加藤健一事務所公演『黄昏の湖』上演中 何気ない日々、それが美しい日常。

原題は「On the Golden Pond」、映画「黄昏(邦題)」が有名。
原作は1978年2月にブロードウェイで舞台化されたアーネスト・トンプソン(英語版)の同名の戯曲。紀伊國屋サザンシアターで上演中だ。
父と娘の確執を扱った内容であるが、ジェーン・フォンダが父親のために戯曲の映画化権を取得したと言われている。ジェーン・フォンダは父親の相手役として大女優のキャサリン・ヘプバーンを推薦。公開後、興行的にも大成功、1981年度の第54回アカデミー賞では主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の3部門で受賞。キャサリン・ヘプバーンが自身の記録を塗り替え史上最多となる4度目の主演女優賞、ヘンリー・フォンダが当時としては史上最高齢の76歳での主演男優賞と記録尽くめの受賞になった。ジェーン・フォンダとヘンリー・フォンダは実生活でも不仲だったが、念願かない、父と娘の絆は現実でも虚構でも復活し、ヘンリーはオスカーを受けて永眠した。今回の上演は、その原作、1978年2月に舞台化された戯曲の上演。
避暑のための別荘、家の家具には埃よけの白い布がかかっている。それを丁寧に外すエセル(一柳みる)、ブツクサ言ってて家事をしないノーマン(加藤健一)、長年連れ添った夫婦、そんなノーマンの”戯言”をさらっと聞き流すエセル、二人の阿吽の呼吸が微笑ましく、客席から時折、笑いも。

ノーマンは高齢、電話をかけるも自分がなぜ、電話したか忘れてしまう、ちょっと惚けが入ってる。彼らには一人娘・チェルシー(加藤忍)がいる、疎遠になっていたが、ボーイフレンドとその息子を連れてくる。ひと夏の家族のスケッチ。


娘と言ってもアラフォー、ボーイフレンド、と言っても40代半ば、その子供、おそらく10代、近所に住む馴染みの郵便配達人、登場人物は6人。何気ない会話でそれぞれの考え、感じ方がわかる。ノーマンと娘のボーイフレンド・ビル(尾崎右)との会話、ノーマンと少年、少年は祖父に向かって『タメ口』、ジジイ呼ばわりするが、その乱暴な言葉使いの中に親しみも感じる。二人は意気投合し、釣りに行くようになる。

ノーマンは80歳、日本では『後期高齢者』、歩き方もちょっとおぼつかない感じだが、少年と釣りに行くシーンでは、足取りも軽く!ちょっとしたことで人は元気になれる。エセルは働き者で、ちょこちょこと動き回る、家の片付け、郵便配達が来れば、コーヒーを淹れてもてなすし、釣りに行く二人にサンドイッチを拵えたりする。

周りをよく見ており、この物語の潤滑油のような役目、娘のチェルシーは、父とはぎこちない関係、もう少し、父に近づきたいと思う。ノーマンはインテリでプライドも高い、そのせいで周囲の人々と壁を作りがちだが、エセルはそんなノーマンの良き理解者であり、心のそこから愛している。


何か特別な事件も起こらず、ただただ、日常がすぎていくが、その日常の細かい、ささやかな変化、それは天気や季節だったり、ふと気がついたことだったり。物語の場所は別荘のリビングのみ。リビングは家族が集まる場所、いわば”交差点”のようなもの。その”交差点”で交差する感情、気持ち、心。映画は有名で観たことのある観客は多いと思う。原作が同じなので、基本的なストーリーは大きく変わらないが、ちょっと見方が違っているところもあるが、そう言った差異を楽しみ、確認するのも一興。加藤健一と一柳みる、共演の多いお二人、息のあったやりとり、佇まい、人生の黄昏時、人はいつかはこの世を去るが、そのちょっと前の一瞬の煌めきを湖の煌めきになぞらえている。

3世代、中年のチェルシーたち、人生これからの少年・ビリー(澁谷凜音)。ノーマンとビリーの対比はビジュアル的にわかりやすい。ビリーはスケボーを抱え、ヘッドホンを首にかけて、元気溌剌。それに対してノーマンは歩くのもゆっくり。ただ、観客はわかっている、飛び跳ねるくらい元気なビリーもいつかはノーマンのようになることを。そしてチェルシー、父との関係に悩み、中年になって伴侶を得る。そこに至るまでの紆余曲折を事細かに描いてはいないが、仕草や声のトーンでそこはかとなくわかる。この物語でのコメディリリーフとでもいうのだろうか、郵便配達人のチャーリー(伊原農)、チェルシーとは幼馴染の様子で、チェルシーは友達、と思っているが、チャーリーはチェルシーが結婚することを聞いて、ちょっと顔つきが(片思い?)…。それでも明るく振る舞うチャーリー、どこか愛おしい。


夏が終わり、別荘を離れる二人。このひと夏、なんでもない夏に見えてちょっとだけ特別な夏。公演は13日まで。

あらすじ
アメリカ・ゴールデンポンドの湖畔に佇む、古いけれど居心地の良い別荘。ノーマン(加藤健一)とエセル(一柳みる)夫婦は避暑のためにここへ訪れている。ノーマン80歳の誕生日、疎遠だった娘がボーイフレンドとその息子を連れてきた。老夫婦と少年の交流、わだかまりを抱えた父娘の心のふれあい。人生の黄昏時に今一度光り輝く、愛のグリーンフラッシュ!美しい湖と自然の中で過ごす、ゆったりとしたひと夏の物語。

概要
日程・会場:2025年4月4日〜4月13日 紀伊國屋サザンシアター
作:アーネスト・トンプソン
訳:小田島恒志 小田島則子
演出:西沢栄治
出演:加藤健一 一柳みる(昴) 加藤 忍 伊原農(ハイリンド) 尾崎右宗 澁谷凜音(青年座)
公式サイト:http://katoken.la.coocan.jp

次回公演は『滝沢家の内乱』、7月1日より。

舞台撮影:島崎信一