とは?
パーティの間中、部屋にこもり絵を描いていた芸術家気質の姪のロビンがやっと出てきて、サーシャに語りかける。
10代の頃の自分、母の死、義兄、義姉の思い・・・閉ざしていたサーシャの心がふいに開かれる。
サーシャとチェットは人知れず帰宅する。その夜、ネーヴからの電話が「今日もまた家に幽霊が出て、知らない間に部屋を荒らしていったようだ。」と伝える。
サーシャはスケッチブックの新しいページを開く。今度はキャンバスに油絵で大きな作品を描こう。
チェットが描くための広いスペースは何とかするさ、とキスをしてくれる。そんな楽観的なチェットがサーシャは大好きだ。
概要
石井光三オフィスプロデュース ポルターガイスト
日程・会場:2024年6月14日〜6月23日 東京芸術劇場・シアターウエスト
作:フィリップ・リドリー
翻訳:小原真里
上演台本・演出:村井雄
出演:永田崇人
問合:03-5797-5502(平日12:00~18:00)
公式HP https://poltergeist2024.com
撮影:武藤奈緒美