10月8日~ 新国立劇場で上演される『ピローマン』。映画「スリー・ビルボード」「イニシェリン島の精霊」など、新作が公開されるたびにアカデミー賞を賑わせる、イギリス出身の鬼才、マーティン・マクドナー。劇作家としてキャリアをスタートさせ、演劇界・映画界の2つのジャンルで活躍する彼の代表作の一つ。 架空の”独裁国家”で生活している兄と弟。作家である弟が書いたおとぎ話がやがて彼らの現実を侵食していく…。理不尽な体制の中で「物語」が存在する意義とは何かを問いかける作品。
新国立劇場2024/2025シーズンのオープニングは、2004年のローレンス・オリヴィエ賞、04-05年のニューヨーク演劇批評家協会賞を受賞した、このマクドナーの傑作を、新国立劇場演劇芸術監督の小川絵梨子の翻訳・演出で上演。作家カトゥリアンを成河、その兄ミハエルに木村了。兄弟を尋問する二人の刑事、トゥポルスキを斉藤直樹、アリエルに松田慎也。そして兄弟の父母を大滝寛と那須佐代子が担う。
架空の独裁国家で「ある事件」が起き、ふたりの刑事・トゥポルスキとアリエルが作家のカトゥリアンを取り調べている。事件の内容がカトゥリアンが書いた物語と酷似していることから彼の犯行を疑っているのだ。さらに隣室にはカトゥリアンの兄・ミハエルも連行されており、刑事たちはさまざまな手を使って自白を引き出そうとする。次第に明らかになる兄弟の凄惨な過去。そして物語と事件との本当の関係とはーー。
稽古も佳境に差し掛かるなか、出演の成河、木村了、斉藤直樹、松田慎也、大滝寛、那須佐代子が “演劇トーク”を繰り広げた。
――昨日、初めて粗い形で全場面を通されたそうですが、そのご感想からうかがえますか?
成河 僕たちはそれを“ガッチャンコ”と呼んでいますが、途中で止まってもいいからまずはやってみようという共通認識のもとで場面を繋げました。僕が演じるカトゥリアンはほぼ出ずっぱりなので、いっぱい喋ったな、と(笑)。
木村 僕は稽古に参加して8日目ということもありとにかく必死でした。
成河 稽古8日で“ガッチャンコ”?通常はあり得ないよ!
木村 もうね、最初のシーンから面白すぎてこのまま出ないで帰りたいと思ったくらい(笑)。
――大滝さんと那須さんはおもに兄弟の父母役を、斉藤さんと松田さんは兄弟を取り調べるうちに自身の内面も顕在化する刑事を担われます。
那須 昨日やってみて、熱量が凄い芝居だとあらためて感じました。カトゥリアンが紡いだ物語の中では酷いこともたくさん起きるけれど、作品全体の着地点はどこかあたたかいんです。本当によくできた戯曲だと思いますが、役者はとっても大変(笑)。でもその大変さがあるからこそ、面白い作品になるんですよね。
(右から)那須佐代子、大滝 寛
斉藤 僕は11年前にも小川絵梨子さんの演出で刑事・トゥポルスキを演じているのですが、過去にやった役だからこそ、以前の芝居を忘れないといけない。絵梨子さんの演出も違うし、共演者も違うわけですから。けど、稽古中にふと以前の感覚やせりふが降りてきそうになることもあり、同じ役を同じ演出家のもとで演じる上での難しさも実感していますね。
松田 僕、このとてつもない俳優陣の中に居させてもらうの超イヤなんですよ(笑)。ここでは(『ハリー・ポッターと呪いの子』ドラコ役の)“魔法”も使えないですから。昨日は同じ場面に出ている皆さんに引っ張ってもらいながら何とかついていきました。とにかくめちゃくちゃ面白い作品だと思います。
成河 (小川)絵梨子さんカンパニーは毎回高みを目指すので、昨日の稽古でも変に完成形に向かって急ぐのではなく、ある種のブレーキをかけながらギリギリまで遠回りすることを意識しました。自分にとってはハイスピードで行くよりそっちの方が難しかったりもするのですが。
――木村さんは今回、作家・カトゥリアンの兄、ミハエル役として急遽カンパニーへの参加が決まりました。お話があった時にどう思われたか、率直なところをお聞かせください。
木村 じつは僕、しばらく舞台の仕事を休もうと思っていたんです。2022年に絵梨子さんとご一緒した『レオポルトシュタット』をはじめ4作品も立て続けにやらせていただいて、自分の中では次の舞台まで少し間を空けるつもりでした。ただ事務所には「もし、小川絵梨子さん演出作品のオファーがあったら、それは絶対にやる」と伝えていたんです。それで新しく担当になったマネージャーにもそのことを話した4日後に『ピローマン』の件で連絡があって。
那須 えっ、凄い!
