村井良大 ひとり芝居 石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』インタビュー

ミュージカルからストレートプレイまで数々の舞台で活躍する村井良大が初めて一人芝居に挑戦する。『ザ・ポルターガイスト』はロンドンのサザークプレイハウスにて2020年に初演された作品。ひとり芝居でありながら、複数の人物が登場し、狂気とナイーブさを兼ね備えた主人公と、少女から近所のおじさんまで個性あふれるキャラクターたち11役を演じ分けるソロパフォーマンス。演出は村井雄。
村井良大さんにひとり芝居に出演する感想や作品について思う存分語っていただいた。

ーーこのひとり芝居、出演オファーを受けた感想をお願いいたします。

村井:初めてお話をいただいたとき、『ひとり芝居をオファーできる俳優』と思っていただけたことが、まず嬉しかったです。誰にでもできるわけではないし、演れるわけでもないと思っていたので、(オファーを)いただけたのが、素直に嬉しかった。元々『ひとり芝居、やりたいな』とずっと思っていたわけではないのですが、頭の片隅には、いつかはやりたいなみたいなふわふわと…そう思っていたのが率直な感想です。今回、このような機会を頂けて…役者人生18年、自分の総決算、お芝居の総決算、自分は今、どういう地点にいて、どういうことができて、どういうことができなくて、どういう魅力があって、どういうところが弱点で、どういうところが良い点なのか…自分と向き合う時間になりそうです。自分を見つめ直すという意味で、この作品をやってみたいと思いました。

ーー登場人物も多く、男女はもちろん、年齢幅もありますが、台本を読んだ感想をお願いします。

村井:最初は結構ブラックジョークが多い…簡単に言うと笑える、海外作品らしい部分、例えば皮肉が多いなとか、(主人公・サーシャは)口が悪い。最初はそういったところに面白さを見いだして。だんだん読んでいくうちに『こういうことがあったんだ』とか『サーシャには何があったんだ』と思いながら、紐解きながらずっと追いかけて読んでいって…それはある意味お客様と一緒、同じ目線ですよね。物語としては起承転結があって、最後のシーンを読み終えた後に、最後の最後、これは救われるシーンかなみたいな…ドキッとさせる部分もあり、これは一体何だろうと思うところもある。非常にバラエティーに富んだいろんなシーンがたくさんあり、始めはとても楽しく、面白おかしく読みました。そこから時間が経って今は全く違います。この作品の持つテーマというものを自分でしっかりと理解できている感覚もあるし、一本筋が通っている、物語の中で起こる様々な起伏は全部、このためにあったんだなということを思い起こさせてくれるところにきているので、今はもう一回、読み直して魅力を確認しています。

ーー確かに読めば読むほどいろんな深いテーマがあったり、その逆にエンターテイメントとしての部分がありますね。ものすごく早口で喋るシーンもあったり。

村井:ひとつの部屋で展開する話ではなく、場面転換、いろんなシーンがあり、情景も変わる、モノローグもある、ちょっと落語に近い部分もある。そういったところのヒリヒリ感は読んでいて面白いなと思いますし、バラエティーに富んでいると思います。様々なキャラクターが現れ、ここは多分笑わせどころなんだろうという箇所もある。

ーー彼のモノローグが本当に面白い。本当に口にしたら絶対に叩かれるくらいの悪態も(笑)

村井:悪態も相当つきますね。そこがすごくリアルでいいなと思うのと、序盤の方での悪態を見ると、この人はなんでこんなことになってるんだという…余計に謎が深まる瞬間があり、物語に一気に引き込まれる。また、こちらが思っている以上にサーシャの置かれている状況が深刻なんだなというのも同時に感じる。それがこの作品の黒い部分、お客様が引いちゃうような、そういった生々しさを非常に感じ取れるのがこの舞台のミソ。それが後半に行くまでのただの『助走』だった…飽きさせないようにしっかり構築されてる、組み立てられているのはすごいなとも思いますし、演じがいもあります。

ーー主人公のパートナーが彼にとっては非常に重要な人物、しかもタイプが真逆。

村井:全く逆、赤と青→黒 かな? ぐらい逆な感じはしますね。チェットがいてくれるおかげでサーシャはギリギリ自分を保っている、彼のおかげでわがままになれる、感情がほぐされる、信頼している。チェットはサーシャのことがすごく好き。本当にチェットは最後の最後までずっと『いい奴』、裏切りもないし、むしろずっと懸命に彼を支えてるのが救いだと思います。でも彼がサーシャの全てを救っているわけではないところがこのホンのいいところ。最終的には芸術家の話、芸術家同士会話をするときは、あるところが見えてくるのは面白い部分だと思いますね。

ーーパートナーの彼がかなり懐が深い、だからサーシャが馬鹿なことを言ったり、悪態ついても彼が受け止めてくれるそういう信頼感があるから言っている。

村井:まさにそうで、そこが甘えているんだなって。チェットがいてくれるからこそのサーシャ。この2人、僕は最後のシーンがすごく好きで、最後の最後に人を支えるものは何なのかを僕はすごく感じることができて…ただただ、無償の愛だというところがチェットのいいところですね。

