加藤健一×加藤義宗 音楽劇『詩人の恋』上演中 噛み合わない2人、音楽で心通う、わかりあう。

『詩人の恋』は、加藤健一事務所でこれまで計4回も上演した人気作品の一つである。
上演歴…2003年初演、その後2006年、2008年、2011年と上演し、4回全て、演出を久世龍之介 マシュカン教授に加藤健一 スティーブンは畠中洋という布陣。
今回は、演出を加藤健一事務所初登場の藤井ごう、そして二人芝居の相方に加藤義宗、“令和版・詩人の恋”、本多劇場にて好評上演中だ。
物語の舞台はマシュカン教授(加藤健一)の部屋。ピアノを弾いているが、あまり上手くない。すぐにミスをしては自分の手を「ピシッ」と叩く。客せきから笑いが起こる。そこへもう一人の登場人物であるスティーブン(加藤義宗)が訪問する。彼はアメリカ人のピアニスト、神童とも呼ばれた才能溢れる男だったが、スランプとでも言うのだろうか、壁に当たっている。彼はなぜかこのマシュカン教授を紹介されてここにやってきたのだった。

スティーブンの眉間にシワ。
合わない二人。
ムッとした表情のスティーブン。マシュカン教授はお構いなしに指示を。

会話がどこかチグハグでソリが合わない。時は1986年、家具調度品がそれでもこの時代の基準でもレトロ。あまり気が合わなさそうな二人。ピアニストのスティーブンに出した課題が歌曲『詩人の恋』、しかも全編歌いこなすこと。ハインリヒ・ハイネの詩によるロベルト・シューマン作曲の連作歌曲、ドイツ語表記『Dichterliebe』。当然猛反発するも、渋々レッスンを受けることに。ハイネは、ドイツの詩人、文芸評論家、エッセイスト、ジャーナリスト、そして…彼はユダヤ人。ロベルト・シューマンは、ハイネと交流があり、『歌の本』に収録された作品群から『詩人の恋』『リーダークライス作品24』『二人の擲弾兵』などの歌曲を作っている。

スティーブンの服装がカジュアルに。
二人の雰囲気が少しずつ変化。

噛み合わない会話、この二人、本当に上手くいくのだろうか?という雰囲気。マシュカン教授は年の功とでもいうのだろうか、冗談を言ってみたりするも、対するスティーブンは真面目、しかもスランプ状態、イラついたりする、しかもピアニストの自分になぜに?歌?という状況。二人の対比がビジュアル的にも会話的にも面白い。しかし、音楽家同士、次第にお互いのことを少しずつ理解し始め、心を開き始める。1幕の後半にスティーブンはある”告白”をする。そこから二人の関係は大きく変化していく。

スティーブンが被っているのはキッパ。ユダヤ教の民族衣装の一種、彼がユダヤ人だということがわかる。
教授の腕に番号の刺青。これは強制収容所に入ったユダヤ人である証拠。「55485」つまり、55485人目に入った、という意味の番号。

レッスンを通じて明らかになる二人の過去、そしてスティーブンはマシュカンの心の奥底にある音楽への愛に気づいていく。その過程が、なんともドラマチックだ。休憩を挟んでの2幕は二人の心の状況が大きく波を打つ。マシュカンは腕を見せる。その腕にある”光景”、そして…マシュカンの家はウィーン、つまりスティーブンはアメリカからウィーン、オーストリアにやってきた。オーストリアといえば…音楽の都、さらに1938年、ナチス=ドイツのヒトラーは、ドイツ軍をウィーンに進撃させ、3月にオーストリアを併合させている。また、”ダッハウ”がスティーブンの口から語られる、ここには強制収容所があった。ここの収容所は最も古い強制収容所と言われている。
物語が進むにつれて、スティーブンの服装も変化、最初は堅苦しいスーツ姿だったが、だんだんとカジュアルになり、最後はジーンズをはいて登場する。対するマシュカンは服は変わらないが、途中でその服のまま酔い潰れたり、こういった演出もなかなかにくい。

音楽は生い立ちも何もかも超える。

加藤健一のマシュカン、初演から演じているだけあって、深みも増し、辛いことも乗り越えてきた先のある種、達観した姿、ジョークを飛ばすところなど、それだけ彼の人生は色々あったのだなと思わせる。対するスティーブン、加藤義宗、初挑戦の役でしかも二人芝居。2020年自身が立ち上げた義庵では一人芝居『審判』を上演、そのほかにも多くの舞台作品に出演してきたが、音楽劇は初挑戦、しかも歌唱あり!ただ、ピアニストという役柄なので、上手に歌いすぎても違和感のある役、そこの匙加減が難しかったと思うが、そこは絶妙な感じでこなし、また、真面目で音楽を愛するキャラクターをしっかりと。

二人が見る景色は?

そして二人のコンビネーションもよく、新しい”コンビ”誕生といったところだろうか。また、この作品の歌詞は岩谷時子、言葉の良さが際立つ。ちなみにこの作品の原題は『Old Wicked Songs』、公演は本多劇場にて2月2日まで。

STORY
1986年、オーストリア・ウィーン
ある春の日の午後、マシュカン教授(加藤健一)のもとへ、アメリカ人ピアニストのスティーブン(加藤義宗)がやってきた。
神童とも呼ばれたスティーブンだが、今は芸術の壁に突き当たっている。
この状況を打破すべく紹介されたのは、声楽家・マシュカン教授のレッスンであった。
初対面から気の合わない二人だったが、マシュカン教授が課題として出したのは、歌曲『詩人の恋』。
「どうしてピアニストに歌わせるんだ?!」と反発するスティーブン。でも人生で初めて心が震える演奏ができた。
音楽と詞の世界にのめり込んでいく二人。そしてある日、それぞれの秘めた過去が明らかとなるーー

概要
日程・会場:2025年1月22日(水)~2月2日(日) 下北沢・本多劇場
作:ジョン・マランス
訳:小田島恒志
訳詞:岩谷時子
演出:藤井ごう
出演:加藤健一 加藤義宗
公式サイト:http://katoken.la.coocan.jp

撮影:石川純