ウクライナ出身の作家ブルガーコフの代表作『白衛軍』が新国立劇場にて好評上演中だ。
二十世紀ロシアを代表するウクライナ出身の作家、ブルガーコフ。彼の代表作『白衛軍』は1918年の革命直後のキーウを舞台に、時代に翻弄されるひとつの家族を描いた作品。
小説発表から、ちょうど100年を迎える今年、新国立劇場では、2010年に英国のナショナル・シアターで上演されたアンドリュー・アプトン版に基づいて上演。白衛軍とは1917年以降のロシア革命期における反革命側の軍隊の総称、旧ロシア帝国軍の士官たち。ロシア内戦で赤軍と戦闘を繰り広げたが、1920年にクリミア半島から最後の部隊が撤退・亡命。
『白衛軍』は、ブルガーコフの自伝的要素が強く実際、彼も白衛軍に軍医として従軍、作中と同じ、ロシア帝国崩壊後の激動の時代を生きた人物。
冒頭、舞台上には何もないが、一人の男が登場し、舞台奥からセットが出てきて、グッと前の方に移動してくる。リビング、この作品の物語が繰り広げられる場所。男はギターを抱えて歌う。ラフな格好だが、帽子を斜めにかぶっている。彼の名はニコライ(村井良大)、自作の歌、アレクセイ(大場泰正)が「うるさい」とやめさせる。「僕の歌が下手だと思ってる?」「ああ、今夜は特に」なんということもないやりとりに見えるが、時代はロシア革命、激動の時代とは無縁そうに見えるトゥルビン家のリビングに次々とやってくる人々、将校の姿もある。だが、会話の内容はまさに革命、「百姓の一斉蜂起」という言葉も。見た目は平和な光景、ウオッカを飲んで談笑したり。だが、会話の内容はきな臭い。ロシア帝国が崩壊、まだまだ混沌としていた時期、危機が迫る、抗えない運命、彼らはどうするのか、というのが大体の流れ。
表面上は穏やかそうに見える出だし、そこから、さまざまなシーンが盆の回転とともに次々と繰り広げられる。銃声の音、爆発音、怒号、それだけでも十分に感じられる争い、戦い。コサック兵を銃で撃ち殺す、凄惨なシーンも。だが登場するキャラクターは根はどこかにいそうな人々。ドイツ軍の撤退、白衛軍の解散など、歴史はドラスティックに動いていく。抗えない運命、状況、それでも逞しく生きていこうとする。メインキャラクターのニコライはまだ18歳、無邪気なところもあり、兄や姉を尊敬する。兄のアレクセイは軍人らしさと肉親を大切に思う心が同居するが、危機が迫ったとき、弟に「家に帰れ」と言い、体を張って弟を守るシーンはその熱い思いに胸が熱くなる。家にいて男たちを温かく迎えるエレーナ(前田亜季)は見た目は普通だが、どこか女神のよう。トゥルビン家にひょっこりやってくるニコライの従兄弟のラリオン(池岡亮介)はてっきり電報を読んでもらってると思いこみ、喋り始めたり、ところどころでちょっと可愛らしい発言が飛び出し、客席から笑いも起こる。
元々はオペラ歌手のレオニード(上山竜治)はエレーナにゾッコンで隠そうとしない、ちょっと図々しいが憎めないキャラクター、ぐしゃぐしゃの格好で息も絶え絶えな状態で転がり込んできたヴィクトル(石橋徹郎)、風呂に入ってさっぱり、このキャラもちょっとお調子者。時代背景も歴史上起こる事件・事象はとにかくハードで死と隣り合わせな状況、だが、ところどころクスッと笑える、会話を挟み込んで進行、その物語、脚本の巧みさに感心する。最後は再びトゥルビン家のリビング、大きなクリスマスツリー、ラリオンはツリーを片付けている、レオニードやヴィクトルらがやってくるが軍服は着用していない。冒頭と同じ場所であるが時の流れを感じさせる。だが、空気感は違う。混乱の残り香と悲しみ、最後の最後にニコライが登場するが、冒頭に登場したニコライとは全く違うニコライがそこにいる。翻って現代、ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻が続いている。ちなみに12月12日のニュースによると米国防総省のシン副報道官が11日の会見でロシアが数日以内に新型の中距離弾道ミサイル「オレシュニク」を使用する可能性に言及した。
フォトコール・会見レポ記事
ストーリー
革命によりロシア帝政が崩壊した翌年──1918年、ウクライナの首都キーウ。革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いの場となっていた。
白衛軍側のトゥルビン家には、友人の将校らが集い、時に歌ったり、酒を酌み交わしたり…この崩れゆく世界の中でも日常を保とうとしていた。しかし、白衛軍を支援していたドイツ軍によるウクライナ傀儡政権の元首ゲトマンがドイツに逃亡し、白衛軍は危機的状況に陥る。トゥルビン家の人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれていく……。
概要
『白衛軍 The White Guard』
日程・会場:2024 年 12 月 3 日(火)~12 月 22 日(日) 新国立劇場 中劇場
作:ミハイル・ブルガーコフ
英語台本:アンドリュー・アプトン
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
出演:村井良大、前田亜季、上山竜治、大場泰正、大鷹明良/池岡亮介、石橋徹郎、内田健介、前田一世、小林大介
今國雅彦、山森大輔、西原やすあき、釆澤靖起、駒井健介/武田知久、草彅智文、笹原翔太、松尾 諒
公式HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-white-guard/
撮影:宮川舞子