ーー2人の関係、お互いに100%わかっているわけじゃないけど、深いところでわかりあっているからずっと一緒にいられる、性別は関係ない、人と人のつながりがありますね。

村井:そうですね、まさに人と人としての繋がり、彼らが一瞬で意気投合したというのも、お話の中にありますけど、フィーリングをすごく大切にしている部分もサーシャらしいなと思うし、だからこそ本当にソウルメイトみたいな感覚なんだろうなと思いますね。

ーー程よい距離感、あまりベッタリしすぎず、かといって離れているわけではなく、車に例えると車間距離が程よく…。

村井:そうですね。結構面白いなと思うのは、サーシャが暴走したときにはチェットは意外とあんまり何も言わないですよね。そこが不思議だなと思うけれども、それこそ愛だよなとも思います。何か上手いことを言ったり、やったりするわけではなく、ただそばにいた。それを表現するのは難しいですが、噛み砕いた時にチェットという存在はいい奴だなと…そこではまだ思わないけど、終わった時点であの人がいないとやばかったよね…思い返すとあの人って本当にいい人だったよね、と。簡単には目に見えないものが愛情なんだろうなっていうのはすごく思います。
この作品、一番のテーマはアーティストとしてもう一回、息を吹き返す、もしくは立ち直るための覚悟の物語なのではないか、ということを強く感じました。それも生半可なものではなく、本当に決意したんだな、というのをまじまじと感じられる、決意の根元には愛があった、というのも大事な部分ですが、まず、決意が先に花開くべきだと思うんです。この作品は2020年のコロナ禍のときにロンドンで最初にリモート上演された。コロナ禍で演劇が上演できなくなり、稽古もできない、どうすればいいんだろうか?となった時に作者のフィリップ・リドリーが多分、機転をきかせて、1人でも配信しちゃえばいいんじゃないかと考えたと思うんです。一つの答えをリドリーが早くも書いて出した。これはすごいことだと思うんです。全部がグレー、真っ黒ではなく、グレー。この先どうなるんだろうとなった時に『でもこうじゃないんだよ、僕たちこれ、大好きだよね』というのを見せびらかすことなく出した作品で、お洒落だな、いいセンスだなと思ったんです。あの時に希望を高々に、みたいなのも必要だったかもしれないけど、こんなにお洒落に出した人はあんまりいないんじゃないかな?と僕は思います。これがキャラクターの数だけキャストが登場する演劇だと『よくなってよかったね、あの人』みたいな感覚で終わってしまうと思うんです。でも一人芝居だからこそ心に響く。

ーー出演俳優さんを1人に絞っているから見えてくるものはすごくありますね。

村井:はい。登場人物11人全てを丁寧に演じることが正解ではない、それよりもサーシャがどう思っているのか、どういうふうに聞こえたのかということだけを自分の中で羅列して出した方がいいかなと…11役演じ分ける美学もあるかもしれないけど、この作品ではそうではない方がいいと思う。演出の村井雄さんも『全役、村井良大でもいいよ』とおっしゃっていて。本当にその通りだと思います。この作品のテーマは何かということを僕らがしっかり理解した上で『これがきっといいよね』というものをいい状態で打ち出すことが、この作品にとっての一番の道だと思うんです。それはパフォーマンスではない、(明快な)答えもない、あるのは温もりだけ…ひとり芝居だからできるのと、お客様はひとり芝居を観るのに慣れていない、でもお客様が『これはなんだ?』と考える時間がとてつもなくいい時間なんですよね。今の時代は待っていれば面白いものが出てくる、それを待っているお客様もいらっしゃる…でも、『これって一体何?』って思いながら…。

ーーちょっと前のめりに。

村井:そう。ほんのちょっと前のめりに、しかも結構な速度で物語が進んでいくから、ともすればもうわからなくなるぐらいのギリギリのラインをずっと見ているみたいなこと、それがこの演劇の答えかもしれない、みんなで時間を共有することが一つの答え。コロナ禍で共有できなくなり、共有できないから配信する、1人芝居にするしかないよねと。その共有する時間を失ってしまったところで、コロナ禍で一番最初にこれを出して見せて、個々の『財産』を持ち帰っていただくのがいいなと思うんです。個々の財産は『一つの答え』、きっとこれなんだろうなと…サーシャはきっとこう思っていたんだろう、それはただの過去の回想じゃないの?という答えでもいいし、いろんな役があっていろんな人が登場して、面白かったね、でもいい。あそこのセリフがすごく刺さったとか、あれはすごくわかる、とかなんでもいいんです。自分の中の正解を確かめる時間でもあるなと…これは一人芝居をしている僕もそうだし、観にきてくださったお客様も。『多分、こうだろうな』というふうに自分の感想として頭の中で、心の中で思うことが正しい答えだと思うんです。普通のお芝居って物語があって、あの人があの人を殺したからこうなってこうで、とか色々な道筋があったりするけど、この作品は道筋がほぼない、あんまり提示してくれない(笑)、考える、思考する時間こそが一番楽しい時間なんだよという…何が何だかよくわからなかったけど、楽しかったというのも一つの感想。一つの芸術、一つの価値観だと思います。それが一人芝居だとすごく、みんながわかりやすく感じ取れるような気がします。何度観てもわからない、トリックがわからない…『あれ、どうなってるんだろうか』と思考を巡らせている時が一番楽しい。