(右から)成河、木村 了
木村 だから絵梨子さんとプロデューサーさんから「助けて」って連絡をいただいたとき、すぐに「いいよ」ってお返事をしていました。その時点で『ピローマン』がどんなストーリーで、ミハエルがどんな役なのかまったく知らなかったんですけど、共演者も素敵な方ばかりだし、きっと自分はそんなに大変ではないだろうなと思って。
成河 そうか、台本を読む前だもんね(笑)。
木村 そうなんですよ。その翌日にプロデューサーさんが事務所まで来てくれて、夜に初めて台本を読んで……あまりの内容の濃さと責任の重さに吐きそうになって途中で一旦、パタンと台本を閉じました(笑)。でも、これはもう運命なんだと今は思っています。2年、間が空いたことで絵梨子さんの言葉をすぐキャッチできないときもありますが、成河くんがいつも優しく「ゆっくりでいいよ」と言ってくれるのであせらず進んでいければ、と。
――那須さん、斉藤さん、成河さんは早い時期から小川絵梨子さんとお仕事なさっています。
那須 確かにたくさんご一緒していると思います。7,8作品は組ませてもらっているんじゃないかな。
成河 那須さんは『ピローマン』と同じマクドナー作品だと『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』(2017)? 僕は初めて絵梨子さんの演出を受けたのがやはりマクドナーの『スポケーンの左手』(2015)。今回で4作品目か。
那須 そう、でもお付き合いの長さでいうと直ちゃん(斉藤さん)じゃない?
斉藤 そうかも。中嶋しゅうさんから「お前ら気が合うから」って紹介されて、初対面が2010年大みそかの下北沢。翌年にピランデッロの短編作品集の舞台で初めて絵梨子さんの演出を受けました。その千秋楽に「長い付き合いになると思うけどよろしくね」ってふと口から出て、今、本当にその通りになったなあ、と。
――木村さん、大滝さん、松田さんは小川さん演出作へのご出演がそれぞれ2度目ですね。
松田 僕はさいたまネクスト・シアターで演劇をやっていたのですが、蜷川幸雄さんと小川さんの方法論では違うところもあると感じています。火にたとえると蜷川さんは赤い炎で小川さんは青い炎というイメージ。まあ、赤でも青でもその炎で僕が焼かれるのは同じですけど(笑)。
木村 絵梨子さんが演出家として俳優に伝えてくれることってとても理解しやすいんです。スっと肚に落ちてくる。
成河 それは絵梨子さんの中でブレが一切ないからじゃないかな。演劇でもっとも大切なのはテキスト(台本)であり、演劇=俳優芸術であるという軸が以前からまったくブレていない。俳優の演技がそのテキストにおいて適正なのかどうかを見極める力も突出しているし。
大滝 今作での絵梨子さんはどこか無邪気で俳優の自由にまかせる間口の広さもありつつ、そのストライクゾーンの判定はとても厳しいという印象です。自分が出演しない場面の稽古を見ていると、絵梨子さんの判定がストライクだったのかボールなのかがわからなくなることもあり、佐代ちゃんに「今、どこを見分けたの?」って聞くと、彼女が「(小川さんには)わかるのよ」って小声で教えてくれたりして。
成河 演出家としてとても正確で繊細なセンサーをお持ちですよね。
大滝 そう!たとえば誰かがふと自分のことだけを考えていたり、内心が台本から逸脱したときはすぐ気づかれる。これは俳優にとって怖いことですよ。
――『ピローマン』はほとんどの場面が少人数の濃密な会話で紡がれていきます。ハードなこともあるお稽古だと思うのですが、日常との気持ちの切替えなどどうなさっていますか?
松田 気分転換の方法はいろいろありますが、基本は普通の生活をすることですね、ご飯を食べに行ったり家族と遊んだり。僕は稽古中に100%集中して、家では台本も開かないです。
成河 そうなの?
松田 家で台本を読むとどうしても「このせりふ、こういう風に言ってみようかな」と“相手役が介在しない手札”を増やしてしまうんです。それは良くないと思っていて。
成河 真面目なんだ!
(左から)斉藤直樹、松田慎也
松田 稽古中、海には入りました?
斉藤 自転車で海まで行ったけど、まだ浮かんではいないね。
那須 海、いいなあ!私はBTSへの推し活です。コロナ禍にハマって、了くんと共演した『レオポルトシュタット』(2022)の現場ではキャストの皆とも一緒に踊りましたよ(笑)。だから今の気分転換はYouTubeでBTSの動画を見ることかな。
大滝 僕は野菜を作っているので、たまに畑に行くんです。今年の夏は暑かったから水をやるのが大変でしたけど。
木村 僕……まだ気分転換する余裕がないです(笑)。成河くんは?
松田 気になる!僕のイメージだとドライブだけど。
成河 確かに、車の中は1人で何か考えるのにいいからね。でも、多分、僕は稽古場にいる時が一番救われる感じがする。
那須 え、どういうこと?
