加藤健一事務所公演 『請願』上演中 半世紀を共に生きた老夫婦の熱い対話、戦争とは、愛とは。

加藤健一事務所11年ぶりの再演、『請願』が12月3日より下北沢の本多劇場にて上演中。
今なお世界を覆う核兵器問題を背景に、とある老夫婦の愛が静かに深まりゆく物語。
半世紀を共に歩んだ二人が、これまで秘めてきた心の扉を開いた時にそこには揺るぎない絆と温かな愛の光が差し込んでくる会話劇。
二人芝居のパートナーには、カトケンと初共演の増子倭文江。演出は『サンシャイン・ボーイズ』や『煙が目にしみる』などでお馴染みの堤泰之。
公演タイトルも『請願』とあえてシンプルに変更し、思いを新たに挑戦。


舞台上はこの物語に登場する二人が暮らす家のリビング。品のいい家具、ソファ、そして勲章、高級なお酒、退役軍人の夫・エドムンド(加藤健一)と、病弱の妻・エリザベス(増子倭文江)が座っている。新聞を読む夫、何処にでもありそうな風景。パリッとしたシャツ、ズボンに身を包んだ夫、赤いショールを纏う妻。主治医から「酒は1日1回昼食の前だけ」と言われているにもかかわらず、ついついグラスを手に取る。それを快く思わない妻。平凡な風景。


エドムンドは全面核兵器反対運動の請願広告を見て不機嫌になる。まるまる1ページ、署名もたくさん。ブツクサブツクサ、文句ばかり言いつつ、見ると、なんと署名の筆頭が陸軍元帥のジェレミー・フィリップス、彼の軍人仲間だった。ますますヒートアップ。エドムンドは核保有が世界平和につながる、つまり核抑止力を信じている。ところが妻のエリザベスの考えは真逆。しかも署名のところに妻の名前まである、ジェレミーに署名するよう求めたのはエリザベス、もう怒りが沸点状態。「戦争は殺人」とエリザベス、対するエドムンドは「任務を遂行しただけ」とある意味、開き直りにも取れる。ここから二人は核についてのそれぞれの考えをぶつける。エドムンドは高級軍人、陸軍大将、2番目に高い階級。だからプライドも高いし、戦争に勝利すれば国は平和になると信じている。


エリザベスは重い病に冒されている。時折、脇腹を痛そうに、顔を顰める、その度にエドムンドは妻を労り、心配する。根は優しい夫であり、妻を愛している。そして自分の意見や想いを堂々と夫にぶつけるエリザベス、本音を言えるのは夫に対して嘘は言いたくないから。戦争の話題ではあるが、お互いに言いたいことを言えるのは信頼関係があるからに他ならない。育ちの良いエリザベス、しかも頭もよく、自分の主張をはっきりいい、しかも曲げない、強かなところも。そんなエリザベスと長年連れ添っているエドムンド、戦争がなければ。彼が軍人でなければ、と観客は思う。つい言ってしまう「私は死ぬの」、ハッとするエドムンド、そして座り込む。

会話にはいろんな人物が出てくるが、登場するのはたったの二人、しかも夫婦。「私はあなたの妻、一人の人間、自分の人生を生きるの」とエリザベス。自分の人生を生きる、簡単そうに見えてなかなか難しい。刺さるセリフ、二人の何気ない仕草には長年連れ添った二人が育んできた愛を感じる。核、戦争、地球上では紛争が絶えない現実。そして夫婦の在り方、愛情、考えさせられることの多い芝居。だが、ちょっとしたセリフの応酬で客席からは笑い声も。そんなセリフを聞くと、なんだかほっとする。そして互いが知らなかったことが少しづずつ見えてくる。


15分の休憩を挟んでおよそ2時間だが、多くのテーマを内包した作品、加藤健一事務所では2014年初演、そして今、この作品をもう一度上演する意義。公演は14日まで、下北沢の本多劇場にて。

物語
ロンドンの高級住宅街で穏やかに暮らす老夫婦。退役軍人の夫・エドムンド(加藤健一)と、病弱の妻・エリザベス(増子倭文江)。
ある日、エドムンドは核兵器反対の請願署名にエリザベスの名前を見つけて憤る。退役後もなお国家への忠誠を貫くエドムンドにとって、妻の行動は決して見過ごせるものではなかった。
しかしそれは、半世紀以上連れ添ってきたエリザベスが、初めて本心を主張した瞬間でもあった。
夫婦の議論が進むなか、互いに知らなかった真実が明らかになっていく――。

作品について
1945年、13歳であった作者は広島への原爆投下に喜んだが、後にそのことを恥じ、自分への贖罪として1986年に書いた作品。
1986年3月、ボストンのウィルバー劇場で初演。その後、ブロードウェイのジョン・ゴールデン劇場で続演された。
日本国内での上演歴は、新国立劇場(2004年)、水田の会(2012年)など。加藤健一事務所では2014年上演、共演は三田和代、演出は高瀬久男。

概要
日程・会場:2025年12月3日(水)~12月14日(日) 下北沢・本多劇場
作:ブライアン・クラーク
訳:吉原豊司
演出:堤 泰之
出演:加藤健一 増子倭文江

公式サイト:https://katoken.la.coocan.jp

次回公演は「夢見るチェリー」26年4月15日から23日まで@本多劇場

舞台撮影:石川純