ーー何度見てもわからない、とか(笑)。

村井:(ある意味)それに近いなと思います。しかも舞台上では1人の人間が演っている、それはサーシャという役でもあるし、村井良大という人間、1時間半ぐらいの時間で人の人生をずっと観ているかのような濃厚な時間、僕自身も初めて経験します。こんなに僕のことを知ってもらう機会もないし、下手とか上手いとか長所、短所、色々あるけど、それも含めてこの人なんだということをまざまざと見る。僕はこの作品は良い作品だと知ってますが、ある意味、いい作品にしようとは思っていない、肩の力を抜いてやりたい、『村井良大、ああだったね』というふうに思ってもらわないと意味がないと思っています。今後、他の人が演じた時に『あの人らしいな』とまざまざと見せつける、それが芸術に触れている時間なんだなと。

ーーお誕生会に呼ばれてあんまり行きたくないな、と思いつつ、パートナーと一緒に行く、ただ、それだけの行動ですが、その行動の中でいろんなものが見えてくる…。

村井:そうですね。

ーー演じている役者さんのことも見えてくるし、登場人物のサーシャ、そのパートナー、それ以外の人たちのことも見えてくる、そこが面白い。

村井:人間のあるがままの姿ですよね。普通のお芝居だったら作りやすいかもしれませんが、1人だと出し方も変わってくる、これは本当に不思議。全部わかって欲しいとは思いませんが、(逆に)ちゃんと表現しちゃダメだなと、表があれば裏もある、裏側にあるものをしっかりやらないと表現にならない、小手先の表現ではなく、しっかりと裏側がある上でやった方が面白いものになると思います。最初は結構動いて演じようかと色々考えたのですが、最近は何もしなくていいと思うようになりました。ある程度の動きはありますが、それすらも不要だと思えてくる。落語でも最初は(キャラクターを)しっかりと分けて動きを演じていたのが、だんだんちょっとしか動かなくなる、これに近いのかな?と。本当に勉強になります。『君たちの大好きな演劇を思う存分1人でやりなさいよ』というリドリーの…このタイミングで、僕の年齢とキャリアでやらせていただけるのは非常にありがたいことだと改めて思います。

ーー最後に読者に向けてメッセージを。

村井:チケット代は安いけど、きっと面白いよ!

ーーありがとうございました。公演を楽しみにしています。

ストーリー
10代で描いた大規模な壁画が話題を呼び、将来を期待された若き画家・サーシャ。
アート界に旋風を巻き起こすはずだった。
しかし今では世間から忘れ去られ、古びたアパートで俳優志望のパートナーと静かに暮らしている。
輝かしい成功を手にするはずだったのに・・・
そんな思いを抱えたまま迎えた、姪の5歳の誕生日。
久しぶりに顔を合わせた家族や旧知の人々との何気ない会話。
記憶の食い違いや過去の栄光、無神経な言葉の数々が、封じ込めてきた感情を静かに揺り動かしていく。
芸術、家族、記憶に翻弄されながら、本当の“自分”に気づく、ある1日の出来事。

登場人物
①サーシャ 主人公 ギャラリー書店で働く画家
②チェット 主人公のパートナー 無名の俳優兼パーソナルトレーナー
③フリン 主人公の異父兄
④ネーヴ フリンの妻(三人目妊娠中28週目)
⑤ロビン(7歳)サーシャの姪
⑥ジャミラ(5歳)サーシャの姪
⑦ニーアル ネーヴの父
⑧ヴィニータ ネーヴの母
⑨ダギー 近所に住んでいる配管工
⑩ミセス・クルカルニ 昔馴染みのご近所さん
⑪ジョヴィータ・ヴァンス ギャラリーのオーナー(回想シーン) ほか

概要
石井光三オフィスプロデュース「ザ・ポルターガイスト」
日程・会場:2025年9月14日(日)~21日(日)本多劇場
作:フィリップ・リドリー
翻訳:小原真里
上演台本・演出:村井雄
出演:村井良大
アフタートーク
9月14日(日)14:00 村井良大・村井雄
9月16日(火)19:00 村井良大・桂やまと(落語家)
9月17日(水)14:00 村井良大・藤田俊太郎(演出家)
9月18日(木)14:00 村井良大
9月19日(金)19:00 村井良大

公式サイト https://thepoltergeist2025.com
石井光三オフィス公式サイト:https://ishii-mitsuzo.com