成河 どこか演劇にしがみついているのでしょうね。生きていくなかで他者と関わるのはツラいことだけど、僕にとっての稽古場や劇場はそのツラさを反転させられる場所なんですよ。他者と関わるツラさを反転させられる演劇に携わって生きていくかor dieか、みたいな。
――『ピローマン』、これだけさまざまな要素で構成され、観客側の受け取り方も千差万別になるであろう舞台作品も稀有だと感じます。そこで、出演者の皆さまそれぞれが考える本作の“推しポイント”を語っていただけますでしょうか。
成河 まず、チケット代については強くプッシュしたいです。今回は3つの席種がありますが、当日販売のZ席は1650円で1番高額なA席でも7000円台。さらに当日券は学生証の提示でA席とB席が半額になる。
木村 この舞台を映画館と同じくらいの値段でも観られるのは凄いことだよね。
成河 そう!A席B席Z席と値段に選択の幅があるのも素晴らしい。このとんでもない作品をこれだけのメンバーで上演してこのチケット代、いち出演者として誇りに思っています
斉藤 知人や友人から「『ピローマン』って怖い話なんでしょ?」とよく聞かれます。確かにダークな面もありますが、いろいろな意味で面白いし、誰もが“あるある”って感じられる作品だとも思います。今さらですが、あの内容をこの人数でやるの、出演者としてもちょっと信じられません(笑)。
那須 ダークなだけではなくて笑いどころもたくさんあるし、怖さや切なさ、優しさやファンタジーまですべてが混在する作品だと思っています。あと、今この時代に(劇中に出てくる)“物語”がどういう意味を持つのか、老若男女、さまざまな世代の方に体感してほしいですね。
大滝 演劇ならではの楽しさがダイレクトに伝わる作品です。舞台を挟む形で対面式の客席が組まれますので、そこを体験していただくのも楽しいと思いますよ。
松田 僕も絶対に観ようと決めています。
木村 え、出演者……。
斉藤 第三の目…?
松田 こんなに凄い作品、出たいに決まっていますけど、同じくらい観たい気持ちでいっぱいです。稽古を重ねるにつれ、その想いがどんどん強くなってきていますね。だから僕は本番も絶対に観ます!
成河 おお、離見の見だ!
木村 その気持ち、わかる!終演後、お客さんもしばらくは放心状態のようになると思うし、観劇後にそれぞれの解釈をシェアしあったらきっと面白いですよね。観終わったら誰かと話したくてたまらなくなる作品ですから。
成河 さまざまな視点があると思いますが、『ピローマン』はマクドナーがメッセージなんて言葉を笑い飛ばすような勢いで書いた戯曲だとも感じています。だから肩に力を入れた状態ではなく、軽い気持ちで劇場に来ていろいろな人に演劇をより身近に感じてもらいたい。1万円以上のチケットだとそれが難しくなってしまいますが、今回はジャケ買いが可能な価格帯もあります。だからこそ「これ、本当に面白いの?」って半信半疑の人にこそ観てほしいです。
あらすじ
──むかしむかし、ある 所に普通の人とはちょっと違う人がいました。
身長 は3メートル ぐらいで、体は、ピンク色 の ふわふわした 枕 でできていました。
作家のカトゥリアン(成河)はある日、「ある事件」の容疑者として警察に連行されるが、彼にはまったく身に覚えがない。二人の刑事トゥポルスキ(斉藤直樹)とアリエル(松田慎也)は、その事件の内容とカトゥリアンが書いた作品の内容が酷似していることから、カトゥリアンの犯行を疑っていた。刑事たちはカトゥリアンの愛する兄ミハエル(亀田佳明)も密かに隣の取調室に連行しており、兄を人質にしてカトゥリアンに自白を迫る。カトゥリアンが無罪を主張する中、ミハエルが犯行を自白してしまう。自白の強要だと疑うカトゥリアンは兄に真相を問いただすが、それはやがて兄弟の凄惨な過去を明らかにしていく……。
概要
日程・会場:2024年10月8日(火)~27日(日) 新国立劇場 小劇場
作:マーティン・マクドナー
翻訳・演出:小川絵梨子
出演:成河、木村了、斉藤直樹、松田慎也、大滝 寛、那須佐代子
美術:小倉奈穂
照明:松本大介
音響:加藤 温
衣裳:前田文子
ヘアメイク:高村マドカ
演出助手:渡邊千穂
舞台監督:下柳田龍太郎
主催:新国立劇場
※観劇前に確認ください:トリガーアラート:本作には、フラッシュバックに繋がる/ショックを受ける懸念のある場面・表現が含まれます。児童虐待、性的虐待、暴力、殺人、流血、銃声、差別的な表現
座談会 取材・文:上村由紀子(演劇ライター) 撮影:引地信彦