イギリス演劇界の奇才 サイモン・スティーヴンスが描く、現代社会の闇を深くえぐる衝撃作『スリー・キングダムス Three Kingdoms』が12月2日、開幕。演出は上村聡史が担う。
幕開き、白いスーツ、白い髪、ショートヘアのシンガーが登場し、歌う、さながらトリックスターのような雰囲気を纏い、観客の視線を集める。

それから、この物語の登場人物たちが舞台上に。それから始まる。
テムズ川に変死体が、それもバッグに入れられて。被害者は女性、いかがわしいビデオに出演していたという。そのバッグを川に投げた男が逮捕された。だが、その男は見知らぬ人物からお金をもらってそのバッグを捨てただけ、バッグの中身を見て恐れ慄く。そして、この事件にはある組織が関与しているところまで突き止める。捜査のため、刑事のイグネイシアスと同僚のチャーリーはハンブルクへ。


犯行の残虐性は19世紀のジャック・ザ・リッパーを連想、テムズ川は多くの小説に登場する有名な川。シャーロック・ホームズでは『緋色の研究』と『四つの署名』に登場、『オリバー・ツイスト』では川のすぐ近くで殺人。この『スリー・キングダムス Three Kingdoms』もイギリスらしい設定。
二人の刑事はドイツへ。空港の場面は一転して照明が明るくなる。多くの人々が行き交う。

二人は大きなスーツケースを抱えて捜査の旅に出る。イギリス、ドイツ、エストニアの3カ国にまたがって展開される壮大なサスペンス。そこで見えてくるのは国際的な人身売買組織の存在と、現代社会の深すぎる闇。組織の名称が「ホワイト・バード」。人身売買は秘密裏に行われる活動、世界中で毎年70万人から120万人の女性と子どもが人身売買の被害にあっていると言われている。しかも高度な犯罪集団が人身売買に関わることが多い。そんな闇に踏み入れる刑事たち。ドイツのハンブルグで出会った刑事・シュテッフェン。

イグネイシアスはドイツ語がわかる。それはかつて留学したことがあるから。そしてシュテッフェンの口からある女性の名前が出てきてイグネイシアスは一瞬、たじろぐ。彼はイグネイシアスがドイツで引き起こした不祥事について調べていたのだった…。

舞台上は基本的には何もない。照明で登場人物のシルエットが浮かび上がる。会話が軽妙で時々下品、客席からは時折笑い声も聞こえる。題材は重く、暗い話。エストニアはソビエト連邦の崩壊に伴い、1991年に独立を回復、2004年にEU加盟、通貨ユーロ導入、北大西洋条約機構(NATO)にも加盟した。なお、エストニア政府では建国年を1918年とし、1991年にソ連の占領から独立を「回復」したとしている。
合間にシンガーが歌う。作品のアクセント、音月 桂は元宝塚歌劇団雪組トップスターだけあって、登場した時のオーラ感、歌のパワー、ここは流石。主人公のイグネイシアスは伊礼彼方、ほぼほぼ出ずっぱり状態。捜査のために国を超えての移動、途中、自身の触れられたくない秘密をシュテッフェンに調べられ、そこから、彼の”迷い道”。

作品のベースになっている社会問題はリアルだが、作品自体はミステリアスでサスペンス要素もあり、盛りだくさん。どこかファンタステックな雰囲気をたたえ、尚且つ、社会問題を抉り出す。2幕冒頭は衝撃的なシーン、ラストは幻想的。主人公の名のイグネイシアス、ラテン語に由来し、「火」を意味する。ここも意味深。苗字はストーン、石。セリフの中に細かい仕掛けが散りばめられており、ストレートな表現ではなく、そういった”技”で物事の核心に迫る。公演は14日まで。
演出・上村聡史より
以前、サイモン・スティーブンスと対談した時に、「人間にとって欲望は根源的なもの。では人間と他の動物との違いは何か。動物と比べることで、人間の正体を問い詰めていく」と彼は語りました。その言葉を胸に演出し、刺激的な作品が仕上がりました。パンキッシュな挑発と旅を体感するような非日常に彩られた劇世界が、私たちを想像もできない場所へと連れて行ってくれます。それも、出演者皆の軽妙かつ鋭角的な演技と、高みを目指すスタッフの英智が生み出したチームワークの賜物かと思います。この出来栄え、裏切りません、どうぞ、劇場で体験を。
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物語
刑事のイグネイシアスは、テムズ川に浮かんだ変死体の捜査を開始する。捜査を進めるうちに、被害者はいかがわしいビデオに出演していたロシア語圏出身の女性であることが判明する。さらに、その犯行が、イッツ・ア・ビューティフル・デイの名曲「ホワイト・バード」と同名の組織によるものであることを突きとめる。イグネイシアスは捜査のため、同僚のチャーリーとともに、ホワイト・バードが潜伏していると思われるドイツ、ハンブルクへと渡る。
ハンブルクで、現地の刑事シュテッフェンの協力のもと捜査を始める二人だったが、イグネイシアスがかつてドイツに留学していた頃の不祥事を調べ上げていたシュテッフェンにより、事態は思わぬ方向に進んでいくのであった。
概要
『スリー・キングダムス Three Kingdoms』
日程・会場:2025年12月2日(火)~14日(日)新国立劇場 中劇場
作:サイモン・スティーヴンス
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
出演:
伊礼彼方、音月 桂、夏子/佐藤祐基、竪山隼太、坂本慶介、森川由樹、鈴木勝大、八頭司悠友、近藤 隼/伊達 暁、浅野雅博
芸術監督:小川絵梨子
主催:新国立劇場
公式ウェブサイト:https://www.nntt.jac.go.jp/play/threekingdoms/
舞台撮影:田中亜紀


